海にたくさんうたいました。



帰り道、
家の近くのカフェのマスターがちょうど店じまいしていて
『ええ?この寒いのに海行ったの?物好きだね~(笑)』といわれました。
うたいながら波とたわむれて足も靴もがずぶぬれだったことは内緒だ。
海にたくさんうたいました。



帰り道、
家の近くのカフェのマスターがちょうど店じまいしていて
『ええ?この寒いのに海行ったの?物好きだね~(笑)』といわれました。
うたいながら波とたわむれて足も靴もがずぶぬれだったことは内緒だ。

おひるまは陽光が気持ちよかったので屋根の上書斎で光合成します。

梅のつぼみがもうこんなに膨らんでいました。

おつきさまもすてき。
今日は祝いの空模様。




こんなうつくしい今日、湧き水を汲めて幸せです*
いつもありがとう。
地元農園さんで採ったばかりの甘夏の上に
ちょこんと京都の寅さん。

朝昼ごはんは、ころぼっくるさん杵つきの最後のおもち。

地元農園さんの大根、干してみました*



人からの
大地からの
お日さまからの
素晴らしいおくりもので日常が輝いています*
ありがとう。
今日も波と一緒に沢山うたいました。


スペインの親友からの便りをきっかけに
再来年はスペインの故郷の村へ行く、と決める。
決めると動き出す。
『つぎに帰ってくるのに10年後とかはだめよ』とアンドレのママが言った。
前回会ったときが9年ぶりだったから。
あれからもう5年経ってしまった。
2020年に帰ろうと思っていたけれど、世の状況で機を逸したのは事実。
昨日の親友からの朗報で、
今年はセマナ・サンタ(聖週間)が復活とのこと!
村全体が異次元に浮遊する宇宙船にでも乗っているような魂の体感の
セマナ・サンタの幽玄なる一週間。
ある意味ではスペインの村の総てがこの一週間のためにある、
といっても過言ではないと思う。
大地から離れた教義の宗教ではなくて、
大地があればこその民族のDNAに流れるもの。
民族的なものの奥深さで脈々と繋がるという意味で
この村のスペイン・カトリックはキリスト教という枠を超えていて、
日本人が神道信者という自覚も意識に上げるまでもなくお正月に
反射的に初詣に行くのと魂レベルで何ら変わらぬもので、
根源は同じだということを目の当たりにします。
その土着の最重要事であるセマナ・サンタが
(クリスマスよりも大切なもの)
まさか2年続けて中止になるなんて。
この復活のニュースがいかに魂揺さぶるものか、痛いほどよくわかる。
私も飛んでいきたいよ、セマナ・サンタのスペインのあの村に。

今住んでいる家の目の前の王様の古墳から尾根づたいの方形部分、
海へ向かう道はカミーノそのものだ。
次にスペインに行くときは、
カミーノ古来の終焉の地、
海に出るフィニステラまでの道を歩こうと思ってる。
