きのうきょう

 

昨日と今日
茶会瞑想でした。
 
朝、ヤマトタケルの湧き水を汲みに

 
過去に出会っていた魂たちが
螺旋階段をのぼった踊り場で再会を果たす
今この時に
 

 
この形での茶会瞑想を
このタイミングで開くことの大切な意味
提示され続けています
 

 
すでにターンは変わり
この形での特別な宴
 

 
特別な茶を杯に注ぎ
母なる星を
大地を祝う
  

 
 

農園さんにて

昨日は農園さんにてほんとうに心のこもった大地と人にふれる一日を
丁寧に過ごさせていただきました*
感謝の一日でした***
 
 
いまの旬と言えばこちら。

子供の頃から梅が大好きで、
少し前に亡くなった福島の伯母がお手製の梅干しを毎年送って下さっていて
それを毎日おやつ代わりに食べていました。

 

梅の木にわたしはとくに親和性を感じます。
龍神様のようでもあるし。。
幼いころから、逗子に越してくるまでずうっと
亀戸天神のおひざもとに住んでいましたので、境内には梅の木がたくさん*
梅を愛した菅公も大好きでした*もちろん今も大好きです*
 

 
今の家の庭にも、もともとここに生えていた梅の老木があって、
おそらくもう人の寿命も優に超えてここにいること、
いっしょに今いられること、
嬉しく毎日眺めてます*
 

微細に振動している農園さんの大地にほんとうに癒されます。
農園の方も『私もいつもここにくると癒されます*』とおっしゃっていて、
本当に素敵です***

優しい木の元で癒しのシャワーをたっぷり浴びて。。

まだすこし早かったのですが、すももを採らせてくれました*

実を採らせてくれた木にありがとうをして帰ります*

 
湧き水のお社に、おかげさまのお水で
すばらしいお野菜や果物たちいただけました、とお礼まいりに。

 
桃源郷からもどり、今朝目が覚めても、
まるで宝石のようなうつくしい果物たちは
夢ではありませんでした***

 

かみかぜ吹く

わたし自身は火のエレメントをもって生まれてきているのですが
水との結びが明らかに強くて、
子供の時から水が大好き。
楽しい思い出は水にまつわるものばかり。
江東区のゼロメートル地帯に住んでいたので、
今みたいに排水の状態が整っていなかったため
雨が降るたび子供のひざこぞうの上まで道路に雨水がたまって、
小学校からの帰り道などは、
じゃぶじゃぶと長靴の中に入ってくる雨水が
もう楽しくて時間を忘れて冠水した道路でひとりで遊んでいました。
 
それから以前おぼえがきにしたこともありましたが、
夏休みとなるとひとりで夢の島の温水プールに毎日通って
ただぷかぷかあお向けになって浮かんでいるのが好きでした。
学校の決められたプールの時間は記憶にないのですが
(たぶん楽しくなかったのでしょう)
ただ水にあお向けに浮かんでたゆたうのが好きで
毎日毎日夢の島のプールに通っていました。
とても幸せな思い出です。
 
いまも実際に、水の祈りのことをさせていただいているので、
大きな切り替わりのひずみで
こうした出来事をわりとダイレクトに受けるのだなあと。(それを祓い清めと呼ぶ場合もあるかもしれません)
 
昨日の更なるシフトチェンジのひずみにあって、
やはり4年前に台風被災した時のことを思い出していました。
あの被災からほんとうに人生がみるみる変わり始めました。
仕事も日常も何もできなくなったとき、
ほんとうに何がしたいかと自分に訊ねると
やりたいことが二つ、心に浮かびました。
産土神社の境内のお掃除。
それからうたをうたいたい。
そしてそのどちらの願いもそのあとすぐに行動を起こして
(どうせ日常も仕事もできない状況でしたので)
願いがふたつとも叶いました。
いまもその道がつづいています。
あの被災をきっかけに本当に自分が生きたい道にシフトした、ということです。
 
4年前のわたしの避難生活は約2か月間つづきましたが、
中には『大変でしょう。なんで自分だけ、って思うよね~』という
お言葉をいただいたこともありましたが、
正直そんな思いは微塵も心に浮かびませんでした。
台風の被害は状況によりさまざまですが、
私の場合は、隣近所は何も誰も被災などしていなくて
翌日は晴れてすぐに日常にもどったなかで、
わたしだけが家が半壊していて、
日常生活も仕事もできなくなりました。
けれど、近所のカフェにいくと
いつもと変わらずマスターがコーヒーをだしてくれたことが
本当にうれしかった。
みんなが無事でよかった、と
これは本当に魂の底から湧いてくる思いでした。
みんながいつもと同じように生活していることが
それが私の救いであったのです。
それは本当にそうだと今でも思います。
 

たくさんつぼみをつけていた一重のバラ。
今回の暴風でせっかくの花がだいなしになってしまったとは
まったく思わない今朝のわたしの心がありました。
変わらず素晴らしい芳香もあります。
このコたちが負って今こうして形づくられたもの。
それを美しいと思えました。
 
大家さんがすぐにお手配くださっていたので
今日のお昼には硝子屋さんが来てくださり、
(古い家なので、対応できる硝子をお持ちのお店が限られるそうで、
わざわざ鎌倉からお越しくださいました)
あっというまに直してくださいました。
職人さん曰く。
『前にも直しましたよね?』
 
『はい、四年前に。』
 

駐車場が即簡易工房になったのにも感心!
場所がないから・狭いからできないはありえなくて、
百戦錬磨の職人さんさすがです*
また木枠サッシの上部に溝が掘ってあって、
そこからスライドさせてガラスを入れること
初めて知りました*

 
今回はあっというまにすべて通り過ぎて、
日常にすぐにもどれました。
けれど昨日までの日常とはあきらかに違うすがすがしさを
4年前のときのように再び受け取っています。
この感覚はやはりこの地上に生きて得られる宝物。
 
5月、これまでに綺麗に幕を下ろし、
やはり6月はそういう月なのですね。
 
割れたのは、王様の古墳が見える窓で
今日からその窓は新しくピカピカになっています*
修理にかかった費用もすべて大家さんの保険でまかなって下さって。
なんだかできすぎてますね。
お心を寄せてくださった皆さまにはご心配おかけいたしました。
ありがとうございます✨

 
 

織り

 
昨日の雨と波はちょっとすごかったので
今朝起きてからもずっと
宇宙の高密度の音色(笙の音に似ている感覚)が
頭の中で響いている。
 
昨日の海の動画の投稿についてわたしが書くまでもなく
『いつもと違う感じがして
うたいたくなったのでいっしょにうたいました』との
メールをいただいたのをうけて、
きのうのおぼえがきをすぐに加筆投稿させていただいたのでした。
 
こんな風につながることもできるのだと
ご縁あるみなさまからさまざまなかたちでおしらせ頂いています。
ありがとうございます。
人のうつわってほんとにすごいわ*
 
 
今日はギャラリーアルカのオーナーさまより
お便りもいただきまして、
わたしの個展最終日の翌日(昨日29日に)、
天橋立の眞名井神社へと訪ねて行かれましたこと。
そのご訪問の内容に
わたしも改めて気づくことや驚きが満ちていて、
わたしの内で、もしかして?と、ここ数か月で
核心的に気付いたことに対する答えが導かれています。
あるご神名のことなのですが
これは今後のわたしの筒にも
大きな宇宙とを結び確信となることでもあるので
大切に育ててゆきたい内容だと思います。
 
地球に肉体をもって生まれるという
この方法はかなりの賭けであったのですが、
思い出せてよかった。
気づけて、そうして「今」があり、
たくさんのサポートのエネルギーを
渡してくださる可視不可視のみなみなさまと繋がることができました。
心からありがとうございます***
 
昨日の雨と波のうたもふくめて
ひとつひとつが地上の振動を上げていくもの。
祈りとは、ただただ振動を上げるということである、と、
ちょうど二年前のやはり5月の特別な日に
王様の古墳に降りて湧いたエネルギーが気づかせてくれました。
いまここですることはそれに、その祈りに尽きます。
 
わたしも2016年のちょうど5月(またしても5月なのですね)に
籠神社と眞名井神社にお参りさせていただいていたことを思い出し、
さきほど当時のおぼえがきを確認してみたところ、
なんと橘の花の写真を撮っておりました!なんと。
きょうの写真はそのときの橘です。
 
すべてが純粋に魂にかなう道であったと、
そして繊細で高密度の織物をご縁のあるみなさまと
織り上げてきているのだということ、
いままたその出来上がりの具合を見せていただいています。
 
今を重ねるごと、うつくしい錦の糸が加わるたび、
この織物の変容の様にわくわくとさせられます。
それをわたしひとりではなく
知らず知らずのうちに自ずとみんなと一斉に織り上げていたという
この豊かさにも気づかせていただいて*
また幸せに思います*
 

 
 

ありがとうございました

 
本日無事に
個展『冏(きらめき) -降り立つ-』
終了いたしました。
  
これまでにない
深く魂に届く展示となりました。
 
大地と天の長きに渡る願いを
このたびご縁いただきましたみなさまと
一緒に
叶えたような
この高い振動は
一瞬のうち
四方八方へ響き渡り
やがて
はっきりと
この新しい地上に
目に見える形にて
そこ ここに
顕れ出づることを確信しています。
 
 
巡りが巡り
またみなさまと出会うことができました折りには
きっともう
目と目が合うだけで
すべて納得し
微笑みあえると信じています。
 
心からありがとうございました。
 

生まれると決めたコ