マナ 命の源、パン。

わたしのかわいいマナたち。

私の作るパンを、エネルギーのお志事されるかたが
『なんだかとまらない』といってぱくぱく食されていたことがあって。
 
本当に嬉しく思いました。
必要なエネルギーをお届けできたでしょうか。
 
わたしのつくるパンは特別なんです。
なによりもわたしの命を救うパンですから。

プレーンとドライフルーツ&ナッツ入りの二種類焼きました*

2016年、2018年、そして2024年と三回に渡る
食からの大いなるメッセージ受け取って、
食に伴う身体の大変革があり、
いまのマナ=自分でつくるパン=命の源があります。

地元のお野菜や湧き水とともに。
まいにちの食からたくさんメッセージ受け取っています。
 
癒しのとき。
 

 
お菓子など作っているとき、
はじめはレシピを見ているのですが
お菓子づくり向きのアンテナの調子がいい時は
原料のグラム数が降りてきたり、
焼き時間が数字で降りてきたりするので、
(この現象は陶芸と全く同じなのですが
つまり繋がっている状態ですね)
 そのとうりに(宇宙のレシピなのかもしれません)
つくってみると、
自分の想像の枠を超えた美味しさに出来上がります。
しかもからだにやさしい。
 
素材が、『こうしてほしい』とメッセージ送ってくることもあり、
それは、『そのようにしてくれたら一番輝く姿を顕すことができるから』
という意味なのだと思います。
これもまた陶芸と同じ。
 
陶芸と同じなだけでなく、
これは本質からの現象なので、
この地上のすべてと同じです。
 
 

お正月を探して

2025年になって初の農園さんへ。
農園さんの奥のお社に初もうで。
家の近くのお寺の秘仏の弁天さま。
厨子の真上にツクヨミさん。
特別なご開帳も今日まででした。
早速に農園さんのお野菜で
あさひるごはん作りました。
感謝していただきます*

 
『個人的には1月1日は新年ではないと感じています』
・・・ということはだいぶん前のおぼえがきに書きました。
その違和感はどんどん強くなり
自分の直観に嘘は付けませんよね。
やはり3月の春分の日のあたりがしっくりと新年だと感じます。
それはさっくりと言えば、
セマナ・サンタ(聖週間/イエスの受難と復活の一週間)の頃と同じくらいの頃になるでしょうか。
とくに南スペインではセマナ・サンタを迎えるにあたって
家の大掃除をしたり、
聖週間には都会にでた人々が自分の故郷に帰省して
家族集まってこの時期の特別な食べ物を食べたり
(セマナサンタの間、作り置きできるマカレーナをたくさん作ります。おせち料理みたいな感覚ですね。)
教会の特別ミサに詣でて過ごします。
これって今の日本の1月1日を新年とした、
日本の歴史の中では比較的新しい明治以降の習慣の新年と
同じような過ごし方だなあと感じます。
「新年」を迎えるにあたって多くの人が思いつく行動って同じなのでしょうか。
『なんでわざわざ寒い時期に大掃除なんてするの?』と子供のころの素朴な疑問が、
スペインでは春の暖かく体に無理のない動きやすいセマナ・サンタ時期に大掃除したり、買い出しに行く習慣を
スペインの友人とともに体験させてもらって、
『だよね。』と、自分の子供のころからの疑問は間違っていなかったという納得に転じたのでした。
 
・・これもまた以前のおぼえがきに書いたことなのですが
なんだかまたふと思ったので。
 
 

海さんぽ

王様の古墳の真上

今日は寒くなりましたね。

昨日から少し固形物も食べられるようになってきたので体力が持ち直し始めています。今回の根こそぎ浄化されるような風邪のおかげで長年体の奥の奥にたまっていたゴミが取れて本当にクリアに。子供の頃のような手の状態を取り戻せたことも本当にうれしくて、布団の中で何度も自分の手を見ています。

今朝また熱が出て、熱が出たり引いたりしながら体力とのバランスを取りつつ残りの浄化を行っているのがわかります。体のシステム完璧だなあ。安心して自分の体におまかせしています。

皆様もどうぞご自愛下さいね。