『感覚を鋭くすることは真逆。』
『12感覚を月に置く。』
『「五感を研ぎ澄ます」ではなくて
五感をずらす。』
わかる。
まだわからないことも多いのだけれど
後でわかったり、
松村氏のお話を聴くと、自分が感知していること等とパパッと答え合わせになることがしばしば。
氏曰く、you tubeではお気軽なお話をされている、のだそう。
『感覚を鋭くすることは真逆。』
『12感覚を月に置く。』
『「五感を研ぎ澄ます」ではなくて
五感をずらす。』
わかる。
まだわからないことも多いのだけれど
後でわかったり、
松村氏のお話を聴くと、自分が感知していること等とパパッと答え合わせになることがしばしば。
氏曰く、you tubeではお気軽なお話をされている、のだそう。
ここ数ヵ月くりかえし受け取るこのメッセージに、
岩茶を注いだこのうつわがまさにぴたりと体現したように感じてはっとした。

お茶に酔う。
賢治さんが視ていた向こうに繋がってみると
沢山の階層になっていて
さまざまに異なる時空の世界から
それぞれ必要な情報が降りてくるのでした。
その情報を賢治さんは
まだこの三次元地球に生きておられた時、
素晴らしい早さで手帳に書き留めていたのだと
実際に賢治さんの農学校の生徒さんだった方の証言が残っています。
私は賢治さんのように素晴らしい早さで文字に書き留めることが苦手なので
土の力を借りてそれら階層の異なる時空からの情報を
うつわに降ろしてみました。
こうやって目に見えるかたちで
賢治さんの視ていた向こうを顕してみると
今まで気づかなかったようなことが
急にはっきり見えてきたり
不思議に思っていたことが
不思議でなくなったり
そんな実感を伴っています。
ひとつのうつわのなかに
それぞれの時空からの情報が
純金彩の筆先から顕れたときに初めて
『これは明らかに「銀河鉄道の夜」の階層から引き出されたものだな』とか
『たぶんこれは「やまなし」だな』だとか、
わかってくるのでした。
そしてまたひとつの作品が、
形にならないキラキラとしたエネルギー粒子のように視えたり
あるいはもっと具象で見えることもあって、
例えば「やまなし」ひとつとっても
ひとつの作品のなかに沢山の階層がまたがっているのを感じます。
賢治さんの作品が色々、
児童向けだと言われたり
宗教的だと言われたりするのも、
それは読み手が
どの階層に繋がった入口から賢治さんの世界に入ったのかによって
みえてくるものが異なるからではないかと思ったりもします。
賢治さんご自身も
『自分の作品はこう読んでほしい』と言ったような誘導をせず
ご自分でもわからないまま
降りてくるそのままを
何とか伝えようとのこしてくれたからこそ
沢山の入口はいまでもそのままになっているのだと感じます。
土から私の筒を通して顕れた作品たちに
こういった賢治さんの作品が異なる階層にまたがっている様子が
金彩の微細なエネルギーの力と合間って
今回なんとなく顕れてくれたようにも感じます。
ひとつの土のうつわのなかに
繋がる先のいくつもの階層が重なって顕れているようす
心で感じてみていただけたら、と願います。

写真はnet shop掲載中の「階層世界より『やまなし』」
◆MAJO net shop
『語りと笛とうつわの会~宮沢賢治の宇宙』新作掲載中
3月30日(木)22時~4月9日(日)22時まで
https://majoceramica.cart.fc2.com/?ca=all
先月鎌倉で行われた宮沢賢治にまつわる『語りと笛とうつわの会』に
出展させていただいた作品の一部を掲載させていただいてます。
ご購入いただけますと今後ツアーの展開への大きな力と成りますので
ご縁ありますようでしたらどうぞご一緒に大地の力を上げるこの巡りに
ご参加いただくようなお気持ちで***よろしくお願い致します!
なにもかも瞑想的。
数年前に初めてHOUSE1891さんを訪れたとき
室内の何ヵ所かに飾られていた
藁で作られた素朴な馬が胸に飛び込んできた。
『これは何ですか?』
この時、初めてわかなさんとお話しさせてもらうきっかけとなったご縁結びの藁の馬は
佐渡のしめはり馬と言うのだとわかなさんが教えてくれました。
今月のHOUSE1891さんでは、
ギャラリーの展示も
わかなめしも
言葉や頭ではなく
たましいで受けとるものがあまりに沢山輝いていて
ついぼーっとしてしまう。
高振動の世界からの沢山の情報で溢れてる。
私はもう目がはっきり開けていられなくて
半分寝ているような瞑想状態になることを止められない。
*
草ノ日 馬ノ日
矢谷左知子さんの展示には
こんな風に言葉が添えられていました。
『すぐそばに、
自分よりもずっと前からそこに居るものたちも、
それらを素材に使わせていただこう、
ある日、「草の布」つくりがはじまりました。
栽培はしない
人の管理から免れ、自力で生きているものたち
そうしたものと一緒に創造をしていきたい
と、思いました。
1993年から2005年まで、『草の布』作家として活動していましたが、
当然に作家活動をやめました。
その間、ほんとうにたくさんの事柄が紡がれ
草からはさらに受け取るものが深まりました。
目に見えないもの
形に残らないもの
言葉にできないもの
私個人ではないもの
馬からも授かります
~以下略~』
左知子さんの
芋蔓、葛の繊細緻密な織物は
言葉で語られるどんな民話よりも
生々しく本質に近いと感じる。
宇宙的編成を遂げて目の前に在る。
だから
変性意識にダイレクトにアクセスしてくる
だから
眠くなる
ぼーっとしてしまう
わかなさんの声がわからなくなるくらいに。
私は別の場所に連れて行かれてしまった。
*
今回佐渡からやってきたというしめはり馬は
まだ藁が若々しい草色を残して居ることに
心震えました。
ここから月日を経て黄金色の馬に変わっていくのだ。
初めての出会いから本当に様々なことがあった偉大なるこの数年を経て、
今日私の部屋にも青きしめはり馬がやって来ました。

2003年頃から独学で学び始めた古神道の中で出会った言葉であり感覚。
天を含めての大地でなければ、この三次元の大地の存在もあり得ない。
天と地の間に鏡を置くと、そこに四方八方へ開かれた世界が映し出される。
左右
陰陽
水火
天地
昨年の春、この予感はありました。
いま私の手元にツクヨミの鏡が2枚在る。
一度は砕け散り新しく編成された鏡の中央から命ふくらみ
新しいヒルコが生まれてくる。
2023年に20年の歳月を経て
ようやくここに映し出される天を含めての大地。
そのために目の前に顕れた「セオリツヒメ」という宇宙システム。
道・Caminoが見事に一本に繋がり次々に開いてゆく。
湛え
映し
注ぎ
降り立つ
これまでと全く異なる高い振動の世界が現実に成る。