制作佳境です

思いのほか最後の工程に時間がかかり
そのあと窯詰めと窯焚きがずれ込んで、
昨晩というか今朝5時半まで窯番でした。
ひっさびさに
心身かなりやばいというおつかれ状態でしたが
お昼まで寝ていたら(現在昼夜逆転中)かなり回復しました。
今日は窯の温度下がり待ちで時間ができたので
気功で自力メンテナンス、2時間コース。
緩みました***
 
午後からは
ずっと縄を撚っていました。

完成のイメージがまずあったのでそのとうりに作ってみた
土の音と風のツバメの作品。
窓につるして水晶玉が土に触れると、
ひかえめな土のおしゃべりの音。
やさしくてくすぐったい土の音。
心がほっとして滞っていたものが流れる感覚。

ツバメの状態がとてもよく焼きあがっています。
 

 
おやつにはみたらしだんご作りました。
お米のアレルギーがあるので、
強力粉と片栗粉でつくってみたらもちもちで上出来*

 
 

ヤマトタケルの湧き水のご縁

さきほどいつもの湧き水で、
男のひとが車を横付けにして
大容量のタンクをいくつも並べて
湧き水の水口にホースとりつけて独占して水汲んでいたのでした。

こちらをちらとみたけれど
車に寄っ掛かりながらタバコを吸い始めて、
まだ一個目のタンクに汲み始めたばかりの様子だったから、
これは終わるのに相当時間かかりそうな人だなぁと思い、
先に境内のお掃除をさせていただこうと
参道の階段を上っていきました。
 
するとお社の前で
70代くらいのご婦人がお掃除されていて、
今日は、昨日の暴風雨で落ちたつつじが沢山だったので、
『お手伝いさせてください』と
お声かけて私も一緒にお掃除を始めました。

はじめは、
『今年は花が早いですねぇ』とか、
落ちてる花の中に
『これは何の花でしょうねぇ?』等々、
お話ししていくうちに、
食べられる野草のお話になり、
そのままお掃除もはかどって
やがてさっぱりとした境内になりました。
 
私が『ここのお社が大好きなんです』と言うと、
『そういう方多いですねえ。
私は子供の頃からだからよくわからないけど。』
とおっしゃるので
『産子さんですか?お近くですか?』と訊ねると、
『あそこのあの家、あれ私の実家なの。』と指差しながらおっしゃる。

なんとその家は、
3年ほど前の年末に、
私がこのお社に鈴紐をご奉納したくて
近所の方々をあちこち訪ね歩いてたどり着いた
この湧水のお社の産子総代さんのお宅でした。
そのときはお留守でお会いすることが叶いませんでした。
 
『28日はお不動さんの日なので、
明日はいつもよりここにお参りに来られる方が多いかもしれないと思って、
今日お掃除に来たんです。』
とおっしゃる。
『子供の頃、おばあさんにつれられてお掃除に来てからずっとなの。』と清々しく微笑まれました。
 
それから、
この山の街道のこと、
昔の湧き水の井戸や水口のこと、
この数十年で全く変わってしまったこと、
『昔は牛に水を飲ませに来たり、
洗濯場も作られていたから、
洗濯に来たりしたのよ。』と、
沢山の生き生きとした地元の人たちと
湧き水のようすをお聞かせ下さいました。
 
『私たちはここを「お不動さま」と呼んでるけど
ここでご祭事のお水取りをされる里の神社の方々は「吾妻神社」って呼ぶのよね。』
それから繋がって
ヤマトタケルと弟橘媛のお話、
そして湧き水と不動明王のお話を
ご婦人と沢山しました。

 
それから『お社、あけましょうか』と言ってくださり、
いつも格子越しにお参りさせていただいていたお社の扉を、
閂を抜いて広く開けてくださり、
開かれたお社の中のなんと明るいこと!
 
何の障害物のない二つの石像を間近で拝観させて頂きました。
ありがとうございますという
気持ちがきらきらと泉のように湧いてきて止まらない。
 
『今日は、宝物のような日です。
ありがとうございました。』
と、感謝の気持ちをお伝えして
お別れ致しました。
 
きれいさっぱりとした参道の階段を降りて、
いつものようにヤマトタケルの湧き水を汲ませていただいてから
帰途についたのでした。

3年前、お会いすることできなかった
産子総代のかたに、
お不動さんの日の事も何も知らない私が、
今日お会いすることができました。
とても不思議な巡り合わせを感じます。ご縁に心から感謝致します。
 

 

net shopからのお知らせです

神戸での個展開催にともない
現在net shopにあげております作品の中から
一部作品をセレクトして個展に出展させていただきたく、
一部作品を
4月28日までで掲載を終了させていただきます。
28日の23時59分までは
ご覧・ご購入ただけますので
どうぞよろしくお願いいたします。

MAJO net shop

https://majoceramica.cart.fc2.com/

 

スターオブベツレヘム

先日ブログに書かせてもらった、
どなたかわからなかった庭に咲いていた花の名を
今日教えてくれた方がおりました。
ありがとうございます*


その名はスターオブベツレヘム。
 
なんと。
 
どこまでもイエスとの、
イエス~タケミナカタ~ヤマトタケルのラインとの
ご縁の深さを感じました。
 
花の名を教えてくださったのは
以前に土のシンギングボウルをオーダーくださった方で、
今はご自身のシンギングボウルとともに
満つる時をお過ごしになっているご様子もうかがえて、
ほんとうに嬉しく思いました。
 
『シンギングボールとても気に入っています。
アルカさんでの展示おめでとうございます。
Majoさんのシンギングボール、必要な方の耳に届きますように。』
とのお言葉を添えてくださいました。
天地を結ぶ筒のお役目としてありがたいお言葉うれしく思います。
 

 
スターオブベツレヘム。
イエスが生まれた場所に光り輝く星を羊飼いが見つけ、
また東方の三賢者(Reyes magos)がこの星をたよって
キリスト(救世主)となる赤子の誕生のお祝いに集まりました。
 
今日この花の名を教えてくださった方が、
スターオブベツレヘムの花の意味も教えてくださって、
花びらの数から60分、12ヶ月、など時間と結びついており
過去の出来事に対する傷を癒すというワードを持つ・・とのことでした。
 
この感覚は
『未来からきて未知の過去を創る』。
もう今の世界はこの言葉の通りそう成っているのだな、と
繰り返し現れるワールドコードに
庭に突然咲き始めたスターオブベツレヘムを見ても
同じく思ったりしたのでした。
 

 
今日は朝昼ごはんに急に思い立って
南スペインのソパイパを作りました。
今回はヨモギを刻んで生地に練り込んでみました。


ふわぁっとヨモギが香ってこれは良い*
 
ソパイパはお祭りや誕生日などお祝いのときの食べ物です。
好きな食べ物なので今日は特別何もなくても作ったのですが、
このあと
スターオブベツレヘムのお話をお聞きして
なんだか先にお祝いしたような感覚になりました*
 

 
なんとなくふと思って
心に浮かんだことをやってみたら
あとで繋がったりわかることって意外とあります。
 
昨晩の話になりますが
わたしの手がなんだか何か石をさわりたくて
古い引き出しを開けてみたら紅水晶の玉が出てきました。


紅水晶玉のお隣に鎮座されているのは
先日地元の古道具屋さんで出会った亀に乗るトヨタマヒメさま。
 
この紅水晶は、
2013年に私が京都の気功の学校の師範コースに通っていた時、
京都に通っている期間中に一度はのぼってみたいと
ある時、船岡山にのぼったときに
なぜか一緒に連れて行った紅水晶でした。
 
船岡山が特別な場所だと感じていて
けれどその時のぼった船岡山はとても閉ざされていて
山頂に人もいたのだけれど、
とてもおそろしいような感覚がありました。
歴史を調べてみたら、
もとは聖山で天から降り立つものがあったお山であったものが
その後の戦乱で火葬場となり荒れて行ったという旨を知りました。
それがなんだかとても悲しくて、
そのときはとにかく『誰か何とかして!』という思いでいっぱいになってしまい、
気功の学校の授業の前に先生に
なんで船岡山があんなふうになっているのでしょう?と
つい、うったえてしまいました。
 
そのときの気功の先生のお答えは、
『確かに閉じているところも所々ありますが、まだ大丈夫です。
船岡山の神社にて娘が巫女奉仕をしています。大丈夫ですよ。』
とお聞かせくださいました。
 
そして話は昨晩に戻り、
急にわたしの手が何か石をさわりたくなって
開けた引き出しに、この紅水晶があったのでした。
 
久々に見た紅水晶はつやつやのぴかぴかになっていました。
手で触るとパワフルにびりびりとしたエネルギーが宿っていました。
この石はあの時のこわい船岡山のイメージがあって
まったく触れていなかったので驚きました。
船岡山が変わったこと、開かれたことをこの紅水晶から知りました。
3ひきほどの白いちび竜たちがこの紅水晶から飛び出してきました。
船岡山とこの玉が今もつながっていることを知りました。
 
この春、徳の高い巫女のかたがたが船岡山で
人知れず、うたと舞の祈りで調えてくださったことを
ご縁からうっすらと風の便りにお聴きしていました。
 
2013年のあのとき、『誰かなんとかして!』と
なにか助けを求めるような気持になっていたものが全て溶け(解け)、
願いが叶っていることを知りました。
 

 
一つ一つの願いが丁寧にひもとかれ
叶ってゆく時代になっていることを知りました。
何も心配せずとも本質をしていればすべてがつながっている。
 
ほんとうに
感謝の気持ちでいっぱいです。