日常

日常よりもらい受ける自然のすべてから
作品が生まれてくる

  

MAJO個展
『 冏(きらめき) -降り立つ- 』
 
5月3日(水)~28日(日) ※3、4日を除く水・木定休
12:00-18:00
会場/gallery ARCAギャラリーアルカ
神戸市中央区北長狭通4-7-3-201西
tel.090-6323-2037
JR元町駅東出口より徒歩1分
地図
https://atelierseed.shop-pro.jp/?mode=f1
 
12(金)、13日(土)在廊&ワークショップ開催いたします。
詳しくはリンク先へ。
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=13213
 
 

陰陽統べる

今日は鎌倉に作品の原料を探しに来ました。
変性意識状態の中で視たものが、ここにあるような気がする、と
出かけたのでした。
 


ここ数日「陰陽統べる」という感覚が来ていて、
今日はその流れであまりにあからさますぎる出来事がありました。
その鎌倉の道々でのことです。
平日とはいえ、小町通りは観光客であふれかえっていました。
白人女性お二人の観光客が、
お店の人に英語で質問している内容が
突然耳に飛び込んできました。
その内容は、
陰陽のマークのものが何かないか?と聞いているようでした。
お店の方は、英語は分かるのだけど、
言っている意味が解らないという感じで、
思わず、陰陽の白と黒のマークのことを言ってるんじゃないでしょうか?
とつい助け舟出してしまいましたら、
そのお二人連れの外国人観光客は、
『あ!彼女は分かってるわ。そうそう、白と黒で丸くなってるものよ。』と。
お店の方にこういう陰陽紋で・・と説明するも、ご存じない。
別の商品を観光客のお二人にお勧めしだしていて、
まあ、それもいいわね、という感じのお二人でもありましたので、
私はその場を離れましたが、
私的にはいま来ているメッセージのまるで確認のような出来事でした。
 
その後、目的の原料もばっちり手に入り、
八幡宮に来るといつもお参りしている弁財天のお宮にお参りしました。
白い藤の花がもう咲いていました。

 
そしていつも人が込み合っている八幡様の拝殿には
お参りしないことが多いのですが、
今日はなんとなく呼ばれてる。
しかも『王者』とのキーワードが来ていました。
 
『王者』のキーワードは、
一番最近に王様の古墳に行ったときにも降りてきたものでした。
その時のメッセージは
『王として準備調ったものに、玉座を渡せ。』というものでした。
古墳からの下山途中に
これはどういう事なのかいろいろ考えてみましたが、
はっきりとはわからないまま、
大抵そういう時は無理に答えを探さず
そのうちわかるだろうと、そのまま忘れてしまうことや、
忘れた頃にわかることになりますので、保留としていました。
 
今日、その保留していたワードとともに
鶴岡八幡さんに呼ばれたのでした。
そこで拝殿にお参りさせていただこうと、
拝殿へと上がる長い階段を上ろうとしたとき、
ふと理解しました。

かつて大きなニュースにもなりましたここの倒木したご神木の所に
若くすがすがしい真っ直ぐなイチョウの木がすくすく育っておりました。

その若い木の傍らには、倒木し今は根の部分だけと成ったかつての
大きなご神木が沢山のひこばえをたずさえて、
まるで若い新たなご神木を見守っているかのようでした。

この大イチョウが倒木したことを、以前巫女舞のかたは
神様が入れ替わったしるし、とおっしゃっていました。
 
あたらしい時代に向けて準備調った若い神が降り立ち、
それまでここをお守りしていたかつての王は玉座を渡したのだと、
瞬時に魂に響くようにして理解しました。
今日はこのために鎌倉にきたのだなあと思いました。
 
鎌倉で今日手に入った原料は
キラキラと白銀色に輝く雲母に包まれたブラックトルマリン。
すべてが連動して動いている感覚がありました。
 


陰陽統べる。
 

帰り道、
『王道と思う道を通るがよい』と感覚に言ってくるので、
鎌倉に来ると色々寄り道しがちの私も今日ばかりは
八幡宮の拝殿からまっすぐ、
新しい魂の方々たちに道をお譲りしながら、
檀かずらでは
葉桜となってもまだまだ美しい景色だな、と眺めを楽しみつつ
帰途についたのでした。
 
 

セマナサンタ真っ只中

写真はスペインの私の故郷のセマナサンタ月曜日のお神輿より。
 
スペインカトリックに於いてクリスマスよりなにより最重要事項である
セマナサンタが先週末日曜日より始まりました。
この宗教的なお祭りは4月9日、次の日曜日まで毎日続きます。
 
semana santa/セマナサンタは
とくに南スペインで熱い伝統として今も生き続けています。
イエス・キリストのエルサレム到着から復活までの一週間を
毎晩お神輿の立体絵巻として語り継ぐ宗教的なお祭りです。

私が20代のときに初めてスペインに
約ひと月間のバックパック旅行したのも
偶然セマナサンタの時期でした。(いまやこれも偶然ではなかったと思っていますが)
その後、スペインに住むようになり、よりぐっと身近になったセマナサンタは、
私が住んでいた南スペインの村では、
イエスの復活よりも
磔刑までの行程(イエスのパッション/受難)に
重点が置かれていることが一目瞭然でした。
ですから、
英語圏の国のようにこのお祭りを「復活祭」と呼ぶには違和感がありました。
 
ところが。
去年のセマナサンタの毎年公的機関より発刊される冊子の表紙が、
この村で圧倒的な人気を誇る「ナザレーノ」と呼ばれる金曜日に運ばれるお神輿ではなく、
最終日曜日の復活の場面のキリスト像のお神輿のイメージであったこと。
これにはちょっと驚きました。
イエス復活の場面のお神輿に手が加わりより愛が深まっていました。
キリスト教世界のみならず、可視不可視すべての世の変化と
はからずも連動しているかのように感じられる出来事でした。
 
宗教というものによって意図的に分断されてきたものを取り払い
よりピュアな目で見てみると、いま世界で何が起きているのか、
今年のセマナサンタからも見えてくるかもしれません。
 
一昨日、スペインの友人から今年のセマナサンタの実況動画と写真が送られてきました。
ちょうどイエスがロバに乗ってエルサレムに到着する場面です。
今日は火曜日で、
イエスの死の予告をイメージしたスピリチュアルなお神輿が担がれる日です。
この一週間、スペインの友人からの報告でまたなにか感じ取れるところがあったら、おぼえがきするかもしれません。
 
セマナサンタの基本情報の一助として
2004年スペイン在住時のセマナサンタの記録を貼っておきます。
http://majo.moo.jp/foto/reportaje/04samanasanta/04samanasanta.html
2004年当時の私の、ほんとうにつたないながらも初々しい受け止めが、
今読むと恥ずかしくもあり・・の内容で、
認識不足などお見苦しい点も多々あるかと思いますが、
あえてその臨場感のままに貼っておきます。
近年は世界線で世の動向を見てきた視点から、
日本にこれが関係がないとは
もはや言えなくなっている感が自分の内にあります。
 
セマナサンタの始まる前には、
徹底的に家の中を掃除し、
町の通路という通路がお香で村中が浄められます。
とくに四つ辻は「サエタ」という神にささげる即興の歌
(神へのこの一年間の報告のような内容)がうたわれるので
特別な場所になります。
 
そしていよいよ最初の日曜日
(毎年満月から逆算するので日程がずれます。
今年は先週末の日曜日スタートです)
この田舎の陶芸の村が丸ごとぎゅいんと宇宙船にでも変容したかのような浮遊感覚。
これは何度もこの村で経験していますが、
異空間にいるような・・いつも必ずそうなります。
不思議な感覚です。
しかも私だけでなく村の人々も同じ感覚を共有しており、
幽玄世界のなかで共通意識を持てたのも
このセマナサンタが私の経験の中で初めてのことでした。
上記リンク先の最終日の記事にも書いていますが、
大地の鎮魂、やはりこれは大地との繋がりのお祭りであることが、
当時の実況からもうかがえます。
大地と深く繋がり
(最大のもので約1トン近いお神輿を皆で担いで最長9時間すり足で町中を巡る)
大地とより深くつながることで『超える』。
もとこのスペインの村の住民の私が言いますが、
一年かけてこの聖なる一週間/セマナサンタを
皆でこつこつ準備して、満を持して迎える、といっても過言ではありません。
スペイン各地の多くで失われてしまったこの伝統習慣が
この村では残っていました。稀有なことです。
たまたま陶芸を仕事としていたから、私はこの村に住むことができましたし、
信者でも何でもないのに、
このお祭りに聖歌隊のメンバーとして参加させていただきました。
こういった経験をさせてくださった
不思議なご縁とサポートに感謝しかありません。この村でうたうことは、私の感謝の印でした。
 
今年もいま現在この大切な生まれ変わりの一週間のただなかにいます。
私のスペインの故郷の友人の一人は今エルサレムにいます。
思い様々巡ります。
 
 

階層世界『やまなし』

賢治さんが視ていた向こうに繋がってみると
沢山の階層になっていて
さまざまに異なる時空の世界から
それぞれ必要な情報が降りてくるのでした。
 
その情報を賢治さんは
まだこの三次元地球に生きておられた時、
素晴らしい早さで手帳に書き留めていたのだと
実際に賢治さんの農学校の生徒さんだった方の証言が残っています。
 
私は賢治さんのように素晴らしい早さで文字に書き留めることが苦手なので
土の力を借りてそれら階層の異なる時空からの情報を
うつわに降ろしてみました。
 
こうやって目に見えるかたちで
賢治さんの視ていた向こうを顕してみると
今まで気づかなかったようなことが
急にはっきり見えてきたり
不思議に思っていたことが
不思議でなくなったり
 
そんな実感を伴っています。
 
ひとつのうつわのなかに
それぞれの時空からの情報が
純金彩の筆先から顕れたときに初めて
『これは明らかに「銀河鉄道の夜」の階層から引き出されたものだな』とか
『たぶんこれは「やまなし」だな』だとか、
わかってくるのでした。
 
そしてまたひとつの作品が、
形にならないキラキラとしたエネルギー粒子のように視えたり
あるいはもっと具象で見えることもあって、
例えば「やまなし」ひとつとっても
ひとつの作品のなかに沢山の階層がまたがっているのを感じます。
 
賢治さんの作品が色々、
児童向けだと言われたり
宗教的だと言われたりするのも、
それは読み手が
どの階層に繋がった入口から賢治さんの世界に入ったのかによって
みえてくるものが異なるからではないかと思ったりもします。
賢治さんご自身も
『自分の作品はこう読んでほしい』と言ったような誘導をせず
ご自分でもわからないまま
降りてくるそのままを
何とか伝えようとのこしてくれたからこそ
沢山の入口はいまでもそのままになっているのだと感じます。
 
土から私の筒を通して顕れた作品たちに
こういった賢治さんの作品が異なる階層にまたがっている様子が
金彩の微細なエネルギーの力と合間って
今回なんとなく顕れてくれたようにも感じます。
 
ひとつの土のうつわのなかに
繋がる先のいくつもの階層が重なって顕れているようす
心で感じてみていただけたら、と願います。
 

写真はnet shop掲載中の「階層世界より『やまなし』」

 

◆MAJO net shop
『語りと笛とうつわの会~宮沢賢治の宇宙』新作掲載中
3月30日(木)22時~4月9日(日)22時まで
https://majoceramica.cart.fc2.com/?ca=all

先月鎌倉で行われた宮沢賢治にまつわる『語りと笛とうつわの会』に
出展させていただいた作品の一部を掲載させていただいてます。
ご購入いただけますと今後ツアーの展開への大きな力と成りますので
ご縁ありますようでしたらどうぞご一緒に大地の力を上げるこの巡りに
ご参加いただくようなお気持ちで***よろしくお願い致します!