反転と共存
開いて閉じるの統合
はじまりとおわりの調和
ククリヒメの特別な日
今日
弁天からスサノヲへ
*
今日はなんだかものすごい日でした。。
エネルギー的に。
何を書いてもなぜか残せないようになっているみたいで
うただけ残せましたので貼っておきます。。
今日のこの特別な移行の日に
特別な場所
弁天からスサノヲへ
わかなさんと
沢山のサポートを下さる可視不可視のみなさま
深く感謝いたします。
反転と共存
開いて閉じるの統合
はじまりとおわりの調和
ククリヒメの特別な日
今日
弁天からスサノヲへ
*
今日はなんだかものすごい日でした。。
エネルギー的に。
何を書いてもなぜか残せないようになっているみたいで
うただけ残せましたので貼っておきます。。
今日のこの特別な移行の日に
特別な場所
弁天からスサノヲへ
わかなさんと
沢山のサポートを下さる可視不可視のみなさま
深く感謝いたします。









ありがとう***
きのう地元の古民家映画館での上映初日、
見てまいりました「杜人」。

大地の再生をしつづける
矢野智徳さんを追った3年間の記録のドキュメンタリー映画です。
全編ハートに届く振動に満ち溢れていて
言葉にならないまま届いた本質的に大切なことが
どの場面にもありました。
きっとたくさんの方々が同じように、
言葉も介さず矢野さんの活動を高い振動のまま
受け取られているのでしょう。。
この大地の自然から振動で受け取るのと同じようにして。
*
映画のなかで矢野さんは、
分断された風と水の道を目と心で読んで作り、
宇宙のエネルギーを巡らせ流れる通り道をつくる。
それが大地の再生。
滞った水溜めに、
真っ直ぐではなく蛇の道・蛇行した水脈をつくる。
地上で水は真っ直ぐ流れるものではなく、
地形に沿って自然に蛇行するもの。
映画の中で『ああ、昔の川はそうだったと』と
感慨深く言ってる人が出てきました。
川も道も、大地を思えば
真っ直ぐにはならないはずなのですね。
*
映画から派生して思うに。。
よく竜(龍)と混同される「ミヅチ」は
「水竜(あるいは蛇)」ではないのか。
天の竜とはまた異なるお役目の
より地上の人に近い存在として。
お寺の天井画などでも
よく竜と混同されてミヅチが描かれているのを見ますが、
いまでは人に悪さするあまりよろしくない存在とされているミヅチ。
わたしもそう思っていたのだけれど。。
ミヅチが波動を落としめられた(?)その理由が、
この映画の中から視えてきたような気もしました。
矢野さんが滞った水の流れを促すために
手シャベル一本でざっざっと溝を掘りつくった水脈に沿って
曲がりうねりながら流れ出した水は、
細やかな水紋をその川面に波立たせる。
それはまるで竜の鱗のようで。
「川は竜そのもの」とかつて古神道でも言われてきたことが
みるみる目の前に現れてはっとしました。
その一方で、
繊細な鱗を煌めかせながら滞りなく蛇行して流れるその姿、
これはもしかして竜というよりも
「ミヅチ」と言われてきたものではないか・・
という思いも浮上して。
ミヅチは暴れて人々に迷惑をこうむる。
人と自然との関わり合いの中で。
川は暴れて人々に迷惑をこうむる。
人と自然との関わり合いの中で。
やはりは川は元々はミヅチなのかもしれない。
ミヅチも昔は悪いばかりではなかったかもしれない。
川もむかしはもっと大切にされていた。
竜とミヅチが混同される理由とともに
いろいろ示唆されるものがありました。
この世界は映しカカミ。
「土砂崩れは大地の深呼吸。
息を塞がれた自然の最後の抵抗」と、矢野さんは言う。
*
矢野さんによって水の流れ=血の流れが蘇った大地は
そこに生きるすべての動植物の命をもう一度輝かせ始める。
大地の再生により循環が始まった大地を木々を
見つめる矢野さんの目が優しい。
『ここまできたら僕がやることは何もない。』
黙って去るだけ、と後姿をみせる矢野さんに、
彼に救われた大地の植物たちがまぶしいくらいに命輝かせ、
言葉では言い表せない木々の感情が伝わるその素晴らしい場面に、
魂が震えました。。

映画館を出ると目にとびこんできた緑がまぶしかった。。
それからすぐちかくの浜に出て

魂でつながる方々とともに
海にうたをうたい
舞い、感謝をしたのでした。

満月の終わりと始まりの日に。
神戸のギャラリーアルカさんでの個展も会期の三分の一が過ぎました。
これまでにお越しくださいました皆さま、
作品と出会って下さり、そしてお迎え下さいました皆さま、
本当にありがとうございます。
ギャラリーアルカさんとは2014年からのお付き合いで
その当時はアトリエシードさんというお名前で
お店の場所も垂水でご活動されていました。
あれからアルカさんにも私にも様々な流れがあり、
気が付いてみると
お互いにそれぞれの立場で付かず離れずのようにして
魂の成長の道程を歩んできているように感じています。
付かず離れず・・
と書きましたが、
おそらく意識では計り知れない魂レベルでのご縁が、
ギャラリーアルカのオーナーの西田さんとはあるのだと感じます。
それはさまざまなこれまでの事象から読み解けます。
ここにその詳細を書くと膨大になってしまいますので、
今日はある時期から現在までのアルカさんとのつながりを
個展のDMを見ながら振り返ってみようと思います。
少し長くなりそうですが、
おつきあいいただけましたら幸いです。
アルカさんでの個展のDM葉書のレイアウトデザインはすべて
グラフィックデザイナーのご経験があるオーナーの西田さんの御手によるものです。
いつも素敵なデザインにしてくださって感謝しています*

*
現在は神戸元町に場を作っておられるギャラリーアルカさんが
垂水でのアトリエシードさんというセレクトショップだった時代から
作品の常設および個展をさせていただいていました。
当時のわたしは、
いわゆる実用食器や小さな陶のアクセサリーを作っており、
そういった作品を中心としたお取扱いをしていただいていたのですが、
ある時期から私の作品に変化が起きました。
アルカさんも垂水から神戸元町へと移転されて、
「その始まり」だったと
いまでこそ感じているのが、この個展からでした。
2017年 個展「ARCA Y PALOMA ~アークとパロマ~」

この時はまだ
それまで制作していた実用食器も混在していましたが、
そこにスペイン~ペルシャの技法をベースにした特殊技法での
絵皿に特化した制作がおもむろにはじまりました。
原料や技法などすべて降りてくるので、
試作などは一切しておらず、
始めからこの不思議な技法の作品がつぎつぎに顕現されました。
つぎつぎに生まれてくる絵皿の作品を見て私はひどく客観的な気持ちになり、
そこで納得したのが、
こういった一連の作品に関して私のポジションは
生まれてくるのをお手伝いさせていただくお産婆さんなのだ、という事でした。
DMはその特殊技法でつくった作品の写真を使用しているのですが、
この個展でのテーマは、
この時しきりにビジョンが浮かんで来ていた「ノアの箱船」。
個展タイトルのARCA(アーク)とはスペイン語で方舟の意味で、
PALOMA(パロマ)は鳩の意味になります。
様々な意味での移行段階の始まりでした。
2018年 個展「ARCO IRIS」

ARCO IRISとはスペイン語で虹という意味になります。
前年のノアの箱舟からさらに不可視の世界での進化のようなものがあり、
図らずも個展会場に顕現され視えて来たのは「地上の楽園」でした。。
2019年 個展「原初の水 ~生まれなおし」

この時の個展辺りから、
タイトルテーマが前の年の年末に降りてくるようになりました。
それはとても不思議な現象で、
個展のタイトルテーマでもあり
また世の中の一年のテーマに通じるものでもある、と気付いたのは
もう少し後になってからの事です。
この不思議な現象はいまも続いています。
今回の個展「ミカカミ ~みらいからきて みちのかこを つくる」も
そのようにして降りてきた言葉です。
また明確な魂の根源へのアクセスが始まったのもこの頃です。
この個展では海、人魚といったエネルギーの顕現が著しく
それがのちにシリウスのエネルギーに繋がっていることを知るのでした。。
2020年 個展「原初の光」

この頃になると、宇宙的なつながりがリアルになってきて。。
エネルギーでレアなまま本質を受け取るようになり、
言葉で表現できることも少なくなってきました。。
やはり言葉に表した時点で本質とずれてしまいますし、
それは本意ではなかったから。
そういった微妙なところを、
ギャラリーアルカのオーナー西田さんがきちんとサポートして下さり、
とても助かりました。。
西田さんは個展のたびに、完璧なディスプレイをしてくださり、
また私以上に作品に深い理解を示され・共鳴されて、
作品を通じて魂のご縁の深さを感じざるをえません。
三次元地球人のわたしからしたら本当に不思議なことですが、
宇宙から見たら『やっと気づいたのか』という感じかもしれませんね。
2021年 個展「音開き ~結びなおし」

セオリツヒメ、シリウス、といったエネルギーを中心にして
それまで動かされてきたものが、
具象として初めて顕現させていただいた展示になったかもしれません。
「真中に火をもつセオリツヒメ」と、
わたしが日常汲ませていただいている「ヤマトタケルの湧き水」の
ふたつが合わさった画像を、西田さんがDMにしてくださいました。
2022年 個展「ミカカミ」

これまでDMに掲載した作品はすべて個展で展示されてきたのですが、
じつは今回のDMに登場したニホンオオカミたちは、
展示会場におりません。
オーナーの西田さんにもご説明してご理解いただいたのですが、
DMに載せたこのオオカミたちからは
時の流れに乗るタイミングがあり、
この作品らをそのまま5月に展示したのでは「もうおそい」と降りてきていました。
ですから、
現在アルカさんに展示されているのは彼らの次(今)の姿、
次の次元へ移行する彼らの姿が顕されています。
展示会場で、DMの中の彼らと今現在の彼らの姿を
見比べてみて頂くのもまたご一興かもしれません。
*
駆け足になりましたが、
ギャラリーアルカさんとご一緒させていただいたこれまでの足取り。
いつもおぼがきをお読みくださるみなさまには
できればお伝えできたらと思っておりましたので、
おもしろく興味深くお読みくださることができましたら幸いです。
◇gallery ARCA企画
MAJO個展
『ミカカミ -みらいからきて みちのかこを つくる-』
5月1日(日)~5月31日(火)
12時~18時 水・木定休
神戸市中央区北長狭通4-7-3-201
tel.090-6323-2037
https://atelierseed.shop-pro.jp
*最後になりましたが、
このたび3年ぶりに神戸に伺うことが叶います。
何とも嬉しく今回の個展で在廊させていただきます*
在廊日時は、
29日15時ころ~閉店まで
31日12時から16時半まで
になります。
ご都合合いますようでしたら会場にてお待ちしております*
どうぞよろしくお願いいたします***

今日の海

アマポーラにふたつめのつぼみが。
こんな風にしばらくうなだれていて
咲くとなったら急にぐん!と頭を持ち上げるのですよね。
子供のころ、母親がよくポピーの花を買ってきていたことを思い出しました。
あの当時、外来種のポピーが輸入され始めて
それで流行っていたのかもしれない。
つぼみを包んでいる花のガクが卵の殻みたいで
花が咲き始めるとガクが割れて剥がれてくるので
『剥いて良い?』と母親に聞いてそれを剥くのが好きだった。

ちなみに きのうのアマポーラはこんなふう。
すごいなあ。。
おしべはすべて枯れ萎れ
めしべはふくらんで
何のため?
ふと
そんな問いかけが
こころにうかんできえました。
ただ人をよろこばすため。
なんの躊躇もない答えが
声ではない振動で聞こえてきました。

アマポーラの花のぬけがら。
何のために?

庭の梅の実がもうこんなにふくらんでいました。

それから夕方になって
ヤマトタケルの湧き水を汲みにまいりました。


ふとみあげると・・

鳥居が・・
鳥居が花束をかかえていました

わたしもうれしくなって
すべてのみんなに
うたをうたいました。
答えるように風も一緒にうたいました。
帰り道、
今日の海の際のお社には白竜がいて

もういちど海から拝殿前に通じる大きな道をつくったのでした。


個展の作品の制作は最終工程の純金彩にはいりました。
写真は女神たちのうつわのそばに顕れたちいさな天使(拡大)

今夜は窯番です。
作品たちに施した純金と純銀の焼き付けで炉内750℃まで上げてまいります。
太郎君(窯の名前)よろしくお願いいたします。