今日は王様の古墳でピクニック。。とおもったら
新嘗祭のお祝いとなりました。











八乙女響人(ゆらびと)集う素敵な一日となりました。
今日は王様の古墳でピクニック。。とおもったら
新嘗祭のお祝いとなりました。











八乙女響人(ゆらびと)集う素敵な一日となりました。

志賀海神社ではこの時期山誉祭があります。
夕空を歩いて地元の海に行き、海誉め*山誉め いたしました。
志賀海神社の山誉めの御神事では
君が代の歌をご奉納されているとの宮司さんのお話を伺ってびっくり。
なぜなら9月に訪れた志賀海の中津宮で、
4月の籠神社(天橋立)で御奉納させていただいた被講・君が代の元歌を
そうとは知らずにみんなで歌ってきたからです。
さらにその後、君が代の元歌を知ることにより、
日本の国歌はイワナガヒメを謳うものであったことにつながってきました。

この秋はイワナガヒメのことをうたう歌が
日本の国歌となっていることの意味を深く考察しておりました。
そうしましたら今日たまたま見た動画の中で志賀海神社の宮司さんが、
君が代はアズミノイソラを謳ったものだと仰っているではないですか。
イワナガヒメも
イソラも
古事記の中で『醜い』とされています。
東北で祭られている神は『イワナガヒメである』ことを
ご先祖代々泉を守ってこられた早池峰神社にご縁深い方から
現地からの情報として最近お聞きしたこともありました。
イワナガヒメに関しては個人的にもう一つ気づいたことがあります。
それは、
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメの雛形が
福島の磐梯山にあるということ。
火を持つ水の女神が顕れて
『イソラからイヒカへ。』というメッセージを受けてから
大きな時代の流れを身をもって感じています。


月に龍で『おぼろ』なんですね。
最近は朝起きたら瞑想状態で自分につながり
今日一日を予祝します。
拍手しながらが良いみたいです。
そのお陰さまで今日も普通はあり得なさそうな心が喜ぶことが起こりました。
人って素敵だなあって思えました。
世界が自分のできうる限りの想像をゆうに超えてどんどん変容してくる。
そして自分自身にも変容が起こっています。
器を大きくされたり
さらなるブロック外しをしたり。
何をしたいのか
何をしにここに来たのか
それをはっきりさせると
それに合わせて変容は起こるのです。

うつくしいツクヨミさんに
来年はついに会いに行こうと思っています*
宇宙は多層だし
パラレルも無尽。
必要なパラレルを見つけて移行する、ということをこれまで繰り返してきましたが
最近になって「最上のパラレルを自分で作れる」ことがわかりました。
それを検証してみたのですが
いわゆる「うけい」で試してみたら、やはりおもうままに叶いました。
その前提として叶うための下準備が自分にできていることの確認もできました。
前提というのはいわゆるブロック外しです。他人のシステムで生きないということ。
それでわかったことは『世界は自分が作っている。』です。
本当に面白い時代になってきました。
『世界は自分が作っている。』この機能は全人類に備わっています。
みんな同じ機能を持って生まれてきています。
地球に生まれて何を選んで生きており、
本心に叶う行動をとって日常を生きているか、
その違いなだけです。
ただそれだけ。
他人軸によってかけられていたブロックが外れれば
簡単なことでした。
*
今月21日を核とした大きな地球の、ひいては宇宙の切り替わりの時に合わせるようにして
庭の金木犀が盛花の時を過ごしていました

ここのところのいそがしさに盛花の時期を過ぎてしまったのですが
今年も金木犀シロップを作ろうと思い立ち
今日、雨で香りが結構飛んでしまっていたのですが花を摘みました。
一花一花丁寧に軸とガクを取っていたら
受粉して結実に向かっている花の中身に気づいて心震えました。
花が盛んに香っていた時期には小鳥や虫たちが盛んに金木犀の木に来ていたのを知っています。
彼らが受粉してくれて、
そして花が変容し始めて、
結びのエネルギーが稼働して小さな花たちに揚々としたエネルギーが宿っているのを芯とガクを取りながら感じました。
今年はこれに気づいたから素晴らしい金木犀シロップになると確信しています。

芯とガクを取り終わり、シロップにしない部分にもありがとう*
大切な全体の巡りの一部に感謝して土にお返しします。

神奈川県でアラハバキを祀る場所があるのを知り
何かピンとくるものがあり
今日お参りに行って参りました。
鎌倉・大船に近い地域でアラハバキをお祭りしているのは今まで聞いたことがなく、
大変珍しいと思いました。

本郷台という駅から徒歩20分ほどの場所で、
駅周辺を中心にして新興住宅地開発されていましたが、
その街を流れる清涼な川が、護岸工事をしすぎずに適度に自然を残して流れており
川辺にはたくさんの野草や大きな柳がありました。
川は各家の前に流れる用水路につながっており、
用水路の水もとても澄んでいて
水草が生え、鯉やフナが泳いでいました。

住宅地の用水路を外れると急に明るい森になっており
森の丘を登っていくと
小さな石の祠がひっそり。
アラハバキが祀られておりました。

降ってくるエネルギーがあまりに清らで、
ここではお社の写真の掲載は遠慮させていただきますね。
原初的な神様が、
ほぼそのままの形で奇跡的に(・・と言っても良いでしょう)、
大切にされているのを感じました。
私は、9月に須磨海岸で朝日を迎えて清々しい時を過ごした須磨霊水と、
私の大好きな地元の海の際の神社の清めのお塩を
お繋ぎさせていただきました。
アラハバキのエネルギーは想像していたのとは全く異なり
とても優しく穏やかでポカポカとした温かい雰囲気の、
また、こどものような無垢のエネルギーを持った神様でした。
ああ、真っ新(さら)な、ここはヒ(火、日、霊。。。)の神さまだなあと感じました。
小さなお社の前で手を合わせるとまるで水紋が広がるようなビジョンが見えて、
それはハスの花が開花するイメージと重なりました。
そのままに『開く』という言葉が降りてきました。
その場から生まれてくるうたを友人と一緒にうたい、
拍手でお祝いをし、
2万6千年に一度の新時代の幕開けにふさわしい素晴らしいお参りとなりました。
なぜ神奈川県のここにアラハバキがお祭りされているのかは
伝承なども残っておらず不明のようですが
近くには古墳もあり、少しにきなる地域ではありました。
森から住宅地に降りて少し歩いたところに「アラハバキ橋」があり
ひさご形の池を渡しておりました。

その池の片方は、弁財天を祀る形をとっておりました。
地母神であり宇宙創造神、全てのみなもとの母なるサラスヴァティ。

帰り道、川の魚たちが現した水紋と降り出したお天気雨の輪の重なりが、
アラハバキのお社の前でみせてもらった『開く』ビジョンのようでした。

帰り道、川に降りてしばらくお魚や鳥たちと遊んでおりました。


全てを済ませた途端、天から甘粒が落ちてきて。
あとはずうっとヒルコの太陽のお天気雨でした。
今年の立春の諏訪の時もそうでしたが、これは祝いの印です。

**おまけ**
帰りの駅で、子供たちがパン屋さんの実演に群がっておりました*可愛い*

今日お参りさせていただいた太古のアラハバキさまは
こどもを守る神さまに感じられました。
まるで京都の月読神社のツクヨミさんの雰囲気と似たものを感じたのでした。
*
さらにメモとして記しておくと
アラハバキの色のイメージは赤。赤ちゃんのイメージにも繋がります。
日本人が太陽を赤く描くことにもつながりそうです。
産子さんの心のこもった案内のプレートの文字も
心を寄せているからこそ自ずとイメージカラーになったのでしょうね。。
