最近土が

最近作陶に使う土がふわっふわになってます。

生まれたてのヒルコさんのようで不思議。

これまでと何ら変わらないストックしてある同じ土です。

ふしぎ。

いろいろ切り替わりの時で

私も根本からの変化をせまられて居ますので

枷を外して軽やかに活きたいものです。

今生が最後の地球転生になると思うので。

何かを行うときに

何のために生まれてきたのかと自分に問えば

大抵のことは乗り越えられたり、

乱れた波動が調えられたりしますね。

すると必要とされる対象物には丁寧に向かい合うことが出来るようになりますし

必要ないものには何の引っかかりもなくスルーするようになります。

何のためにここに生まれてきたのか憶(おも)い出すこと、

そして最低限でもお金と時間の枷を外して憶い出したそのままに活きることに視点を当てること。

本当に大切な時代になっていきます。

具体的には自分の振動数を上げていくこと。

繋がる場所が変わり、必要のない介入が外され

憶い出すことも憶い出しやすくなります。

出来ないと思うのではなく

まず視点を当てること、大事です。

 

枇杷のこと 7月21日満月

書けないことが増えてきているのと

地上で動かされるようなことが増えてきており

飛躍的に学ぶことも増え

おぼえがきが間遠になってしまいます。

それでもお伝え出来ることは

タイミングを見ながらおぼえがきしたいと思います。

5、6年前に鈴の形のビジョンがおもむろに視えて急いでスケッチに写しました。

昨年末、2024年5月の個展に『鈴』と降りてきたのでそのままに行われました。

この流れの中で5、6年前にビジョンで視た鈴は高次の世界の木の実であることがわかり、顕現も叶い、個展に出展されたときには『命の種 時じくの香(かく)の菓(このみ)』と名付けられました。

今年5月の個展期間中に葉付きの枇杷の実が届けられ、ビジョンで視た木の実は顕界では枇杷の実であることがわかりました。

枇杷の実が今年の個展時期と重なったことも偶然ではなく、既に5、6年前に(もっと前からかも知れません)初めからそのように誘導されていて私がその道を感知したのだと解りました。

「時じくの香(かく)の菓(このみ)」と言うのは日本に伝わる伝説で、常世の国に成る不老不死の実と言われています。 

伝説の詳細については、リンクを貼らせていただいて省略させて下さい。詳しく書かれていることと、現在では大和橘が「時じくの香(かく)の菓(このみ)」とされていることに疑問を呈して居られることも大切に思いますので以下のページをご紹介させていただきます。

https://nihonsinwa.com/page/1090.html

 私が、枇杷が「時じくの香の菓」だと直感したのは、ビジョンを視たときからですが、その証拠が時を経て証明されていきました。

枇杷の実の「枇杷」という言葉の語源ですが、一般的には楽器の「琵琶」から来ているのだと言います。ただおかしなことに、鎌倉時代に日本に琵琶が渡ってくるよりも先に枇杷の木は日本にありました。もともとあった枇杷は、それでは楽器の琵琶が来る前は何と呼ばれていたのでしょう?それにもともと名前があったものを楽器が渡って来たことで名前を変えるなんて言うこともとても不自然に感じます。

様々調べて結果から申しますと、楽器の琵琶が渡って来る以前の枇杷の名前がわかりました。日本語のみならず外国語(主に私の得意分野のラテン語圏と、後は英語からの調査になりますが)で確認してもそのようになったのでおそらく間違いないと思います。

もともとの枇杷の名前は「蘆橘」と呼ばれていました。「あしたちばな」あるいは「ろきつ」と読みます。「時じくの香の菓」が橘であると言われるのはそれが蘆橘であったからだと解りました。

橘は太陽のシンボルであり太古は枇杷がその象徴でありました。日本の国名「豊葦原瑞穂國/トヨアシハラノミズホノクニ」の蘆(アシ)です。

これが解ったとき、太古の太陽のことだまを取り戻した感覚になりました。

日本は世界でもまれに見る多民族国家ですから、各地から沢山の植物も持ち込まれました。(このこともまさに地球のひな形だなあと思わされます)おそらく枇杷もその中で太古に日本に持ち込まれた植物なのでしょう。では一体どのような民族が、日本に枇杷を持ち込んだのでしょう。太古の太陽信仰に繋がるものがあると感じます。

 

今年5月の個展から数週間後、西宮神社で「おこしや祭り」と言うのが行われることを地元のmさんよりお知らせ頂きました。西宮神社にはヒルコが祭られています。

ちょうど5月の神戸の個展期間中に行った茶会瞑想で、西宮の海に行きアルクトゥルスの星のエネルギーを沢山受け取りました。海でアルクトゥルスから降ろされた旋律をみんなで響かせ波のエネルギーも優しい子守唄にたゆたって居りました。その海水を汲んで逗子に持ち帰り、地元の海にお繋ぎしようとしましたら、『この海水は西宮のヒルコに届けて欲しい』とのメッセージが来ました。

急いで調べますと西宮のmさんがお知らせ下さった西宮神社の「おこしや祭り」は二日後でした。すぐにその海水をmさんに送らせて頂き、西宮神社のヒルコに届けて下さるようお願いしました。

今年、西宮神社の本殿が改装中とのことでヒルコの結界が緩んでいることがわかりました。そしてmさんの手により「おこしや祭り」の際に滞りなく件の海水を眠れるヒルコにお届けすることが出来ました。『最後の機会に間に合った』、と言う感覚が降りてきました。

後にmさんが送って下さったメールや「おこしや祭り」のお写真から気づくことがありました。(mさんの了承を得てお写真掲載いたします)

ヒルコさんの御神輿に飾られた枇杷。
御神輿は楚々と静かに運ばれるのだそうです。
ヒルコを起こさぬように?
担ぐ棒の四方にとぐろを巻いた白蛇。
他にも鏡で囲われていたとのこと。結界?
日御子の目覚めを恐れている感じがします。
おこしや祭りの日限定で西宮神社で
枇杷の土鈴が授与されたとのこと。
答え合わせが完璧です。
地元のmさんによると
馬はヒルコの乗り物だそう。
夜中の丑の刻の真向かいは
真昼の午の刻。
ヒルコの乗り物とはこういう事かと。

ヒルコにまつわるあれこれすべてが太陽に繋がっていく。

海の向こうから海洋民族の手により運ばれてきたヒルコは淡路島を経て和田岬の現在ヒルコの森と呼ばれる湧水豊かな場所に上陸。(和田神社境内には海洋民族のシンボルの大きな矛のモニュメントがあります。ちなみに矛の柄には強度と粘度のある枇杷枝が用いられたとのこと。時代が下って農耕機具の柄に枇杷の枝が使われることに繋がります。)

表層的なことだけ書きますと、後々にアマテラスという新しい太陽シンボルを祭りたい大和政権の手により、ヒルコは西宮神社へと運ばれ眠らされました。ヒルコのシンボルである枇杷=蘆橘は、大和橘に取って代わられ、おこしや祭りはヒルコをエビスと言う別の新しい神との合祀でみえなくし、その名称とは裏腹にまるでヒルコを起こさないような配慮が成された神事になっています。こういったことは、多民族国家のこの国ではよくあることなのでしょう。

 

しかしそれももう終わりとなりました。来年からは目覚めたヒルコと、新たになった西宮神社の本殿でお目にかかれるのでしょう。

屮満月の夜に最後の結界が解けて地球のコアにあるマナの真水から眠っていたヒルコが起こされますから。これは戦いでも二項対立でもなく純粋な誕生のお祝いです。

懐かしくも新しい太古の太陽に向けられた祝いのエネルギーは、ある種ゆがめられたこの世界の図形を、本来の宇宙の美しい形へと還すエネルギーと成るでしょう。私はこのレイヤーに乗って参ります。

次の満月7月21日19時16分。地球のコアに眠らされたヒルコの目覚めをお祝いしたいと思います。ピンと来る方でしたらきっとお心合わせ、それぞれ各地で鈴を鳴らしたり、歌を歌ったり、と、各自その人らしいお心に浮かぶお祝いを成されることと思います***

新しい時代の祝いのいのりに*

 

グラウンディング

昨日出逢ったアオサギさん

最近、

肉体ボディとそれに最も近い4~5次元あたりのボディ(魂魄の魄)の調整がどうしても必要になり

(次元と言う言葉も正確では無いのですが、他に表現のしようがないので便宜的にこの言葉を使いますね)

まさにレスキュー的にそのあたりの次元のエネルギー体と肉体の調整を担当されてるかたとの出会いがありました。

久々に3~5次元絡みの深いお話をお聴きして私としてはグラウンディングの意味と理解が進みましたので少しそのことをシェアしてみようと思います。

現時点で肉体を持ちながら、4、5次元あたりのことをされている場合、肉体はある意味避難所のような役割があります。(それより上の次元になるとまた別の話になるかと思います)

3次元に反映されているように、エーテル体、アストラル体(4、5次元あたり)の出来事は肉体にも反映されやすいです。

正直なところアストラル界でも二項対立や戦いといったものがあり、それがこの世に反映されているわけですが、そこからの最も至近な避難所は、肉体にしっかり戻ること。

避難所確保という意味で肉体の調整=グラウンディングが必要なのだと感じました。

闇のことをしている場合は、特に避難所確保が大切になってきます。

『闇のことをしている』というとまたその説明も必要になってきますが、ここでは『闇の浄化。本来の深く澄んだ闇にもどすお志事』のことを言っています。

闇を浄化されたら困るものたちが抵抗しますからね。3、4、5次元あたりでは戦いがあるのは仕方が無い。戦いがあることで魂が磨かれますからね。けれどもうその戦いを用いるシステム自体を壊そうと言う働きも働いています。その転換期に当たってククリヒメなど破壊と再生に関わる女神が各地に顕れていることにも繋がります。(女神であることがまた重要なのでしょう)

そうなってくると一枚岩では行かないさまざまな方面からの抵抗が起こり、その流れでエネルギー体やアストラル体が負傷して肉体的にも怪我を負う方々が周りに増えているのだと認識しています。

今月に入り、肉体~アストラル体までの調整が出来るかたとの出会いは幸いでした。私のエネルギー体は傷だらけだと言われました・苦笑。

加えて、足の怪我以降グラウンディングが必要になってきています。しばらくは闇の浄化に関わることになるので。私がそれをするわけではないのですが、その先に必要な『誕生』があるのがわかるのです。

以前からおぼえがきに書いておりますように、古い地球へのグラウンディングはしません。

人によっては肉やジャンクフードを食することでグラウンディング(=避難所確保)をする方もいるのですが、それも有効な手段かもしれませんが、私の場合、食に関してはケミカルな添加物があるものは肉体へのダメージが大きすぎて、その方法がとれません。

それが最近になって他の方法として有効な手段を見つけました。

先日、母屋で付けっぱなしになっていたTV番組で80年代で最もリクエスト投票が多かった楽曲を流していて、その1位が米米CLUBの「浪漫飛行」でした。

わー懐かしーと見ていたら、最近のTVの歌番組では珍しくフルコーラスで流してくれました。

米米CLUB、解散するまで実はとても好きでファンクラブにも入ってたんです。最初のきっかけは、目黒の鹿鳴館と言うライブハウスでの米米CLUBのライブのことが当時ぴあと言う情報誌のページの欄外に数行書かれてるのを見て気になり、その後もう少し大きいホールでのコンサートに行ってみたら、とても楽しくて。私が舞台演劇やミュージカルが好きになる大元がこの米米CLUBのコンサートでした。

浪漫飛行は初期の方の楽曲でしたがプッシュしていた時期にはなかなか売れず、後年、JALのCMに起用されたことでブレイクした曲なのでした。

米米CLUBが認知度を上げてそれまでの自由さが何だか減ってしまったように感じ、音遊びや言葉遊びがふんだんに込められた演劇的な演出のショー、ツインボーカルの妙、寸劇やおどり、などなどの米米CLUBの主軸の要素がほぼ認知されないまま、外からのヒット曲期待でテレビに出る頻度が上がるにつれて活動内容が不自由に窮屈そうに見えました。そういった流れでの解散は然るべきもののように見えました。(その流れの中でも最後まで主軸となるコンサートはやはり毎回とても凝った演出で楽しいショーでした*)

そんな感じでしたので何十年ぶりに浪漫飛行をフルコーラスで聴きましたら、これが無理の無いグラウンディングになることがわかりました。

『米が二つもついてるからとても重要な事項に思われるだろうとの命名』だったと何かで読みましたが、今思うと米米と付けられた名前から派生する曲やテーマも多く、本当に米の放射状に広がる金のエネルギーを地上に生み出していたように感じます。カテゴライズ出来ないものとしてこれもぶっちぎりであったのは何らかの(お米の神さまの)サポートが入っていたのかもしれませんね。長らく活動を見ていると闇から上がってきて浄化された感も強いです。あくまでそれを肉体レベルでやっている。

今はネットで色々みられるので良いですね。いつの間にか米米CLUBは再結成されて現役で無理のない活動をされていることも知りました。ある意味「とても日本らしい」このようなグループが今もいること、それが私の3次元の肉体の避難所確保となりました。

音や響きは高次に導くものとして使ってもいますが、このようにグラウンディングとしても使えることがわかりました。何の曲でも良いわけではなく、かつてよく知っていたことやそこに浄化が起きていたこと、清濁併せ吞んだカオスがピュアな闇に繋がっていることなどなど絶妙にその諸条件を満たしていたのだと思います。