セマナ・サンタ/聖週間 2003
〜en La Rambla〜 2003年4月13日(日)〜4月20日(日) |
ラ・ランブラで行われた セマナ・サンタ Semana Santa(聖週間)の日記です。 セマナ・サンタの事は知っていたけど実際こんなに スピリチュアルなものだとは・・・感動でした。 |
4月13日(日) セマナ・サンタ第1日目〜La Borriquita ラ・ボリキータ | ||||||
今日からセマナ・サンタが始まりました。 今日のパソ/お神輿のようなもの はボリキータと言って、 ロバに乗ったキリストがエルサレムに入場する場面のパソと ビルへン・ロサリオのパソの2つのパソがコンベント/修道院から出発します。 (ビルへン・ロサリオはその名のとうり、ロザリオを持ったイマーヘン/彫像。パソの飾りにも ロザリオがふんだんに使われています。ビルへン・ロサリオは聖母マリアのこと。) しかしプロセッションが出発する頃雨が降り出してしまいました。 プロセッションというのはパソを中心とした行列のことで、セマナ・サンタのバンドやロウソクを 持ったひとびとが町中を4時間ほどかけてゆっくりと練り歩くのです。 けれど雨では中止です。 先発していたボリキータのパソは途中すぐ引き返してきました。 ビルへン・ロザリオのパソはコンベント/修道院の入り口まで 運ばれただけで外には出ずにすぐ戻ってきました。 パソはかなりの重さがありコスタレロと呼ばれるパソを担ぐ人々は何度も練習を重ねます。 かなりの重さがあるパソを40人ほどで運ぶので息があうまでみんなで練習するのです。 しかも日本のお神輿と違いコスタレロはカーテンでおおわれたパソの中に入り込んで 担ぐので前が見えない状態です。リーダーのパソを叩く合図で、進む、止まる、曲る、 しゃがむ、おろす、などを判断するのです。 セマナ・サンタのバンドももう半年くらい前から練習を重ねていました。 1年に一回の重要なこのお祭りのために練習を重ねてきた人々は雨でダメにされてしまったことで 泣いていました。大人も子供も。
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4月14日(月) セマナ・サンタ第2日目〜El Huerto エル・ウエルト | ||||
今日のパソ/お神輿 はウエルト/果樹園 の場面です。 今日も朝から雨で、またもやプロセッション/セマナ・サンタの行列 は中止かと危ぶまれた のですがなんとか雨が上がってくれました* 私の家の近くの教会から午後9時にプロセッションが出発。 私は一番よい場所を陣とって見物*
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4月15日(火) セマナ・サンタ第3日目〜La Caridad ラ・カリダッ | ||||||||
今日はカリダッ/貴い人 の日です。 この日はいままでのパソとちがってキリスト像がそのまま横倒しになって運ばれます。 これからのキリストの運命を暗示するかのようなプロセッション。 プロセッションのスタートは昨日と同じく私の家の近くの教会からなのですが、 昨日と違い普段は閉ざされているプラテレスコ様式(スペインにはルネッサンス時代がなく 同じ時期プラテレスコ様式という緻密なレリーフを石に彫った様式が盛んに行われていました。) の門が開かれそこからプロセッションがスタートするのです。 黒装束に身を包み、今日はバンドもなく2台の太鼓のみでゆっくりゆっくり進んでいきました。 ちょっと無気味な雰囲気のプロセッションに息をのんで見守ります。
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4月16日(水) セマナ・サンタ第4日目〜La Esperanza ラ・エスペランサ | ||||||||
セマナ・サンタの挨拶、といって工房仲間のアンドレが教えてくれました。 『お元気ですか?』 『はい元気です、ありがとう。あなたは?』 『はい元気です。あなたの家族も変わりないですか?』 『はい変わりないです。あなたの家族はいかがですか?』 ・・・なんでこれがセマナ・サンタの挨拶なの?スペイン語基礎会話に出てきそうな文章。 アンドレの説明。 『ラ・ランブラからよその国や他のスペインの都市に移民していった人たちが セマナ・サンタの時期になるといっせいに自分の故郷ラ・ランブラに戻ってくる。 だから町中でこういう挨拶がかわされるって言うわけ。』 明日からセマナ・サンタの連休が始まりラ・ランブラの人口もいつもの2倍以上に ふくれあがります。プロセッションも佳境に入ります。 なんとなくここ数日のセマナ・サンタを体験して感じているのですが、 ラ・ランブラでは”一年の計はセマナ・サンタにあり”という気がしています。 ********************************************************** 今日はエスペランサ/希望。 有罪となったキリストが柱にくくられ鞭打たれるイマーヘン。 そのキリストを救って下さいとエスペランサ/希望 を託す聖母マリアのイマーヘン。 今日は2つのパソが出ます。 バンドもラ・ランブラ1の楽団とあって今日のプロセッションは昨日までと違って 人人人でごったがえしていました。 今日のパソ/お神輿 はアンドレもかついでいるはずです。
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4月17日(木) セマナ・サンタ第5日目〜La Humildad ラ・ウミルダッ | ||||||||
セマナ・サンタもいよいよ佳境に入りました。 今夜はウミルダッ/謙虚 の日。 そして明け方午前4時には最重要といわれている、 ヌエストラ・パドレ・ヘスス/我らが父キリスト の プロセッション/セマナ・サンタの行列が出ます。 ウミルダッのプロセッションをみたあとカルメンとカルメンのお姉さん達と喫茶店で 少し話しました。 今宵から明け方にかけてラ・ランブラでは一年で一番重要な日といわれているそうです。 だれもが今夜は眠らずにプロセッションとともにすごします。 かなり感情がたかぶって泣き出す人も続出するとか。 まずは今夜のウミルダッのイマーヘンはもはや救われると言う希望も何もかもを失ったキリストが 自分の磔刑を受け入れるという場面。そしてそれをかなしむ聖母マリアの姿が描かれています。 そして現在午前3時半、通りではこのお祭りのピーク、ヌエストラ・パドレ・ヘススの プロセッションの出発を告げるように町中、タンボーレ/太鼓 の行進が始まっています。 これからそのヌエストラ・パドレ・ヘススのプロセッションを見に、 エスピリトゥ・サント教会(聖・魂 教会)に行ってきます。
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4月18日(金)夜明け セマナ・サンタ第6日目〜Ntro. Padre Jesus ヌエストロ・パドレ・ヘスス | ||||||||
午前4時とは思えないものすごい人込みです。 途中ラファ・ルイスの奥さんのアナに出会ったり(ラファ・ルイスは寝てしまったそう) 陶芸協会のマノロにあったりしてよい場所を陣取ることができました* パソの重さは女性が担ぐもので約500キロ、男性が担ぐものは約980キロくらいあるそうです。 それを1つのパソにつき40人で担ぐのですが、教会の扉を出入りする時はパソ がひっかからないように中腰になって運ばなければならず、身体にはほんとに悪い。 以前はラファ・ルイスもコスタレロ/パソの担ぎ手 だったのですがロクロで腰を痛めてからは 参加していないとのこと。 1960〜70年代、ラ・ランブラは多くの人が食べるのにも困るほどとても貧しい町でした。 そのころは陶工房の数もまだ少なく、陶芸は夏の間だけ生産していました。(というのもこの町で つくられていたボティホという焼き〆の水瓶は主に夏に需要があった為。 なぜ夏なのかというとここのボティホの特徴は釉薬がかかっていないので水を入れた時に 水滴が外ににじんで漏れてくる。そのおかげで風通しのよいところに水瓶を置いておけば 外側についている水滴が冷やされていつでも冷たい水が飲めるのです。) そして夏以外にはオリーブの実を収穫して生計をたてているような、主だった産業のない 町だったそうです。そのため人々は働き口の多いマドリッドやバルせロナ、そして海外の 大きな町へと移住していったのだそう。 そうして移住した人達、またはその次の世代達が年に一回この重要な日にラ・ランブラへ 戻ってくるのだそうです。だから今日のこの町の人口はいつもの倍以上。ラッシュアワー並。 今回のプロセッションは陶芸技術コースのなかま数人が参加していたり、 バンドのなかに一緒にコーラス隊で歌っている仲間がいたりと 沢山知り合いに出会ったプロセッションでした。 プロセッションに参加している人の中には感情が高ぶって涙ぐんでいる人もいました。 カルメンが説明してくれました。 とても苦しい思いをしている人は何かにすがらずにはいられない時がある。この町で、 そういう人達の心の救いとなっているのが今夜のイマーヘン、 ヌエストロ・パドレ・ヘスス/我らが父ジーザス なのだと。 セマナ・サンタの重要な夜だけあって、プロセッションも永遠に続くかと思うほど 永く続きます。朝4時に出発して町中を練り歩き教会に戻ってくるのは昼間の午後1時。 ながいながい1日です。
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4月18日(金)夜 セマナ・サンタ第6日目〜La Expiracion ラ・エクスピラシオン | |||||||||||||||||
今日はエクスピラシオン/息を引き取る の日。 磔刑のキリスト。 セマナ・サンタのクライマックスです。 今日の磔刑のキリストのイマーヘンはいつもコンベント/修道院 にある私が好きな木彫像です。 いよいよパソがやって来ると『あ!あのキリスト像だ!!』と一目でわかりました。 いつもとちがい特別な雰囲気の中で見るイマーヘンにちょっとわくわく。 それぞれのひとが自分の気に入りのイマーヘンを持っていて、それがこうやって 毎年パソに乗って担がれてくるのを見て心惹かれるというのがなんだかすこしわかる気がしました。 今回は実際に行われているプロセッションの順番を写真似て紹介したいと思います。
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4月19日(土) セマナ・サンタ第7日目〜La Soledad ラ・ソレダッ | |||||||||
夜明け午前3時頃から降り出した強い雨も午前中でやみました。 今日の午後はフリオ・ロメロ・デ・トレスの特別展の見のこした展示をみにいきました。 フリオ・ロメロ・デ・トレス後期の作品です。 色使いはどれも薄暗く、描かれている人物の肌の色がまるでシルクで出来ているかのように うっとりと上品な光沢を放っています。 描かれるモチーフの多くが演劇的に見えます。 みな正面を意識した何かを象徴するかのようなポーズで描かれています。 演劇が好きな私は昔演劇のような作品が作れないかと考えていた事があったのですが、 舞台の上の一瞬のエネルギーの輝きを描いても、ほんものの舞台にはどうしたって かなわないなあと思ったものです。フリオ・ロメロ・デ・トレスはそういう私が描きたかった ものを1つの形に表す事に成功しているように感じました。 じっさいこれまでに彼の作品をモチーフにして演劇的な舞踏公演などがスペインで行われて来た そうですが、これだけ演劇的な要素を十二分に持った絵画たちなのでうなずける話だと思いました。 彼の作品は後期もののの方がマイナーな感じ(あまり万人受けでないような)がしましたが 私は好きです。この展覧会来月初めまでやっているのでもう一度みにいきたいと思っています。 ************************************************************* 今朝の天気の悪さが夕方にぶり返しました。 空には雨雲が広がっていまにも雨がふりだしそう。 残念な事に今日のプロセッションは中止になってしまいました。 今日のプロセッションの出発地だったエスピリトゥ・サント教会へイマーヘンを見に行きました。 今日はソレダッ/孤独 の日。 息を引き取って横たわるキリストのイマーヘンと聖母マリア、ソレダッのイマーヘン。
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4月20日(日) セマナ・サンタ第8日目最終日〜El Resucitado エル・レスシタード | ||||||||||
セマナ・サンタも今日でお終いです。 初めにみんなから聞かされていたようにほんとうにラ・ランブラ中が劇場になったようでした。 人と時とイマーヘン/像 と音楽とろうそくの炎。 この組み合わせで本当にたくさんの物語を見せてもらいました。 非常に古典的な方法で1週間かけて語り尽くしたキリストの物語。 その昔、文字の読めない大衆の為に教会が考え出したというこのセマナ・サンタ。 すごいおもいつきだなぁ。 人の手によりつくられた空間のなかで生み出されるほんものの熱エネルギー。演劇的です。 ほんとうに良い体験をさせてもらいました。 今日のプロセッションを見て思ったのは人の心に強く訴えるのは陰の場面。 他国では”復活祭”ともよばれるセマナ・サンタはスペインでは”復活”よりも エクスピラシオン/息を引き取る の場面にむかって全てが集中して盛り上がっていきました。 だから今日の復活の場面はとてもあっけなかった。 見に来ている人も少なく、プロセッションも足早です。
町の雰囲気もすっかり幽玄なムードに変わり、 なんだか夢の中にいるような不思議な一週間。 すっかりセマナ・サンタにはまってしまいました。。。 |