おのころ島 11/27

昨日のおぼえがきのつづきです。

雨の西宮神社参拝中に沼島の漁師さんから電話がありました。
この雨で海が荒れて明日の午前中まで荒波が残る見込みとのことで
明日のおのころ島クルーズは中止に成ります、とのこと。
 
私は、わかりました、といいながらも
呼ばれているのでそんなはずはないと何処かで思っていたのか、
淡路島から沼島へ渡る定期便は明日も運行予定とのことを漁師さんに確認し、
とにかく明日は沼島へは行きますので、その時その場でもしも波の様子によって漁船が出せそうでしたらお願いできますか?と、
頭で考えるより先に訊ねていました。
『明日の夕方4時ころでしたら・・可能性はゼロではありませんが。。』
と電話の向こうで漁師さんは答えられました。
とりあえずは明日の漁船での沼島周遊は中止に成り、
明日の夕方その時の判断で、万が一夕方に波が収まるようだったら船に乗せてほしい、とじゅうじゅう確認し電話を切りました。
 
七名のメンバーにもその旨を伝え、
変更になったことそしてそれでも沼島へは行くことを告げました。
 

 
翌日は朝は曇っていましたがやがて晴れて
淡路島の瀬織津姫の滝では不思議なヒルコのような太陽が姿を見せました。
そのときのおぼえがきです「淡路島 セオリツ」
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=23222
 
滝で神具を清め、
さらに淡路島を南下して島の最南端の港から
一時間に一便の定期船を待って沼島に渡りました。
 

沼島へ渡る定期船の窓から

この日はなんだか朝から強行軍で、朝ごはん以来夕方までほとんど何も食べていなかったので、沼島に渡るとすぐ地図を見ながら古民家のカフェに行きました。
 
カフェの方はとても気持ちのよいかたで、
ようこそようこそと迎えて下さいました。
 
淡路島とはまた全く異なる空気感が沼島にはありました。
 
『ここでもう一度電話してみよう』と漁師さんに電話をしてみました。
 

 
そもそもが沼島に来ることになったのはビジョンを視たからでした。
海上から島を一周ぐるりと見ているビジョンです。
 
へえっと思い、調べてみると地元の漁船をチャーターして沼島を一周してくださることが分かりました。
 
出発の日まで何度も何度も漁師さんに電話を掛けましたがなかなかつながらない。
何日目かにしてやっとつながって、ようやく漁船をチャーターできたのが、前日に中止となった、というのがこれまでの流れ。
 
当日の夕方4時頃なら可能性はゼロではない、という漁師さんの言葉を信じて、沼島の古民家カフェからもういちど漁師さんに電話をしました。
やはりなかなか電話に出られませんでしたが、何度かかけて繋がり、
昨日電話した者ですが、いま沼島に居るのですが、波の様子はいかがですか?と尋ねました。
 
この時はすでに天候は晴れていましたが海の様子はちがうかもしれません。
電話に出た漁師さんは言いました。
『わかりました。船長と話してみます。折り返しお返事いたします。』と。
 
どきどきしながら折り返しの電話を待っていると果たして、
波と風の様子から一時間ほどなら舟を出せること、
いますぐ港に来られますか?とのことでした。
 
古民家カフェでちょうどみなさん飲み物を注文されたところでしたが、カフェの方に事情を話すと、テイクアウトに変更できますよ!とすぐに準備をしてくださって、頼んだドリンクを持ち運べるように調えて下さったのでした。
 
すべての流れに感謝です。
 

古民家カフェのある小さな漁港

 
港に行くと電話でお話しした漁師さんが途中まで迎えに来られて、
ちょうどいま左右から来る波がぶつかり合って大きな波を打ち消していること、
そして風も左右からちょうど互いに吹きあう時間帯なので強い風を打ち消しあっていること、
この状態は約1時間ほど続くこと、
暗くなってくるとまた海は荒れだすこと、
波と風が打ち消しあうこの一時間の間なら舟を出せますとの漁船の船長さんのご判断を伝えてくれました。
 
『今日は団体さんも入っていたのですが、すべての漁船の運航は中止に成りました。
これが今日、唯一出せる船です。
ねばりがちですね。』
と漁師さんが笑顔でおっしゃいました。

普段は高級魚である鯵の一般釣りをする漁船だそう。
お世話に成りました。

 

海鵜の巣窟

 
沼島をまわる漁船はそのときどきで右回り左回り、どちらになるかわからないとのことでしたが、
私たちの時は「女回り」と呼ばれる左回りで巡りました。
私が呼ばれるからには左回りだろうと思っていました。
 
沼島は別名おのころ島。
イサナミが先に巡り声をかけたことでヒルコとアワシマは葦の船や磐船に乗せられて流されてしまった。このように記紀に描かれるイサナキ・イサナミの伝説はいまでは、太古の太陽神の封印伝説だと理解しています。
それは、岩手花巻の胡四王神楽「天岩戸開き裏」の
すべて「裏」とされた流れの舞の中にも残っていると感じました。

カグツチ(輝く蛇)もわかってみればヒルコのことです。
流されたり斬り殺されたり何度も何度も念入りに呪(しゅ)をかけて大和から封印されてきた太古の太陽神ヒルコ。それだけ大和が畏れていたとも言えます。そうとわかってみれば記紀には結構はっきりそうと書かれていますね。
 
諏訪からのながれで、富士山マナの泉を経てヒルコのヘルプを感知してご縁ある皆さんでここまで解いてきました。
沼島にかけられた鎖も解放の左回りで大きくはずされ
漁船に乗りながら私の右目が涙を流していました。
神戸のヒルコを祭る和田神社ではヒルコのSOSを察知して左目が涙を流し、
今回は沼島を左回りに巡る海上で右目が涙をながしながら
『よくぞここまで来てくれた』
と語り掛けてくるものがありました。
 
 

旅の始まり 11/26

出発の朝。王様の古墳の真上。

11月下旬の出張のことをこれまでもつれづれにおぼえがきしていますが、
ようやく今回の出張のはじまりのことを書ける状態に
たどり着きました。

これまでここ何日かに渡っておぼえがきしてきた旅のことも
時系列ではないのですが
その並び・書き順に意味があったことと受け止めています。
 
**
 
今回の出張の旅の流れは
おととしの諏訪の森の奥の泉にはじまり、
去年のコノハナサクヤヒメを訪ねた富士山訪問から
今年の3月、7月と二度に渡るマナの泉でのご神事の流れ、
そして今年五月の神戸の和田神社のこと、
すべての流れのなかにはヒルコのエネルギーが宿っていたこと
すべて関わり合い繋がっています。
 
とくにこの流れが太古の太陽神ヒルコの復活の流れを汲んでいることに気づいたのは、ヒルコの本拠地・西宮神社でヒルコの「おこしや祭り」が行われているということを知ったこと、6月に現地でその祭りをつぶさにお伝えくださった西宮神社の産子の方が居られたことが、大きな気づきのきっかけに成っていることと思います。
 

 
今回の出張のはじまりは西宮神社から。
核心の場として呼ばれているのは淡路の沼島でしたが、
今年の春の神戸滞在では足の怪我のためそれも叶わず、
秋に成りようやく叶うことと成りました。
いや、
春の段階では、淡路島、としか感知していませんでしたが、
実際この秋に向かうことと成り、
淡路島ではなくその傍らの沼島に呼ばれていることが分かったのでした。
 
大切なことはいつも動いてみて初めて
その間際に明かされます。
今回の出張で呼ばれたこともそれだけ大切なことなのだとわかりました。
 

  
出張第一日目、
大切な旅の始まりはいつもまちがいなく雨です。

西宮神社境内
仮宮

不思議なことに、
今回の淡路島への出張の日程は『11/27』と降りてきていました。
そのとうりに旅程を組みましたら、
西宮神社の産子のかたより、
本殿の修復のためずっと仮宮に移されていたヒルコさんが、
11/28に、完成した新しい本殿に移されるのだ、とお知らせくださいました。
 
11/26に西の神社へとおもむき、仮宮にお参りさせていただくと、
そこにはヒルメさんがおまつりされていました。
 
11/28にヒルメさんとヒルコさんが統合されて本殿に移され
ヒルコ玉となることがわかりました。
ヒルコ玉というのは(さまざまなとらえ方がありますが、私が一番に感知していることとしては)星を造るエネルギーの玉のことです。
 
降りてきた日にち11/27、わたしたちは沼島に渡りました。
ヒルコさんを迎えにまいりました。
その当時はまだ詳細は何も明かされていませんでしたが
淡路島に行く、というだけで即答で7名の方々が集まりました。
今になって思えば、
かなり大きなエネルギーを動かしたことが分かります。
はじめからそうと知っていたら
そんなことはできなかったと思われます。

 直感で動ける方々とご一緒できましたこと、
ほんとうに幸いに思います。
 

安心してグラウンディング

先月の出張の前に江ノ島の辺津宮に呼ばれてから、グラウンディングする領域が7次元に上がったので、ようやくこれで安心してグラウンディングができる予感がしています。

双子の星さんで扱われている苗から大切に育てられた自然農の珈琲「サムライティピカ」は、やはりエネルギーで視る方が視れば、珈琲とは違う次元から来ている飲み物。サムライティピカと言う独自の飲み物として私は受け取っています。

このサムライティピカを淹れるのに、毒蛇式という独自の方法で私は淹れるのですが、それが今日、出張から戻って最初に淹れた毒蛇式で右回転が顕れました!これまで左回転一辺倒で淹れてきたサムライティピカでしたから、やはりここにも最低でも7次元での土台、陰陽統合された土台が顕れてきていることを感じたのでした。

新しい地球に安心してグラウンディング出来る時代がようやくやってきました。

 

熱田神宮 剣の神様 11/29

アメノムラクモノツルギを
つくばの深く清涼な山奥の滝の傍の神社で授かったのは2021年。
その流れでここまで来たのかとも思います。

正直なところ、歴史の中でざまざまなことがあり、
現在熱田神宮には剣はないと感知していました。
それは今も変わりませんが。
 
今回の出張の中で、初めてここ熱田神宮を訪れる流れに成り
拝殿にてお参りさせていただくとやはりここには剣はありませんでした。本体も霊体も、です。
 
お参りを済ませて帰ろうとした矢先、
とても氣に成る空間と場所があることに氣づき、そちらの方へと立ち寄らせていただきました。
 
地元の方でしょうか、一人のご老人がその場所で礼拝されておりました。
そこは外からお参りするようなしつらえに成っておらず
だれもそこに礼拝される方はおりませんでしたが
やはり氣になりその場へちかづくと、
なんとそのタイミングで祈祷と巫女舞が始まりました。

ここにはいない別の所に隠されている剣の神様が
時を場所を定めて呼び覚まされて降臨される場面を
このときまのあたりにしました。
先のご老人はこのことを知ってらしたのでしょうか。
それもとも。。
 
双子のように舞う二人の巫女から
あたり一面にとても繊細な金粉のエネルギーが
溢れんばかりに眩しくふりまかれておりました。
 
私の手は自動的に次々と手印が始まり、
降ろされた剣の神様と会話をしていました。
その言葉ではないエネルギーの会話は長く続きました。

私のこころは『剣の神様居たんだ!』という喜びにあふれて。
 
ただただ素直にそういった金色の繊細な喜びにあふれたひと時でした。
 

お参りを済ませて参道を歩くと、桜の花が咲いていました。
何の種類の桜かわかりませんが、すべての符号がありました。

この日もまた、朝日のようなヒルコの夕日が黄金に輝くお顔を
雲の間からちらりと見せてくれました。