アラハバキを訪ねて

 
神奈川県でアラハバキを祀る場所があるのを知り
何かピンとくるものがあり
今日お参りに行って参りました。
鎌倉・大船に近い地域でアラハバキをお祭りしているのは今まで聞いたことがなく、
大変珍しいと思いました。


本郷台という駅から徒歩20分ほどの場所で、
駅周辺を中心にして新興住宅地開発されていましたが、
その街を流れる清涼な川が、護岸工事をしすぎずに適度に自然を残して流れており
川辺にはたくさんの野草や大きな柳がありました。
 
川は各家の前に流れる用水路につながっており、
用水路の水もとても澄んでいて
水草が生え、鯉やフナが泳いでいました。

 
住宅地の用水路を外れると急に明るい森になっており
森の丘を登っていくと
小さな石の祠がひっそり。
アラハバキが祀られておりました。

 
降ってくるエネルギーがあまりに清らで、
ここではお社の写真の掲載は遠慮させていただきますね。
 
原初的な神様が、
ほぼそのままの形で奇跡的に(・・と言っても良いでしょう)、
大切にされているのを感じました。
私は、9月に須磨海岸で朝日を迎えて清々しい時を過ごした須磨霊水と、
私の大好きな地元の海の際の神社の清めのお塩を
お繋ぎさせていただきました。

アラハバキのエネルギーは想像していたのとは全く異なり
とても優しく穏やかでポカポカとした温かい雰囲気の、
また、こどものような無垢のエネルギーを持った神様でした。
ああ、真っ新(さら)な、ここはヒ(火、日、霊。。。)の神さまだなあと感じました。
 
小さなお社の前で手を合わせるとまるで水紋が広がるようなビジョンが見えて、
それはハスの花が開花するイメージと重なりました。
そのままに『開く』という言葉が降りてきました。
その場から生まれてくるうたを友人と一緒にうたい、
拍手でお祝いをし、
2万6千年に一度の新時代の幕開けにふさわしい素晴らしいお参りとなりました。


なぜ神奈川県のここにアラハバキがお祭りされているのかは
伝承なども残っておらず不明のようですが
近くには古墳もあり、少しにきなる地域ではありました。
 
 
森から住宅地に降りて少し歩いたところに「アラハバキ橋」があり
ひさご形の池を渡しておりました。

その池の片方は、弁財天を祀る形をとっておりました。
地母神であり宇宙創造神、全てのみなもとの母なるサラスヴァティ。

 
帰り道、川の魚たちが現した水紋と降り出したお天気雨の輪の重なりが、
アラハバキのお社の前でみせてもらった『開く』ビジョンのようでした。

帰り道、川に降りてしばらくお魚や鳥たちと遊んでおりました。



全てを済ませた途端、天から甘粒が落ちてきて。
あとはずうっとヒルコの太陽のお天気雨でした。
今年の立春の諏訪の時もそうでしたが、これは祝いの印です。

ヒルコさん

 
 
**おまけ**
帰りの駅で、子供たちがパン屋さんの実演に群がっておりました*可愛い*

今日お参りさせていただいた太古のアラハバキさまは
こどもを守る神さまに感じられました。
まるで京都の月読神社のツクヨミさんの雰囲気と似たものを感じたのでした。
 

 
さらにメモとして記しておくと
アラハバキの色のイメージは赤。赤ちゃんのイメージにも繋がります。
日本人が太陽を赤く描くことにもつながりそうです。
産子さんの心のこもった案内のプレートの文字も
心を寄せているからこそ自ずとイメージカラーになったのでしょうね。。

このプレートがなかったら
道がわからなかったのでありがたかったです

 
 

新時代おめでとうございます

21日の新月を経て
22日の夜明けをやさしい雨で迎えられたこと
昨日は心が透き通るような思いで過ごしておりました。

日の出の時間
王様の古墳の真上

少し前のおぼえがきで
この二年間ほどの不思議な旅をまとめてみようということ
お伝えさせていただいておりますが
一つ前のおぼえがきにしましたここ三日間の出会いと出来事から
ビジュアルにまとめようと思いました。
おそらくスライドか動画のような、
写真を中心にそんな形にまとめてみようと
心に浮かんでおります。
 
『ヒルコの本』に提供させていただいたビジュアルも多々使用する予定です。
ヒルコの本のビジュアルは、文章に合わせて添わせた挿絵的なものではなく
独立したものとして一つ一つのビジョンを作りました。
当初は、峰子さんの文章に合わせて挿絵的に作品を作ろうと思い、
ろくろで絵皿の素焼きまで進めたのですが、
以降さっぱり何も生まれてきてくれませんでした。
そして降りてきたメッセージが
『既に全て在る』。
 
その一言で理解し、峰子さんの文章に頼る事なく
それまでの二年間のヒルコの旅の写真と
その二年間に生まれてきた作品たちの
総まとめがビジュアルとなり生まれて来ました。
 
そして面白いことに、そのビジュアルたちは次々と
峰子さんの描くヒルコの物語の各ページに嵌っていったのです。
響きあうということの本物の力を感じました。
 
改めて、
今年9月の福岡〜奈良の旅を含めての、
一昨年11月の富士山より始まった不思議な旅を
今度は私の『既に在る』ヒルコの旅の視点から
ビジョンにまとめてみようと思っています。
言葉では表せないことも、
ビジョンでならより多くのことが多階層的に
私の場合は伝えやすく感じます。
 
 

2万6千年に一度の日

ここ三日間図らずもなぜか予定が集中し、毎日都会に出ておりました。
それぞれに別々の用事でしたが、
偶然にも全てがつながって連動していたことを感じます。

三日間の最初の日に約40年前からご縁ある愛に溢れたコンサートに行き
その会場で『ここから始まる』とのメッセージが突然に降りてきました。
順序立てて全ての扉を開き、完遂し、順序立てて開いた全ての扉を閉めて
綺麗に『終わった』と感じた9月の旅。
綺麗に全ての扉を閉めた途端に、次が動き出す。来年の可視と不可視の両方の世界から共にお志事の依頼。
全てがスムーズにつながっていると気づいて感謝の日々でしたから
このタイミングで『ここから始まる』とのメッセージに魂が震えます。
 
20日は宇宙システムの扉を開いたり、その答えあわせのような体験をした日でした。
(20日のことについてはひとつ前のおぼえがきをご参照頂けたらと思います)

また別のタイミングではご縁繋がる方々より10月21日は特別な日だと伺いました。
昨晩21日は新月で、
長期にわたるインドのサラスヴァティの旅から戻られたご家族と会いました。
2年ぶりの再会でしたが覚えていてくださっていて嬉かった。
そのご家族がサラスヴァティの旅で受け取られたことを
とても丁寧に、可視不可視の視点から記録した3時間に渡る長い映像(どこもカットできなかったとのことで、それも拝見して納得でした)をみせていただいたのですが、
映像を見ていたら、私がここ数年行ってきたヒルコ(星を創造するエネルギー)のことをずっとガイドしてきてくれた弁財天(のちにサラスヴァティと名乗る)との関わりから私の内側で受け取り続けていたことと、
彼らが旅でサラスヴァティに導かれて受け取られてきたこととに
魂の深いところで共鳴共振が起こりました。
映像を見終わって魂が震えて感動のあまり
それをそのご家族の方々にお伝えしたら
皆さん素晴らしく輝く微笑みとともに私の言葉をまっすぐな瞳で受け止めてくださいました。
 
そのご家族のお話によると
この新月21日はインドでは新年のお祝いの日なのだそう。
ですから明けましておめでとうが溢れるときとなりました。
1月1日を元日とすることに違和感を感じて以来、お正月を探していた私は
ここでまた心にしっくりとくる新年、お正月を迎えることができました。
 
それからまたこのタイミングで
今年2月からご縁をいただいている九州にて響きあう方から、
この新月の21日は、ニュージーランドの先住民であるワイタハ族の方々より
2万6千年に一度の地球規模の大転換期であると言われていたそうで、
ワイタハ族の方々は新月21日を迎えるにあたり
大きなお祭りをされているとのお話をお伝えくださいました。
 
19日からの三日間毎日、宇宙的な共鳴共振がずうっと続いております。
 

 

互いに影響し合いながら宇宙を描く

『チームラボ ボーダーレス』より

常設展ということで
知ってはいたものの都内に足を運ぶというところまで行かなかったのですが
言霊使いの方より『宇宙の仕組みがそこにある』とのお話を聞いて
さらに気になりようやく行ってまいりました。

確かにさらなる覚醒を促すものがあると思います。
答え合わせもたくさんあり。
この秋の奈良の標高1000m以上の山奥で体感した
莫大な宇宙的エネルギーの再現もあり。。ここであの体感の再現をするとは?!
 
いろいろと果てなくすごい展示でめまい。

まさにボーダーレスでした。
 

 
来場者のほとんどが外国人ということで
未来の日本、未来の地球の実感もあり。
 
宇宙がどんどん開示されて
もうここまで来てることを知った意味でも
これからの地球を知るにつけ佳き経験と成りました。
 
 

地元の海から海の向こうの友人へ

富士山がよく見えて
夕空が美しい日が増えてきて
秋になったなあと感じます。

地元の砂浜からスペインの陶工房の友人に
富士山の写真を送ってみたらすぐに Que bonia ! とのお返事。
日本の私の友人が
スペインの私の友人と親しくなって
先日、日本の友人が送ったお手紙が
今日届いたんだよ、とスペインの友人。
日本の友人が手紙に書いてきたスペイン語が完璧だったと
スペインの友人がとっても嬉しそうで私も嬉しい。
 
海を越えて届く物質のお手紙も
一瞬にして届くデジタルのメッセージも
どちらも同じく比べようのない喜びに満ちていた。