土の弦楽器とはこれなのか。
自分の想像を遥かに超えた カテゴライズできないものの顕れ。
想像していたものとは全くことなる土そのものの響き。
これが土の音なのか。
土の凄さを(「凄さ」としか言い表せないもどかしさ)
改めて どどどどーーーーんんんんん と、受けとめる。
筆を持つ左手が舞うままに巡り巡りて
純金彩
純銀彩 を施し
それらの焼き付けのため みかぼし工程最後の焼成中。

土の弦楽器とはこれなのか。
自分の想像を遥かに超えた カテゴライズできないものの顕れ。
想像していたものとは全くことなる土そのものの響き。
これが土の音なのか。
土の凄さを(「凄さ」としか言い表せないもどかしさ)
改めて どどどどーーーーんんんんん と、受けとめる。
筆を持つ左手が舞うままに巡り巡りて
純金彩
純銀彩 を施し
それらの焼き付けのため みかぼし工程最後の焼成中。


素直に土をむすんでうまれた土のお結びのすがたです。
巫女舞の方がおつくりくださった自然農の古代米のエッセンスと
お水と合わせて、この作品の土を練り上げました。
*
このシリーズの作品たちの名称には今回最も悩みました。
この作品が顕現されたエネルギーにふさわしい名称をつけるのに、
本質とのずれが生じないようにと、とても繊細な感覚があったからです。
「はは神のからだ」はうつわに付けられた名称なのではなく、
はは神のからだ そのものです。
窪になった土そのものです。
海の泡のように
竜の鱗のように顕れた釉のしるし。

まあるく並べた この土のははの窪に
そうっと頬をよせると
安心とあたたかさにふんわりと
つつまれて幸せです。
このあたたかな安心の土の窪のエネルギー。。
それが
はは神のからだです。
ああ、これは縄文土器だと思いました。
縄文時代に作られた土器のみなもと。
この窪に食べるものをのせて頂くことは一つの祈りになる。
それが、うつわに食べる物をのせるということの始まり。

ギャラリーアルカさんが今回の個展の始めの頃に、
『はは神のからだがうごきだしました』と
お写真を載せてツイートされていたことが
深く印象に残っています。
言葉で言わずとも大切なことは瞬時にすでに届いておりました。
ははのからだ。
神のからだ。
そこからうまれたひとのすがたそのままに。
光の粒子。
繊細な振動。
あわうみ
懐かしい時
懐かしい場所
そして土。
それをなんとひとつの言葉に纏めたらよいのでしょう。
はは神のからだ、そう言い表すので精いっぱい。
あとはみなさまの御手とお心にゆだねます。

本日のお写真はすべてギャラリーアルカさんよりお借りしました。
*
◇gallery ARCA企画
MAJO個展
『ミカカミ - みらいからきて みちのかこを つくる – 』
5月1日(日)~5月31日(火)
12時~18時 水・木定休
神戸市中央区北長狭通4-7-3-201
tel.090-6323-2037
https://atelierseed.shop-pro.jp
作家在廊
29日15時ころ~閉店まで
31日12時から16時半まで
会場にておまちしています。
また、ギャラリーアルカさんのネットショップからも
今回個展の作品ご覧いただけます。
https://atelierseed.shop-pro.jp/?mode=cate&cbid=1978195&csid=22&sort=n
(ご納品先が決まりました一部の作品につきましては
表示されておりません。ご了承下さい)
実店舗での展示と合わせまして
どうぞよろしくおねがいいたします。

何故だかわかりませんが
ニホンオオカミのモチーフは私の作品の中に度々登場します。
この何故だかわからない、
というところをさらに深く注視してみれば、
そこに、魂の・・望郷のような、ものを感じているようです。
シリウスの使いとも言われて居るように、
オオカミには星や宇宙を感じます。
ヤマトタケルに付き添うように居る
2頭のオオカミたちが視えることもあります。
魂の断片的な記憶のようです。
他の次元の惑星から一緒に方舟に乗って
この三次元地球へやってきた仲間なのかもしれません。。

一時、ニホンオオカミのことが大変気になって、
さまざまな文献を読み漁っていたことがあります。
ニホンオオカミは明治時代に絶滅したと言われてきましたが、
実際には、昭和40年代まではっきりとした目撃記録がいくつもあり、
政治的な理由でニホンオオカミは絶滅したことにさせられた、と
わたしは読んでいます。
つまり明治時代、日本の民族文化の拠り所となるものが
つぎつぎに奪われた一端としてニホンオオカミがありました。
以前おぼえがきにも書きましたが、
明治時代に社名やご祭神を変えさせられた事任(ことのまま)八幡宮のように、
そういったそれまでの日本の伝統や民族的な土着の文化を奪い、
統括者の都合の良いものに置き変えさせられるようなことが
この時代、日本各地で行われていたのでした。
それだけ、ニホンオオカミは日本人の根幹に深く息づいていたとも言えます。
統括者がそのままにして置いてはいけないとおそれるものとして。
ニホンオオカミは、
日本人との間で可視不可視の霊妙なる文化を作ってまいりました。
昔話など見ても、西洋の大陸オオカミの扱いと、
ニホンオオカミの扱いはかなり異なるように感じます。
赤ずきんちゃんのように悪者のような扱いが多い西洋の一方で、
日本では実生活の中では家畜や人を襲うものとしておそれられつつも、
神域に住む守護の存在ようなイメージも合わせ持っており、
狛犬の代わりにオオカミを置く神社もありますね。
実際の記録で、
森に入った人の後を、襲うわけでもなくついてきて
里山の村まで見送ってくれるという言い伝えが多数あり、
ニホンオオカミに何故そのような習性があるのか
理由が分かっていないのだそうです。
骨格標本やはく製などから、
大陸オオカミとは全く別の流れを汲む種だとも言われています。
(その識別をされたニホンオオカミ研究の第一人者の方が
90歳を超えるご高齢になり、
以降識別ができる学者がいなくなったと言われていますが、
最近の本では、ニホンオオカミも大陸オオカミと同じ種だと
書き換えられているものがあり、
何故にそのよう書き換えられているのか不思議です。。)
*
遠吠えについて。
ニホンオオカミの頭蓋骨はお守りのようにして
各村に納められている地域もあるようで、
骨を粉にして薬のように使っていたというお話があったり、
あるいは頭蓋骨をなにか目に見えないものへとつながる物種とするのは
日本のみならず世界各地のネイティブな民族文化にみられますが、
その理由の一つは響きにあるのかもしれないとも、感じています。
交信機として頭蓋骨を響かせて立ち上げていくエネルギーは、
わたしも海や山でうたをうたっていると感覚的にわかります。
オオカミも遠吠えをします。
その響きのエネルギーは天に向かって交信しているように、
祈りに似た尊い響きに感じられたのではないでしょうか。。
足を大地に張って、頭蓋骨を響かせ遠い銀河とつながる。
天の星のエネルギーを大地に降ろす者として。

*
おまけのお話になりますが。
毎年ギャラリーアルカさんでの個展の際には、
作品の設営はすべてオーナーの西田さんにお任せしています。
いつも作品のエネルギーの流れを汲んで的確な設営をしてくださるからです。
ですから今回も私の方からは「こうしてください」ということは一切なく、
すっかりお任せにさせていただいたのですが。。面白いことが起こりました。
まずはこちらご覧ください。
わたしが今回の作品を窯出ししてすぐにぱっと直感的に並べてみた写真です。

そして個展初日の前日に
西田さんより『設営終了しました』とお送りくださった写真がこちらです。

他にも作品もその組み合わせも様々に考えられる中で、
よりによっての
鏡とオオカミのフォーメーション。
しかも同じように円陣に組まれています。
やはり宇宙から降ろしてきたものが同じだったという事でしょうか。
本当におもしろいです。
◇gallery ARCA企画
MAJO個展
『ミカカミ - みらいからきて みちのかこを つくる – 』
5月1日(日)~5月31日(火)
12時~18時 水・木定休
神戸市中央区北長狭通4-7-3-201
tel.090-6323-2037
https://atelierseed.shop-pro.jp
作家在廊
29日15時ころ~閉店まで
31日12時から16時半まで
会場にておまちしています。
また、ギャラリーアルカさんのネットショップからも
今回個展の作品ご覧いただけます。
https://atelierseed.shop-pro.jp/?mode=cate&cbid=1978195&csid=22&sort=n
実店舗での展示と合わせまして
どうぞよろしくおねがいいたします。
4月1日に都内の水脈(龍脈)の繋ぎのことを
させていただいていたのですが、
そのときに気になった地名が心に浮かんでいましたが、
この日の水脈のラインとは異なるものに感じたので、
後日お伺いしようと思っていました。
その後日がやってきました。
先日5月8日のことです。
その心に浮かんだというのは浅草でした。
最初、亀戸天神~浅草寺のお参りを考えていたのですが、
亀戸天神のビジョンが夜に見えたので、
先に浅草寺にお参りさせていただくことにしました。
(あとになって、亀戸天神の夜のビジョンを視せられたのは、
つまり「浅草を最初に」という意味だったのだと分かりました。)

「明日は浅草寺に行く」と決めてから土地のエネルギーがすごく来ていて
実際にお参りさせていただくと。。

なにか扉を開けたように解放された若々しい女神のエネルギーを感じました。。
「開かれた」と来ました。
ここは秘仏とされて一切公開されない観音像がまつられていますが、
浅草寺からはバスで15分ほどのところに住んでいた私は
ここによく家族や友人と遊びに来ており、
子供のころから
『秘仏って言うけど本当はからっぽなんじゃないかな?』と
思ったりしていましたが、今回はエネルギーを感じたので、
本当にいらしたのだと思いました。
解放されたことでエネルギーを感じられたのかもしれません。
(封印されていると感じられにくいので・・)
比較するものではないのですが、
じつは私は浅草寺よりもどうもおとなりの浅草神社のほうが
「近い」感じが昔からしており、
この日も浅草神社へお参りをさせていただきました。
前日に「浅草寺の右側で五十鈴を振る」と来ていたので、
浅草寺の右は浅草神社になるので五十鈴をお持ちしたのですが。。

いつになくスコーンと抜けるような明るい境内の雰囲気。

なにかどことなくそわそわしてるような。。
ここで鈴を振るイメージが湧きませんでしたら。。
さらにまたその右側にお社がありました。

ここ・・・知らなかったかもしれない。。
初めてお参りさせていただきましたら。。
なんと境内に井戸が…大地から水が出るんですね。

三つ星のついた灯篭も氣になります。
由緒書きをよんでみると京都の伏見稲荷から勧請したお稲荷さんでした。。

まるでドルメンのようなお社で鳥居も二重になっていて・・
不思議な感じです。
ここでしたかと五十鈴を振らせていただき、
ヤマトタケルの湧き水と相模湾の海水を合わせたお水を
ささげさせていただきました。
場の空気感が軽くなり、お社を後にして浅草神社にもどると。。
お日様が顔をだしてくれました。

さらになんと
笙の音とともに結婚式がはじまりました。

式が執り行われているお社の上を通過する物体もあらわれ・・
なんだか色々タイミングがすごいです。


さいごに隅田川に、お水をつなぎます。
4月1日は上流からおつなぎしたのですが、
この日はまもなく海にちかづいた下流から
おつなぎさせていただいたことになります。

空を見上げると雲間が鳥のような形に開いていました。。

「浅草」と呼ばれていたお参りをさせていただくことができました。
休憩をはさんでから、このあとは
子供のころから6年前まで住んでいたかつての地元の
大好きな亀戸天神へ向かいました。

やはりビジョンで視ていたとうりに夜に来ることになりました。
ここは夜も明るい雰囲気で美しいです。

藤の花はほぼ終わりかけでしたが藤の実が成っていたことに感動。




暗くなっても参拝者はちらほらといらしてて。
みなさん春の夜の境内でゆったりとされていました。

初めて気づきましたが手水舎の傍らの大樹は楠ではないか・・?
しかも幹が三つ又にわかれていて、
その中心に宝珠を抱えておりました・・これはこれは。。

ここには子供のころから数えきれないほど来ていますが、
お祭りでもないこんな夜には
またいつもと違うところに目が行くものだなあと興味深く思いました。

この日のお話はこれでおしまいです。
復活のための磔
その仕組みを思う
Semana Santaの金曜日
強力に洗われ
ようやく
かろやかに舞う
時満つる
