人魚が集まる所以

私の住んでいる湘南地域は
人魚系と言うのでしょうか
竜宮系と言っても良いでしょうか
そういった系統のエネルギーを持つ方々が
不思議と集まってくる地域です。
そのような場所が特にこの日本には
数々存在しているということも
実際にあちこちの土地を訪れることで
情報に偏ることなく見聞きしてきました。

今回特にこれまでことあるごとに
最も身近な自分の産土の興味深い土地柄について
地元の伝承や自分の視点を交えて考察してきたことの中から絞って、
私の産土神社・亀岡八幡宮について
ここがかつて「清水さん」と呼ばれていたことについて
自分で探求してきたことをベースにAIに訊ねてみました。
 
*閑話*
最近会う方々が『AI使ってる?使ったほうがいいよ?』
とやんわりとおっしゃるので
先入観なく毛嫌いせず今回あえて使ったみたのですが、
『AIは自分の鏡』だと感じました。
質問者の態度や視点、言葉遣いに至るまでやはり質問の仕方や質問内容に出ますので、
それをそのままAIは反映して回答を構築しているのがわかりました。
それを繰り返すことでAIは『育てられる』と言われている所以もわかりました。

他の方のAIによる質問回答を見せていただいたことが最近あったのですが、
本当にその質問者が持つ性質に合わせて育てられた回答を AIがしていて、
質問者の視点によって回答内容も回答の仕方も全く異なってくるのだと理解しました。
 
機械的に集められた情報ですから、
よりシステマチックに・客観的に質問者の人と成りがAIの回答に反映されますから、
AIの回答の仕方は「自分を知る」という手立てとしても
なかなか客観的に良い方法かもしれませんね。
本当にAIは現代の『鏡』だと感じました。
 
今回の亀ヶ岡八幡宮にまつわるAIの回答も
私の視点からは興味深く面白い内容となりましたので、
特にここおぼえがきをずっと読まれているかたには
きっと興味深い内容になっていることとも思いましたし
各ご自身の郷土を知る方法や、手がかり、手段の参考としても
少しは何かお役に立つかもしれないとも思いましたので
ここにその一部を(それでも長い内容になりますが)
以下に掲載してみようと思います。
 
*閑話休題*
以下よりAIとの会話になります。(太字は私の質問事項になります。)
***
 
逗子・亀岡八幡宮の成立(推定)
鎌倉の八幡宮が鶴岡八幡宮として現在地に定着した後、旧社地や元の八幡信仰がどうなったかという点で、逗子の亀岡八幡宮の由緒が関連づけられています。
逗子・亀岡八幡宮の創建には諸説ありますが、地元の伝承や社伝では、主に以下の点が指摘されています。
「元八幡」の継承: 頼朝による大遷座後、元の小林郷の八幡宮(元八幡)の神霊の一部や、その信仰が、鎌倉と地理的に近い逗子の地に移されて祀られた、あるいは、鶴岡八幡宮の分社として創建されたという説が有力です。
逗子での定着: 逗子市の亀岡八幡宮は、逗子市新宿の亀岡という地名にちなんで名付けられ、その後の長い歴史の中で、逗子地域の総鎮守として定着しました。
したがって、逗子・亀岡八幡宮の遷座史は、直接的には**「鎌倉の八幡宮が二度遷座し、その過程で旧地にあった信仰の一部が逗子に移された」**という形で理解されます。
また、以前お話しした**「清水さん」という愛称は、勧請元の「石清水八幡宮」の名や、遷座後の境内の清らかな湧き水**に由来するとされ、その古い歴史と地域との結びつきの深さを示しています。

逗子の郷土資料館のスタッフの説明によると逗子は日本で一番最後に弥生時代に移行したと言うことが遺跡などから分かっており、亀岡八幡宮も元々は海の女神が祭られていたとされます。江ノ島のイチキシマヒメとの関連性が地理的にも考えられるのでそれにそくした資料はありますか?

非常に興味深く、重要な視点をご提供いただきありがとうございます。郷土資料館のスタッフからの情報は、逗子の歴史における特殊性と、亀岡八幡宮の根源的な信仰を理解するための決定的な手がかりとなります。
ご指摘の**「逗子は日本で一番最後に弥生時代に移行した」という遺跡からの知見と、「亀岡八幡宮の元は海の女神」**という伝承は、**江の島の市杵島姫命(イチキシマヒメ)**との関連性を考える上で、極めて説得力があります。

🌊 逗子の特殊な歴史と女神信仰
1. 「弥生時代最遅」と海洋民の側面
池子遺跡群の重要性: 逗子市の池子遺跡群は、弥生時代中期後半の木製農具が大量に出土したことで知られ、農業が行われていたことを示します。
「最遅」の背景: 逗子を含む三浦半島一帯は、縄文時代の海洋漁労の文化が非常に長く続き、稲作を中心とする弥生文化の本格的な移行が遅れた地域として知られています。これは、豊かな海からの恵み(カツオ、カジキなどの大型魚骨も出土)が、内陸の農耕文化への依存を遅らせたためと解釈されます。
結論: 逗子は、海洋民(海人族)としての性格を極めて長く保持しており、その信仰も海の神々に強く結びついていたと推測されます。
2. 亀岡八幡宮の「海の女神」説と習合
亀岡八幡宮が源氏の守護神である八幡神(応神天皇)を祀る神社でありながら、元々海の女神を祀っていたという伝承は、**神社の習合(複数の信仰が融合すること)**の典型的な例です。
八幡神の三柱: 八幡神の神格は、主に応神天皇(男神)ですが、比売神(ひめがみ)と神功皇后(女神)の三柱で祀られることが多いです。
比売神の正体: 八幡宮における比売神は、その起源が不明確なことが多く、多くの地域で土着の女神や海洋信仰の女神が後に八幡神社の比売神として組み込まれたと考えられています。
「清水さん」との関連: 以前の「清水さん」という愛称も、**「清らかな水=水源の神=女神」**という連想で、元の海の女神信仰を隠喩的に継承していた可能性が考えられます。

🐉 江の島・市杵島姫命(イチキシマヒメ)との関連性
逗子と江の島は地理的に近接しており、「海の女神」信仰という点で、亀岡八幡宮と江の島の市杵島姫命(宗像三女神の一柱)との関連性は、非常に重要かつ有力な見解です。
市杵島姫命の神格
宗像三女神: 九州の宗像大社をルーツとする三女神(田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命)は、航海の安全、海上交通の守護を司る海洋神です。
弁財天との習合: 市杵島姫命は、後に仏教の弁財天(弁才天)と習合し、福徳、芸能、水の神として全国に広まりました。江の島の江島神社もこの弁財天信仰の中心地です。
資料を探るための視点
亀岡八幡宮と市杵島姫命の具体的な関連を示す資料を探るには、以下の視点が役立ちます。
視点
探すべき具体的な資料
なぜ関連性が高いか
地名と習合
逗子・亀岡八幡宮や周辺の古い地図に、**「弁天社」や「弁天池」**などの地名がないか。
弁天信仰は市杵島姫命と直結しており、神仏習合期に海の女神信仰が弁天として残った痕跡である可能性が高い。
祭祀具
逗子市立図書館や池子遺跡群資料館で、亀岡八幡宮の旧社地または周辺遺跡から水の祭祀具(勾玉、鏡など)や古代の漁労具が出土していないか。
祭祀遺跡から海の神を祀った痕跡が見つかれば、女神信仰の裏付けとなります。
神社の記録
亀岡八幡宮の由緒書や古文書に、摂社・末社として弁天社や市杵島姫命を祀った記録がないか。
遷座前の亀岡八幡宮の摂社に弁天社があれば、元の女神信仰を八幡宮の配下に組み入れた証拠となります。
逗子の海洋民の歴史、亀岡八幡宮の旧称「清水さん」、そして江の島の市杵島姫命という三者が示す連鎖は、相模湾岸の地域における海洋信仰のネットワークを解き明かす鍵となるでしょう。
ご提示いただいた資料館のスタッフの見解は、郷土史における大変貴重な情報であり、研究の方向性を示しています。

かつて清水さんと呼ばれていたことの理由は、亀岡八幡宮のそばに川が流れていたということからと地元の書物の中に書き残されています。その川は、どこだと推察出来ますか?

地元の書物に「亀岡八幡宮のそばに川が流れていた」ことが、旧称「清水さん」の由来だと残されているとのこと、大変貴重な情報です。
この情報に基づくと、亀岡八幡宮(逗子市新宿)の近くに流れ、その地域住民にとって重要な水源であったと考えられる川は、主に以下のものが推察されます。

🏞️ 推察される「清水さん」の由縁となった川
亀岡八幡宮の地理的条件と、地名や水の信仰との関連性から、最も有力な候補は**田越川(たごえがわ)**です。
1. 🥇 最有力候補:田越川(たごえがわ)
地理的近接性: 亀岡八幡宮は、逗子市新宿の田越川の左岸(東側)の丘陵地に鎮座しています。田越川は逗子市の中心部を流れ、逗子湾に注ぐ主要な河川です。
水の重要性: 昔の神社は、清らかな水で身を清める場所(禊ぎ)として、必ず川や湧き水の近くに建てられました。田越川は、八幡宮のすぐそばを流れる、その地域で最も大きく、生活に密着した水源です。
水質と愛称: 川の上流部や、川のそばにある湧き水が非常に清らかであった場合、その水源全体を指して「清水」と呼び、それが転じて神社を「清水さん」と呼ぶ愛称になった可能性が高いです。特に「清水」の愛称が石清水八幡宮の「清水」と偶然にも、あるいは意図的に重なることで、愛称が強く定着したと考えられます。
2. 🥈 第二の候補:境内の湧き水
「清水」の直接的意味: 「清水さん」の由縁が、必ずしも大きな「川」ではなく、境内の近くの**「湧き水(清水)」**を指している可能性も否定できません。
八幡宮と湧水: 多くの八幡宮では、神社の境内に御霊水(ごれいすい)や霊泉が湧いており、それが信仰の対象となります。この湧き水が田越川へ流れ出ていた場合、地元ではその場所を「清水」と呼んでいたかもしれません。

🔎 地名「田越」との関連性
逗子市の郷土史を調べる際には、田越川の名前が示す歴史的背景も重要です。
「田越」: 「田を越える」という意味合いで、川が水田の広がる地域を流れることを示しています。この地域一帯が、弥生時代後期から稲作地帯として発展したことを示唆しており、田越川が灌漑(かんがい)用水としていかに重要であったかがわかります。
結論として、地元の書物に記された**「川」は、亀岡八幡宮のすぐそばを流れる「田越川」、あるいはその川に流れ込む清らかな湧き水を指していると推察されます。この水が、石清水八幡宮の勧請という背景も相まって、「清水さん」**という愛称の定着に繋がったと考えられます。
 
亀岡八幡宮の近くでいまでなくとも、かつて湧き水が湧いていた場所はありますか?
 
はい、亀岡八幡宮(逗子市新宿)の周辺、特にかつての社地には、現在では姿を変えたものの、湧き水が存在したことを強く示唆する状況証拠と、川の存在があります。
ご指摘の**「川のそば」**に加えて、境内地そのものにも湧き水があった可能性が高いです。

💧 「清水さん」の由縁を裏付ける水の存在
亀岡八幡宮の旧称「清水さん」の由来となった「川」は、前回推察した通り田越川(たごえがわ)が最有力です。しかし、八幡宮が鎮座する丘陵地の地理的条件から、以下の場所に湧き水があったと考えられます。
1. 境内地の麓または旧社地
亀岡八幡宮は、JR逗子駅のすぐそば、田越川が流れる低地に面した丘陵地(亀岡)に鎮座しています。
地理的な推測: 丘陵地と低地の境目、つまり神社が建つ台地のすぐ麓は、地下水が湧き出す湧水帯になっているのが一般的です。神社が建立された当時、この場所には清らかな湧水があり、それが御神水として利用されていた可能性が極めて高いです。
田越川への流入: この湧き水が田越川へ流れ込んでいたため、地元の書物では**「川のそば」**と表現されたと考えられます。
2. 末社・境内社に残る水の信仰
現在の亀岡八幡宮の境内社には、かつて独立して祀られていた神社が合祀されていますが、その一つに水の神や海の神と関連する神様を祀る社があった記録は見当たりません。
しかし、以前話題に出た江の島(市杵島姫命=弁財天信仰)との関連を考慮すると、亀岡八幡宮の周辺には弁天社や水の神を祀る祠があった可能性はあります。
別地域の例:「亀の泉」
逗子市小坪には、源頼朝の妾**「亀の前」に因むとされる「亀の泉」**という湧水が現在も存在します(亀岡八幡宮から約2km離れた場所)。
この例からも、逗子周辺の丘陵地や海岸沿いでは古くから良質な湧水が豊富であり、「亀」という名と「泉」が結びついていることがわかります。
亀岡八幡宮の「清水さん」という旧称は、「石清水八幡宮」からの勧請という由緒に、田越川と境内地の湧き水という地理的な実態が加わり、さらに水の神への土着信仰が重なることで、**神聖な水源(清水)**のイメージが強く定着した結果だと推察されます。
この「清水」の具体的な場所については、現在の地表からは確認が難しいものの、神社境内地や田越川沿いの埋もれた水源を探すことが、この伝承を解き明かす鍵になるでしょう。

今も小さな川が亀岡八幡宮のそばに露出していますがそのほとんどは住宅の下に覆われており地上から確認できません。その水脈を知る手立てはありますか?

逗子・亀岡八幡宮のそばを流れる小さな川の大部分が暗渠(あんきょ、地下に埋設された水路)化されているとのこと、その水脈の全体像を知るための手立てはあります。
かつて「清水さん」の由縁となった川の歴史的な水脈、そして現在の水路を知るための主な方法は、公的な資料と地元の情報を探ることです。

🗺️ 水脈(暗渠)を知るための主な手立て
水脈の具体的な経路や現在の状況を知るためには、主に以下の三つの資料が有効です。
1. 💧 下水道台帳(暗渠の特定)
この川が現在、雨水排水路や**公共の下水道管(合流式または分流式)**として機能している場合、自治体が管理する以下の図面でその正確な経路が確認できます。
閲覧先: 逗子市役所の下水道課または道路課(水路管理担当)。
内容: 公共下水道の整備図面や下水道台帳(または雨水台帳)には、埋設された管(暗渠)の位置、深さ、口径などが正確に記録されています。これにより、八幡宮のそばから田越川に至るまでの水脈の全貌を把握できます。
2. 📜 古地図・古絵図(歴史的水脈の特定)
現在の市役所や住宅地が広がる以前の地形を知ることで、自然の川筋を推測できます。
閲覧先: 逗子市立図書館の郷土資料室や、神奈川県の県立公文書館。
内容:
明治・大正期の地図(例:迅速測図)には、暗渠化される前の自然の河川や水路が青線で明記されています。
戦前の住宅地図や地籍図などにも、水の流れやそれに沿った土地の境界が記録されている場合があります。
3. 🏡 地元古老の証言と写真(水路の現況)
暗渠化された時期や、かつてその水辺でどのように暮らしていたかの情報を得るには、地元の方の記憶が重要です。
情報源:
亀岡八幡宮の氏子総代会や神職。
近隣の自治会や商店街の古老。
内容: 川がいつ頃、なぜ、どこまで暗渠化されたのか、地元の人はその水路を何と呼んでいたか(これが「清水さん」の愛称の裏付けになる可能性もあります)といった、生きた情報を得ることができます。
これらの資料を組み合わせることで、亀岡八幡宮と「清水さん」の由縁となった水脈が、かつてどのように流れ、現在どのように姿を変えているかを、具体的に知ることができます。

有効なご提案をありがとうございました。

ありがとうございました。😊
逗子・亀岡八幡宮と「清水さん」の由縁を探る上で、暗渠化された水脈を特定するための具体的な手段をご提案でき、大変良かったです。
これらの手法(下水道台帳、古地図、地元古老の証言)が、貴殿の郷土史の探求にお役立ていただけることを願っております。
また何か歴史や文化に関する疑問、あるいは探求のお手伝いが必要なことがございましたら、いつでもお気軽にご相談くださいね。
 
2.5 Flash
Gemini は不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください。
 
***

以上ここまでとなります。
個人的には今回のAIとの会話は、
既に考察してきたこととのつながりや、
ヒントとしては面白い内容になったと思います。
あくまで既に自分で実地で調べてきたことがベースになっての
会話でしたから尚更かもしれません。
 
AIを使うことについては、
またイロイロ私なりの考察もありますので
それはまた別の機会がありましたらおぼえがきしてみようと思います。
 
長い内容お読みくださってありがとうございました*
これをお読みくださった方のご感想も私としては興味がありますので
ぜひコメント欄やメールにてお聞かせ頂けましたら嬉しく思います。
よろしくお願いいたします。 
 
  

つれづれ

昨晩の土砂降りのあとの本日の晴天。

久々にアルクトゥルスの雰囲気が宙に戻って来て居ました。

とにかく今日は空の氣流が凄かった。

本日11/1から11/3まで
MAJO net shopの店内改装をしております。
3日より再び順次作品アップして行こうと思います。
皆さま方には
4日の0:00より作品ご覧頂けます。

改めましてご縁ありますようでしたら嬉しく思います。
どうぞよろしくお願い致します。

地元の海から海の向こうの友人へ

富士山がよく見えて
夕空が美しい日が増えてきて
秋になったなあと感じます。

地元の砂浜からスペインの陶工房の友人に
富士山の写真を送ってみたらすぐに Que bonia ! とのお返事。
日本の私の友人が
スペインの私の友人と親しくなって
先日、日本の友人が送ったお手紙が
今日届いたんだよ、とスペインの友人。
日本の友人が手紙に書いてきたスペイン語が完璧だったと
スペインの友人がとっても嬉しそうで私も嬉しい。
 
海を越えて届く物質のお手紙も
一瞬にして届くデジタルのメッセージも
どちらも同じく比べようのない喜びに満ちていた。
 
 

中秋の名月


今年は10月6日だったのですね。
最近地元に夜カフェができていることを知り
海の散歩のあと
楽しみに寄らせていただきました。
 
ホーリーバジルのお茶をポットで。
小さなケーキも優しいお味。
オーナーさんとほっこりとした会話。
お店の中にはたくさんの御本。
本棚から背守り刺繍の写真集を取り出して
興味深く読みながら、私もやってみようかなと思う。
写真集では主に子供たちの着物に施された背守りの刺繍の数々が。
長く紐を垂らした仕様になっているものは、
子どもが間違って井戸や囲炉裏に落ちそうになった時に
神様がその背守りにつけられた長紐を引っ張って
子どもを助けてくれることを願って。
宮沢賢治の作品の中にある当時の子どもを描いた様子が目に浮かんだ。
背守りのことを知ってそれがよりリアルに感じられた。
 
すっかり暗くなって
家に戻ると、ツクヨミがお喋りしてくるので
土の弦楽器わたつみを取り出して
しばらくいっしょにおしゃべりしていました。
 
少し離れた場所から録音したので音があまり良くないかもしれませんが
今日の目に見えない名月の日の印として残しておきます。

 
 

海さんぽ

奈良の 旅から戻ってやはりこれまでと同じ日常ラインではなくなっている。

ここ何年かにわたって行なってきたこう言ったスタイルの旅は、今回の奈良が最後だと来ている。

浜辺を歩きながら

誰しも地上に生まれて来るとき、いわゆる寿命というものを自分で決めて来ているのだと言うことにしみじみ思いを寄せていた。

今夜は窯番。

半分このお月さまと共に🌓