巳から馬へ

2025年の巳年は本当にへびにまつわるあれこれが
濃厚に顕現し、2026年の準備として魂の覚醒を促されたと
今になって改めて感じています。
 
顕著にヒルコからのSOSをキャッチして動き出してからここまで、
開放の旅あるいはマナイの旅とでも申しましょうか
そのいつ終わるともない魂の旅をそれぞれの軸で同行した
数々の皆さまには本当に感謝しております。
 
ご縁の結び直しとともに
新たなるこの次元大地での出逢いもあって
極端な話、数ヶ月前・数週間前・数日前には想像もできなかったことが
次の瞬間に起きているような、そんな連続の一年間でした。

来年はさらに加速する?
 
ヒルコさんを祭る西宮神社の産子の友人が、
ヒルコの乗り物は馬だと教えてくれたのは昨年の春のことでしたか。
確か和田岬側に祭られるヒルコさんをお祭りするお宮の境内に
馬の彫刻があったのを私が気にしたので、
説明してくださったときに教えてくれたのでした。
 
常に常に根本解決をしながら進むしかない。
新しい次元を、パラレルラインを、
そして宇宙を、創造してゆく響きあう人々がいること。
そういった人々がいることはこの世に肉体を持って生まれてご縁いただいた
本物の大切な宝物だと感じています。
 
ここまでの不思議な人生の旅に同行した方々も
有無を言わさずそれぞれに必要として全て直感的に即答で成されておられました。
そこには一点の曇りもない。
本当にありがとうございます。
また来年も必要なものが必要なだけ顕われ
それぞれ必要なパズルのピースを持った人々による
チームワーク・ネットワークが組まれることでしょう。

昨晩は、今年2月に村人になった阿蘇地域の限界集落の村会議があり
遠隔で参加させてもらいました。
9月に直接訪れたのでやはり直接お会いしてからの遠隔ということで
響きあうものをより強く感じました。
やはり同じように村でも今年様々あり、
目に見える世界は自分の内側て起きていることの反映だというお話から
自らを知るということが
この世界を知ることとイコールだと改めて感じます。
またこのような振動を直感的に理解する村の方々とのお話の中でしたから、
肉体を持たない自分が(いわゆるサブコンシャス・ハイヤーセルフ、様々な呼び名があるかと思いますが)客観的にこの会議に興味を持って参加していることも
顕著に今回の村会議では感受していました。

自分を客観的に見ている自分は永遠に続くまるで入れ子の世界のようで、
各次元に自分って複数存在している。
入れ子の箱の中の、どの箱を選んで自分は自分の肉体を置いているか
突然に俯瞰で客観的に昨日の村会議の中で理解したのでした。
この世界が入れ子の宇宙であることは
また興味ある方に向けて機会がありましたら綴ることができたらとも思います。

数日前に降りてきたメッセージは
『もっと楽しもう。』
来年はもっと何もせずともそのような流れに
ただただ直感を頼りに素直に乗って行きたいと思います。
 
こうやって言葉で綴れることは本当に氷山の一角でしかありませんが、
最後におまけとして
巳年に起こったことの振り返り*ヒルコさんの旅が始まった
そのきっかけのことを話している
podcast 航海の護符の「憑依の話」の回をここに貼っておきます。
https://open.spotify.com/episode/76yEcXpqhwjBvQ1xBt6Y1g?si=7xynwNuWSvekrs4eMhebiA
根本解決することで次が現れる。
一歩一歩進むとはそういうこと。
この宇宙の仕組みとは
前に進むということは
魂を磨くということは
この地球に生まれてきたということは
そういうことですね。
別の言い方をすれば『もっと楽しもう』💫
 
この冬至を境に
地球と同化した本質的な願いは叶いやすくなっています。
思考を外せば自ずと願いというものは地球と同化したものになるはずです。
何のブロックもブレーキも制限もありませんから
本心からの最大の願いを願ってください。
ここおぼえがきをいつも読んでくださっている皆さまへ
直感を頼りにたくさん夢を見て
人類史上これまでにないこの波に乗ってその夢を叶えてみてください*
 
ブロック外しとは
掛け値ない夢をたくさんたくさんたくさんたくさん見て
魂が大きくふっくらと豊かになることです◎
 

2004年に左馬の絵付けで有名な
福島県の相馬焼の職人さんが
描いてプレゼントして下さった
今となっては貴重な左馬の絵。
相馬焼の窯元は2011年の原発事故により
事実上なくなってしまいました。
あれから月日を重ね
現在少数の窯元が復興していると伝え聞きます。
古くから陶芸の窯元では
新しい窯を初めて焚くとき
左馬の絵付けのものを窯に入れて焼くという
縁起担ぎがあります。
そこから左馬は縁起物という風習が始まったと
伝え聞いております。
左は『ヒ・霊・日・火が足りる』のことだま。
来年丙午を迎える祝いとして
皆さまにこの特別な絵を
お目にかけたいと思いました*

もっと夢見てもっと楽しく2026年もどうぞよろしくお願い致します*

海さんぽ

奈良の 旅から戻ってやはりこれまでと同じ日常ラインではなくなっている。

ここ何年かにわたって行なってきたこう言ったスタイルの旅は、今回の奈良が最後だと来ている。

浜辺を歩きながら

誰しも地上に生まれて来るとき、いわゆる寿命というものを自分で決めて来ているのだと言うことにしみじみ思いを寄せていた。

今夜は窯番。

半分このお月さまと共に🌓

お正月を探して

2025年になって初の農園さんへ。
農園さんの奥のお社に初もうで。
家の近くのお寺の秘仏の弁天さま。
厨子の真上にツクヨミさん。
特別なご開帳も今日まででした。
早速に農園さんのお野菜で
あさひるごはん作りました。
感謝していただきます*

 
『個人的には1月1日は新年ではないと感じています』
・・・ということはだいぶん前のおぼえがきに書きました。
その違和感はどんどん強くなり
自分の直観に嘘は付けませんよね。
やはり3月の春分の日のあたりがしっくりと新年だと感じます。
それはさっくりと言えば、
セマナ・サンタ(聖週間/イエスの受難と復活の一週間)の頃と同じくらいの頃になるでしょうか。
とくに南スペインではセマナ・サンタを迎えるにあたって
家の大掃除をしたり、
聖週間には都会にでた人々が自分の故郷に帰省して
家族集まってこの時期の特別な食べ物を食べたり
(セマナサンタの間、作り置きできるマカレーナをたくさん作ります。おせち料理みたいな感覚ですね。)
教会の特別ミサに詣でて過ごします。
これって今の日本の1月1日を新年とした、
日本の歴史の中では比較的新しい明治以降の習慣の新年と
同じような過ごし方だなあと感じます。
「新年」を迎えるにあたって多くの人が思いつく行動って同じなのでしょうか。
『なんでわざわざ寒い時期に大掃除なんてするの?』と子供のころの素朴な疑問が、
スペインでは春の暖かく体に無理のない動きやすいセマナ・サンタ時期に大掃除したり、買い出しに行く習慣を
スペインの友人とともに体験させてもらって、
『だよね。』と、自分の子供のころからの疑問は間違っていなかったという納得に転じたのでした。
 
・・これもまた以前のおぼえがきに書いたことなのですが
なんだかまたふと思ったので。
 
 

白い巻き貝

地元の海で拾いました 

とぐろを巻く白い蛇、ヒルコさんの形ですね。

(それに、ヒルコさんは本当は白ではなく真珠のような色ではないかしら)

太古太陽神のシンボルが何故このかたちなのだろう。

太古太陽神って何だろう。

6次元に居るわたしに訊ねてみました。

渦や三角、幾何学図形が持つ意味を教えてくれたけど3次元のわたしにはまだその説明のすべてはのみこめていないようです。

言語には出来ないものならエネルギーで受け取ろう。

(メモとして)

 

今朝の王様の古墳の真上

150年間品種改良されていないという無農薬無肥料のお米「旭1号」が手元にやってきました。

かなり重度のお米のアレルギーを発症してお米を食べることが恐怖となるほど苦しんだことが過去にありましたが、突き詰めてゆくと新種改良と、農薬など科学物質の添加によるものだと言うことがわかりました。

加えてお米の消化が私の体質的には負担になるようで、自分で作るパンの胃腸への軽やかさに比べて、消化という点で見てもお米はやはり体に負担に感じていました。

そんな中で、今回、旭と言うお米に出会い、現在様々売られているお米の元を辿ると、関東方面は「亀の尾」、関西方面では「旭」に辿れるのだそうです。

今回手に入れることが出来た旭は、150年間品種改良されていないというもの、更に無農薬無肥料のものでした。

さっそく土鍋で炊いてみたら一言で言って『飲み物』のよう。こんなたくさんの量のお米を食べたことがないくらいの量を、美味しくてつるつると飲み込むように平らげてしまいました。農家さんが最上の水分量を保つように見計らって精米(5分づきで今回お願いしました)して下さっていて、『美味しいベストな状態の時に食べて欲しい』と言うご配慮がそのまま、穀物の香り香ばしいお米の味に反映されていて感激でした。

今回お世話になった農家さんのおはなしによると、旭はかつて関西では『旭でなければ米じゃない』と言われていたほどだったものが、収穫の際に実が落ちやすく、また肥料負けして枯れやすいので、効率が悪いという近代の物差しで判断され市場から姿を消したそうです。

今回の旭を栽培された農家さんは、『肥料負けするなら肥料使わなければいいのでは』と言う推察がどんぴしゃり。旭は肥料がいらないお米でした。また実が落ちやすいと言うのは、機械での収穫は実が落ちるので、近代の感覚ではそれをマイナスとされましたが、実際にはそれだけ子孫繁栄させる為の植物の知恵によるもの。生命力に直結することですので良きことかな、として手作業での収穫に踏み切られたようでした。

昔は私は、品種改良は美味しくするためのものかと思っていたのですが、実際農家さんのお話をこうして伺うと、効率と利潤のためでした。そしてその為に私はお米が食べられなくなってしまいました。

そもそもそんなに四六時中年間通してたくさんの量を食べる必要があるのかな、と言う気持ちが四季折々の山の中を散策していても感じます。何より山の湧き水にもたくさんの滋養があり、必要なときに必要なだけ山や海は恵みをお裾分けしてくれる。。そんな視点で見ることで自分の食の意識も変わってきたように思います。食べることが恐怖となるほど苦しんだ経験もここに繋がっており、すべて必要として起きたことのように今では感じます。