
ありがとうございます
美しい世界


ありがとうございます
美しい世界

王様おはよう。

雨から一転、お日様出てきました。

どうぞよき冬至を*
*
きょうは父親の誕生日。
22日が冬至と重なることはあまりなくて、
お寿司を頼みたかったけれど冬至のお祝をされるお家が多いのか、
今日はもう予約でいっぱいですみません、と言われました。
ほんとうに今日は特別な日なのですね。
父も地球もおめでとう*
今日の特別な冬至は日本の日の出から始まったのですね。
いつもの農園さんの紅あずまで
さつまいもとカスタードの二層のほくほくのタルトを
誕生日のお祝いに焼いて
大きく切り分けて食べました*


古い伝承に『兎は満月を見て妊娠する』というものがあり
かつては陶磁器の染付などに好んで描かれた瑞兆のしるしです。
2023年、新しい年を迎えるにあたり
『すゞ鳴る』と来て、
このうすゞが降りてまいりましたので
このたび顕現させていただきました。
顕現に欠かせないものとして
諏訪の高山の森に湧く鉱泉の水で練り上げました土がありました。
この土の振動とともにうすゞは生まれてまいりました。
うすゞの顕現にあたり『超える』というワードを受け取っています。
本日20時より下記リンク先よりお分けできますよう調いましたので
ご縁ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
本日20日20時よりご覧いただけます。
https://majoceramica.cart.fc2.com/ca23/218/p-r23-s/
年明け2023年元日からのお手元へのお届けになります。
どうぞよろしくお願いいたします。

私の陶芸制作のスタンスが
がらりと変わり初めてから
5年くらいになるのでしょうか。
そのときから毎年のテーマが魂の奥に降りてくるようになって
それをそのまま葉書に転写して毎年絵葉書を作るようになりました。
葉書にした言葉がそのまま
ここ5年間の個展のタイトルテーマになってきています。
『生まれなおし』も
『むすびなおし』も
そうやって降りてきた言葉でした。
その葉書は、
この愛する地球に棲むご縁ある方々へ
折々にプレゼントさせていただいてきました。
葉書そのものに大地の自然エネルギーが転写されているので
エネルギーに敏感な方のなかには
葉書を見るなり
『それ氣になります』とおっしゃられましたので
早速差し上げたりしたこともありました。
そんな風に
お届けしてきた葉書を受取られたかたが
のちに大切にされていることを知るにつけありがたくて、
素敵な循環エネルギーが
1枚の葉書から起きていることを知り、
スイッチが入ったような感覚で
これからの地球をますます楽しみに思うのでした。
そんなわけで
来年の葉書をいま作っています。
テーマとなる言葉は諏訪で降りてきました。
今日また、それに関連したキーワードを心で受け取ったので
これからどのようにまとめて
来年の葉書にするのか、
高次からの、
本来ならば三次元に顕すことができない霧のようなものを
なんとか見える形に顕す
楽しみのような
魂が喜ぶ作業になります。
そういう意味では
葉書を作るのも、
陶芸作品を作るのも、
エネルギセッションも
根本は同じです。
*
『音開き』
これもこの五年の間に降りてきたテーマのひとつでした。
昨日、
とてもワクワクすることが起きました。
これまで長いこと作品を置いてくださってきた
(10年くらいは経つのでしょうか)
長野の八千穂でお世話になっているお店
喜劇駅前食堂さんと電話でお話をしました。
私の作風が変わってからも
毎年毎年ずうっと作品を置いて下さってきたのですが
やはり私の変化に伴い、
なにかエネルギーが合わなくなってきていることを感じていて
これから先のより良い循環のために
お別れのご挨拶のお電話になるはずでした。
駅前食堂さんもお氣を使ってくださって
『お忙しいと思いますので早めにお電話切り上げますね』と
お電話の前にメールくださっていたのですが。。
反転が起きました。
お電話の中でお話しているうちに、
今年に入ってからの私は、
土の楽器のイメージが降りてきたことから
そのビジョンのままに素直に
土の楽器の制作をしていたことの流れになり、
駅前食堂さんが、土の楽器に驚きのご興味をもってくださり・・
そこから色々ご質問くださる流れになって・・・
本当に今年の私は土の楽器の顕現をとおして、
様々なジャンルのプロの音楽家の方々との不思議なご縁がつながり、
セッションや演奏会、
ヒーリング、カテゴライズできない演奏・・等々
させていただいたことを駅前食堂さんにお話しする流れに、
なぜか氣が付いたらなっていて。。
果ては、私の音楽歴のようなものまで飛び出し。。
スペインで聖歌隊にいたことのお話になり。。
遡って3才から高3までピアノを習ってたお話になり。。
なんとも。
改めてこうしてお話しをさせていただいてみれば
私のそばにはいつも歴然とした形で音楽があったのだと
(そう認めていなかったのは自分だけでした)
お電話で駅前食堂さんとお話ししながら
なんだか勝手にドキドキワクワクし始めました。
そうしましたら、お電話の向こうの駅前食堂さんのお声も
なんだか弾んでいるように聞こえるのです。
以前、駅前食堂さんのご自宅にお招きくださったときに
立派なコントラバスが置いてあった印象が強く残っていて、
電話でその事を告げると
ジャズのセッションなどされているとのこと!
ご自身『ミュージシャンの端くれ』とおっしゃる!
心ではコントラバスを一番弾きたいと思っていると!
なんと*
音と響きの世界の中心軸は、自分軸。
自然の中でうたって共鳴し合えばそれがよくわかります。
端くれも真ん中もない循環する豊かな音と響きの世界。
なんだか不思議な流れに乗って、
これまでの私の食器をずっと長いこと取扱って下さっていた
駅前食堂さんと明確なお別れのときが訪れてご挨拶したら、
今度は、
いまの私が、駅前食堂さんとなにかできそう!という
共同創造のご縁がむすびが速攻で生まれました*
これは数年前に葉書をつくった『結びなおし』そのまま。
駅前食堂さんと
『音開き』の新たな扉を開いてしまったのです*
(『音開き』も、降りてきて過去に葉書にした言葉です。)
私『わくわくしませんか?!!』
駅前食堂さん『わくわくします!!』
わくわくが止まらなくなり
駅前食堂さんも『いろんな案が湧いてきます!』
とおっしゃって。
『電話っていいですね!
電話でお話できて本当によかった。とっても面白かった!!』と。
私もとても心震えました。
来年。
土の楽器たちと共に
長野の小海線八千穂駅の駅前食堂さんの時空間。
響き愛の共同創造がはじまります。
お別れを明確にしたからこそ
最高の反転が顕れたのだと思いました。
それは宇宙の法則のままに。
ここから次元の違う新しい循環が始まります。
駅前食堂さんでの響き愛は
演奏者と観客を分けるものではなく
その場にいる方全員が、ただ響き愛そのものです。
一緒に響き合えば
間違いなく素晴らしい豊かな循環の世界の顕現と成るでしょう。
夢のような展開。
どうぞお楽しみにしていてください。
ほんとうに時代は変わりました。
『原初の光』が輝きだしてます*

ム ス ビ ナ オ シ ☆☆☆

いまはあらゆる面での過渡期で、
私もそうですが
私の周りの方々も激動の時代を生きて活きておられます。
それでも同じ先を見ている方々とは
益々ご縁が深まり
最も重要なことは
言葉でお伝えせずとも
すべてが瞬時に伝わるような
レベルアップがすでに更新済みとなっていて。
懐かしくも新しい世界が
すでにあちらこちらに顕現してきて
そういった場にご縁深い人々がひきよせられ
楽園を構築しているのを
ことあるごとに目の当たりにします。
それが頻繁になってきました。
*
昨晩は、
中村加奈子さんと宇佐見仁さんが主宰される
香風舎の特別な企画『煌 星 音 軀 命』に伺っておりました。
11月3日から8日に渡る毎日毎日がとても興味深い内容で、
昨日会場でいただいたフライヤーに在りましたことば
「人の存在は宇宙そのもの
わたしたちの中にある、
星々のひかり、
響きとであう六日間」
は、私にとってまさにこころに響く文言でした。
昨日は、豊英秋先生による(この日初めてお会いしたのですが
親しみこめて先生と呼ばせていただきますが)
こえとうたのワークがあり、
それはそれは貴重な体験をさせていただきました。
おそわりながら皆でうたいましたのは「東遊」。
今ではあまりうたわれることのない古代歌謡だそうで
その言葉あらわれ一つ一つ。
おと(こえ)の出し方。
手で舞うように動くひれのゆらめき
顔の明るみ
うたはすべてであり
そのすべては地上に楽園のエネルギーを顕現することを
体験してしまいました。
うた(おと・声)にされることばには、
研究し尽くしても意味がない(意味不明)とされる
歌詞のようなものがあって、
いまでも学者さんの中で喧々諤々されるそうなのですが、
これら意味不明のおと(歌詞)は、
じっさいにおと(声)にだしてうたってみると、
そして豊先生のなんともしなやかであたたかくそれでいて
すっと一本の光のような筋の通ったお伝えにより、
意味のないことばなのではなく
これは、宇宙の言葉ではないか、と、
心が反応するのが分かりました。
いまでいうライトランゲージというものですが、
これは本当に、
昔の人こそ普通に感知し発音しうたっていたのでしょう。
昨日の体感からわたしはそう考えるのが普通に思えました。
まずはおりてきたそのままの音ありきで、
それをだいぶん後の時代になって
文字というものができたときに、
表記する都合上、
たとえば、エとオの間のような音などは「エ」と、
乱暴に、あるいはしかたなく、まとめられてしまい、
本来根源から来ていた音は失われてしまったのでしょう。
また、意味が付随されている音(歌詞)もじゅうぶんにありますが、
それらをうたうおとひとつひとつに
感情を乗せずに、ただたんたんと
エネルギーの振動だけになってあらわれるようなうたいかた、
それはまるで、
風そのものだったり
波そのもののうたのように感じられました。
特に今のような陶芸の顕現をするようになってから、
日常の中でふときく音楽、
メロディーや声による感情の表現やメッセ-ジ性のある歌詞などの
人の意思が働いている歌や音楽が、聴けなくなってしまいました。
けれどそのなかで唯一雅楽だけは
日常のなかでも聴くことができる理由は
まさにここにあると思います。
たいせつなおとやうたひとつひとつが
豊英秋先生の純粋な感性で真っ直ぐよみがえっていくのを
昨日は幸せなことに目の当たりにした思いでした。
私はスペイン在住時、
カトリック教会の聖歌隊で歌っていたことがあるのですが
そのうたは、音律や教会の建築構造で
地上から天にのぼる仕組みになっているのですが、
きのうの日本古来のうたは
地上そのものがそのまま天となる響きを持っていました。
これは今の時代とても大切なことだと感じました。
それから「ととのう」って東の国の方言なのですね。
ととのう、ということだまは、
私もよくつかわせていただくのですが
まさかこちらの方言だとは知らずにいました。
やはり土地のことばには
根源に繋がる力があること(それこそことだま)を思うのでした。
東遊。
うた遊び。
昨日のあの響きが背骨に染み入っていて
このうえなく心地よい地上の楽園の振動をつづけています。
ほんとうに豊かな遊びがむかしはあったのだなあと思います。
わたしがうたいたいうたは、
わたしがいつもやまやうみでうたううたは
きっと昨日の体感があったから、
よりいっそう変わっていく予感がします。
ひとりひとりが中心となり
水紋のように広がり重なる振動の世界。
昨日一日、あの場にいられたこと、
感謝の気持ちでいっぱいです。

香風舎『煌』11月8日まで
会場に展示されているエネルギー世界に満ちた
石塚雅子さんの絵画も
この宇宙船のような劇場空間の住人・・必見です。
https://www.kofusha.jp/pages/661187/page_201609281751
