龍集山~感謝込めて

昨日、雨に挟まれた唯一の晴れの一日。
山北の龍集山(星山)での
リボーンの会で音開きをさせていただきました。
 
地元の方も
古いつながりの方も
新しいつながりの方も
ただただひとつの音となり、振動となって
まるでみんなで時空を超えてしまったような感覚で
その振動が翌日の今日も続いています。。
 

 昨日朝起きて最初に目に飛び込んできた雲がパワフルです*

  
 
山北駅から龍集山中にある地元のとても大切なお社へ。。
お車で来られた方々のご協力によりお連れ頂きました。

 狭くて険しい山道を深く深く入って行きました。
けれども深い山の印象は、柔らかく優しいと感じました。
 

境内から遠くにみえる相模湾。
 

きゅうちゃん撮影*お写真おかりしました。

音開きに訪れた皆さんとお社にご挨拶いたします。
私の親しい相模湾から汲んだ海水と、
いつも訪れているヤマトタケルの湧き水を
合わせて境内に撒かせて頂きました。
 
あとで今回お声がけくださった主催者であり地元の方の美夕紀さんが、
山北の水源となるこの龍集山は
富士山から相模湾への水脈にある場所、とのこと教えて下さいました。
 

音開きがはじまるとお日様が顔を出しました。
 
しばらくして気が付くと、それまでしんとしていた森が
蝉の声に満ち溢れ、
カエルがやってきたり、
クロアゲハがずっと傍に飛んで居たり。。とつぜん色づき始めました。
 

きゅうちゃん撮影*お写真おかりしました。
美夕紀さん撮影*お写真おかりしました。

 
大地と繋がり自分の内の宇宙とつながり、そして天と繋がる一体感。。
 
言葉でどのように表現しても足りません。。
 
いつまでもどこまでも続くような時間の無くなる感覚。。
 
エネルギーで大きな輪を作り、みんなで天に上げました。
 
しばらくの間振動を感じて。。
 
振動粒子が肉体に収まってきたところで、境内を降りました。。
 
山道を降りて来ると蛇の赤ちゃんが!

 
生まれなおし・・
結びなおし・・
 

 

 

 
午後は自分に還る黙食の時間。会場は元小学校です。

 
食事の間、こころを食への感謝に向けて。 
誰ともしゃべらず目を合わさずに食に意識のすべてを向けることで
さまざまなものが見えてきます。。
 
このときのお食事の内容は、
真菰でつながる恵子さんがご用意くださった
素晴らしい自家製自然農のお米でおにぎり*
真菰の具も入っていたり、、とても手間のかかったものでした。
土鍋で焚いてくださったとの事で
おこげのおにりぎもあったのでお土産に頂いてしまいました*
すべてが体がよろこぶ美味しさです**

そして美夕紀さんの糠漬けとお味噌汁**
また地元の方より自然農の餅米と小豆のお赤飯の差し入れもあり。。
感謝でいっぱいです。
 
私は食べきれなかった分のおにぎりは持ち帰り、
本日のあさひるごはんに美味しく頂きました*
翌日になっても美味しさに変わりありません**
(本日のあさひるごはん↓の写真)

 
 
 
丁寧に過ごした食の時間の後は
校庭でのお焚き上げを致しました。

 

 

  
あらかじめ燃やしたいものをご用意してきたかた、
その場で紙に書き記すかた、 それぞれに。

 

 

火は不思議でうつくしい。。 
 
 

それぞれが
これからの自分を宣言し
お社での音開きの時の形で
みんなで天に上げました。
 
美しい縄文人の倍音が聞こえてきました。
  
 
それから教室に戻って
美夕紀さんの誘導で
これからの自分を描き出すワーク。
 
このワークで私はシリウスのシンボルが止まらなくなり、
内行花文鏡のようでもあり、
有機的な感じでもある、シンボルを
藤色のペンで描き続けて居りました。。
 
   
やがてお焚き上げの火も収まり、
この日はこれでお開きとなりました。
 

皆さんがじぶんの内に還り、
自然に還り、
いまもきっとその振動の中におられることでしょう。
 
この日の
太陽の暖かさや
森の匂い、
大地の感触、
大地と自分と太陽にかけた声(音)、
それらを自分の内に思い出せば、
いつでもこの日この時の振動が呼び覚まされます。
体の水源に記憶されました。
 
 
お声かけてくださった美夕紀さん、
ここで生まれ育った地元のきゅうちゃん、
私の音開きをリクエストくださった恵子さんにより
実現いたしましたこの日です。
直感に従い集まってくださった皆さま。
きっと深いご縁があるのだと思います。
素晴らしい人々の集いと場に心から感謝いたします。
ありがとうございました***
 
   
 

セオリツヒメ

明日の新月に行う
龍集山(古代は星山と呼ばれていました)での音開きを前にしての
この雷雨。
瑞兆半端ない。
 
これから海の水をとりに行ってまいります。
ヤマトタケルの湧き水とともに龍集山に繋ぎます。

星からたくさんのサポート受けています。

地上の楽園へ。
 
 
 

桃色ほら貝と弁天と龍

雨ですね、
なんとなく季節感が6月のような感覚になっています。
 

ひさしぶりにスコーンを焼きました。
オーガニックのサルタナレーズン入りでとても美味しかったので
あっというまに食してしまいました*また焼こう。
 
 
昨日は桃色のほら貝を携えてまゆこさんが
逗子を訪れてくださいました。
 
昨日は・・なんだかまるで地上の楽園そのもののような一日でした。

高いエネルギーが次々にまるで波のように重ねて重ねてやってくる感じで
まゆこさんも私も高テンション。
一日中、訪れた場所場所で
すばらしい贈り物を受け取り続けていました。
言葉にうまくできるかわかりませんが、
そのことを少しおぼえがきしてみようと思います。

昨日から瑞兆だなあと感じる雨模様。
まゆこさんと私と宇宙が集うといつも雨。
この日はそれにピンクの龍と弁天様もくわわったので
しあわせエネルギーがものすごいことになっていました。。
この日の立役者は私は、まゆこさんのパートナーの
桃色のほら貝のモモちゃんではないかな、と思っています。
 

最近名古屋に行かれていたまゆこさん。
なんと熱田神宮へお参りに行かれていたとの事!
いきなり直球ど真ん中でヤマトタケルの草薙剣の登場に驚きます。。

今回始めから予定していた
ヤマトタケルの湧き水へとまゆこさんをご案内いたしました。
豊かで美しいヤマトタケルの霊水。
丁寧にお参りをしてくださり感謝の気持ちです。
 
 

湧水の近く、ランチに訪れたわかなさんのお店には宇宙船がたくさん♪
 
 
そしてスパイス使いが絶品のわかなさんの手料理。。

 

 

ランチのあとでまゆこさんがほら貝のモモちゃんをみせてくれたところから
話が転がり始めて・・
わかなさんの不思議なピンクの龍のお話しと、
それから京都の絵師の方が描かれた
これまた偶然のようなお話で、ピンクの龍の天井画を
わかなさんにご案内いただいて拝観。。
 

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 不思議な光が・・
こういうのもう当たり前の時代になりました。。

宇宙の始まり。

天井画の片隅に記されたサインは『ナガレトトモニマウ』。
 

月に5日間だけ顕れる弁天さまの居る場所がここ「HOUSE1891」です。
人が集い、可視不可視ともに衣食住に沿った文化が
たおやかにおだやかに顕れていました。。
時間が消えてなくなり、まるで竜宮城のような。。
 

 竜宮城の片隅に18日からの展示のお葉書置いてくださいました*
 

またまいります。
ありがとうございました*
 
奈良の天河のお話も飛び出し。。
ここに書ききれないことが沢山ありすぎて、
あとで夢だったんではないかと思えてくるのでした。。
 

それから海へ行きました。
 
弁天様の小さなお社と桃色のほら貝。

 

 

 
 
 
*おまけ*
 
まゆこさんが最初にモモちゃんをみせてくださったときから思っていたのですが、
いざ並ベてみると・・

そっくり!
貝の巻き方には個性があるので
同種でもこんなに似ているのは珍しいと、まゆこさん。
 
私が産土神社をお掃除させて頂いているうち、
ある日突然ご褒美のようにダイバーの産子さんより頂いた桃色の貝。
貝の種類もほら貝ということも知りませんでした。
 
まるで双子です。
 
ほら貝はそもそも女性が吹くものだそうで、
それを復活させようとしてる方々がおられることも
まゆこさんのお話で初めて知りました。
ハワイではこのピンクのほら貝を古来女性が吹いていたのだそうです。
まゆこさんと桃色のほら貝を見ていて思いましたが
本当に絵になるその姿は、
たくましくもたおやかな海の女神のようでした。
 
 
 

誕生

 
 
魂が震えるような一日でした。

・・などと途方に暮れて居ましたら
トヨタマヒメさまがなんとも美しく今日一日を
更なるエネルギーでもって書き記してくださっていました。

トヨタマヒメ富士日記
本日 水瓶座満月 龍宮洞穴へ 0724

私のほうはこの頭の中で螺旋を描く粒子たちがもうすこし落ち着いたら
言語化してみようとおもいます。
 
 

音と歌  

先日アップした
ヤマトタケルのお社にて藤色の蝶に歌う動画について
意外(?)にも、何人ものかたからご感想いただきました。
ありがとうございます。

音(声)も歌もエネルギーだと思うのですが、
普段海や山と一体化して歌う場合と、
この蝶に歌った場合とでは
エネルギーの質がけっこう違うことが分かって
個人的には面白い体験でした。


私はちょっとBGMが苦手で、
特に仕事中にかける音楽は
メッセージ性のない音楽や歌でないと
作品制作に支障が出てしまうのですが
唯一大丈夫なのがいまのところ、雅楽だけになります。

そういった意味で、
雅楽って何だろうと思い調べたことがあるのですが、
図書館で借りてきた分厚い雅楽関係の本によると
(かなり昔のことなので本の題名は忘れましたが)
奏者が特筆されず、うまい下手も関係なく
ただただ世襲的な年功序列で成り立っている世界で、
たんたんと演奏を受け継いでいくことが最も大切だ、
と書かれてありました。

たんたんと、個人がなくなる、という感覚は、
私が海や山にうたうときに
不可視の世界のエネルギーと一体化して
自分がなくなる感覚と
似ている状態なのではないかと感じました。
作品制作中も訪れるエネルギーと同化しているので
雅楽に親和性があるのはそういった理由からかなと思いました。

そんな視点でいえば、
先日の蝶にうたうというのは、
個人や歌う対象が固定されたもので、
焦点が個人(この場合は1匹の蝶)に定められたゆえに、
メロディーも明確なうえ、
私の声も、縄文人の音ではなくもっと個人的な声、
だったように感じています。
多くのかたがたが、この歌にご反応下さったのも
そういったわかりやすさがあったからかなと感じています。

対象によって自分のエネルギー状態が変わる。
当然のこととはいえ、
エネルギーのパイプ(楽器としての身体)が、
このように顕著に音に顕れるのが面白いと思いました。


 
今日は屋根の上書斎ですごしました。
 
ふと見上げるといらかの波の上に白い半月。

 
 
書斎で赤しそを干したりもしました。
午後はしその香りにつつまれてすごしました*