宮沢賢治の心象スケッチ

「すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます」

「わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
 
宮沢賢治「春と修羅」
 

 
過日、清六氏(賢治の実弟)に会った時、
清六氏は「終戦前に、高村光太郎先生が、私宅に疎開して来られて、
賢治は二十年早く生まれ過ぎたと云われたが、
私は五十年早すぎたと思っていますよ」と語った。
私が「いえ、私は百年早かったと思います」と告げると、
清六氏は一瞬「ホウ」と目を丸くした。
賢治の視力が見た、異空間と滲透しあった世界像が認められる時は、未だ来ていない。
 
「宮沢賢治の霊の世界」 桑原啓善著
 

 
「われはなし、・・・ペンと名づくるものを動かすのはもとよりわれにはあらず。」
 
宮沢賢治 保阪嘉内宛の書翰より
 

 
「無意識から溢れるものでなければ
多く無力か詐偽である。」
 
宮沢賢治「農民芸術概論」
 

 
「私は春から生物のからだを食ふのをやめました。
・・・食はれるさかながもし
私のうしろに居て見てゐたら
何と思ふでしょうか。
・・・もし又私がさかなで
私も食はれ
私の父も食はれ
私の母も食はれ
私の妹も食はれてゐるとする。
・・・私は前にさかなだったことがあって食はれたにちがひありません。」
 
宮沢賢治 保阪嘉内宛の書翰より
 

 
「ここらはまるで約束がちがうからな。」
「規則さへさうならば、
ひかりがお菓子になることもあるので」
 
宮沢賢治「銀河鉄道の夜」初期稿
 

 
「新たな詩人よ
雲から光りから嵐から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ」
 
宮沢賢治「生徒諸君に寄せる」
  

  
「突然先生はしゃがんでレールに耳を当てたり
電柱をうって音を聞いたり、
立ちどまって遠くきらめく花巻の町の灯りを眺めたり、
一行から遅れてしまわれたので、
私たちは立ちどまって追いつくのを待ち、
星明りで手帳に書き込む様子を一々せんさくしたりしていたのでしたが、
先生の詩作のインスピレーションとわかって邪魔せぬようそろそろ進むことにした。
追い付いた先生は一寸弁解などされ、
又暗闇の中にどんどん歩いて先に行かれた。
追いついてみると、
手帳の上にすばらしい速度で書き込まれて居られた。」
 
花巻農学校の教え子安藤寛氏
 

 
「すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから」
 
宮沢賢治「春と修羅」
 
 


 
開催させていただいております
ネット展覧会『宮沢賢治の視ていたむこう』
明日3日最終日となります。
 
これまでたくさんのかたにご訪問いただきまして本当にありがとうございます。
明日3月3日22時までどうぞよろしくお願いいたします。
 
ネット展覧会
『宮沢賢治の視ていたむこう』
会期 2023年2月22日22時~3月3日22時
下記特設会場にてご覧ください。
http://majo.moo.jp/shopping/expo/kenji_no_miteita_mukou/20230222kenji
 

出展中の作品「イーハトーブ」裏面
風に舞う賢治さんの帽子。

 
 
 

3の視点で見る

本質を見るとはこう言うことか、とこの動画をみて思いました。。(末尾にリンクを貼りました)
いわゆる大手マスコミで取り上げられる認識のほうがむしろ見当違いの目そらしの誘導(そうすることで利潤を得る大きなバックボーンに利用されてる)で、
本質をみないことで、世の中のとても大切な根元的なものが壊されてるのではないか。
すでに先の東京オリンピックでも公に規定が変わり信じられない思いでしたが(現実とはなんと薄っぺらいものかと感じました)、
この問題はすでに幼い頃からの何代にも渡る教育での洗脳から始まっていて
本当は何が破壊されようとしているのか、
あまりに綿密で複雑で長期的な計画なので騙されてることに気づきにくい。
本質に関わる方からのお話の一端から
いま世界で起きていること見えて来るもの、
視点が変わります。

 

つれづれ

 

 今日の古墳の王様

 
様々なジャンルを深く洞察できるお話を楽しむのに、
私は昔からポッドキャストの視聴をよく利用しています。
いっとき風前の灯の状態だったポッドキャスト業界は
消えてゆく番組がどんどん増えていく中、
スマホの登場により奇跡的に息を吹き返して
番組も昔からは想像できないくらいに増えました*
おかげさまでとても楽しませていただいています。
 
この年末はポッドキャストの番組をききながら、
靴下などのつくろいものをしながら、
ながらながらの
とてもよい年越しをすることができました。
聴いていたのは、同じ番組からこの2つの回でした。
個人的にはどちらもまた何度も聴いてみたい内容でしたので
ここにメモとしてご紹介させてもらってみますね。
 
[私塾:陣内義塾]
【対談企画】湯本沙友里×陣内俊
書籍『もしイエス様が市長だったら』を語る 第6回
https://podcastaddict.com/episode/149951721
 
[私塾:陣内義塾]
メッセージ『別の道から』
https://podcastaddict.com/episode/150201327
 
前者の回では、
聖書の中のエピソードに基づいて実際に臨床的に実験した結果により、
人が他者を助けようとする気力を奪うものは、
宗教の違いでもなく、教育でもなく、
ただ「忙しい」という原因からというお話が印象的でした。
(ちなみに聖書のなかでは宗教的役職に基づいて
瀕死の他者を助けなかったというエピソードから
その矛盾を聖書中で問いています)
 
『別の道から』の回では、
ヘロデ王の世界(=これまで常識と信じ込まされていた世界)から、
別の道を通って帰る三賢者の話になぞらえて、
別の道を帰る=これまでの世界から逸脱する、ということを取り上げています。
私的にはサンティアゴの巡礼道を歩いたことになぞらえて
思うところ様々、まさに年越しの瞬間にこの番組を聴いて、
これからの新しい世界=別の道を還る、ということに於いて
大変良い年越しができたなあ*と思っています○
 
おりしも明日6日は三賢者の日。
クリスマスシーズンの最終日になります。
時節に合うお話かなと思い、
今日のおぼえがきにさせてもらいました。
 

 
私塾:陣内義塾さんは、獣医さんなのだそうですが
このかたの番組を見つけたきっかけは宮沢賢治からの繋がりでした。
別の過去回のこのかたの番組にてとりあげられていたこの本。
 

 
興味あったので早速図書館で見つけて借りてきました。
 
読み始めて、冒頭に取り上げられていたのは
賢治が描いたうさぎのお話『貝の火』のテーマでした。
 
兎年のはじまりにちょっとヘビーな話題だったので
おぼえがきにはせずにいましたが、
現代の食のことについては魂の視点から見て
私もかなり深く思うことがあり、
この本を読み終える頃にあらためて、
この本の事とともに
食のことについて、殊に肉食することについて
おぼえがきしてみたいと思っています。
 
 
 

三番叟から

 
昨晩は窯焚きをしていました。
 
今回窯詰めしたのは
「うすゞ」と
諏訪の流れから生まれた作品たちです。
 
結構今日も暖かかったので、
炉内温度の下がり方は緩やか。
窯出しは明日の夜か明後日の朝になりそうです。
 

 
炉内温度が下がるのを待ちながら
図書館から借りっぱなしになっていた
野村萬斎さんのDVDをようやく見ることができました。


 
前半の三番叟~素晴らしかった。
何度も繰り返してみてしまいました。
 
狂言も宇宙に繋がるもの感じさせる
表現のひとつだと思っているのですが、
三番叟と皆既日食を合わせたこの舞台の表現は興味深いものありました。
 
そしてこれは私の錯覚ですが、
つい先日、生まれて初めてくらいに
じっくりと長時間にわたり皆既月食を観察したばかりでしたので、
その時の感覚がよみがえって
この舞台としては皆既日食なのですが、
一方で鏡映しのようにして皆既月食を思いながらみていました。。
 
完全に隠れた星から再び光を呼び出す舞なのではなく、
これは隠れた星の元でなければ顕れない舞なのだ。。
「舞」ってなんだろう。
隠された太陽(あるいは月)の元で鼓動し始めた命、が
ここでは「舞」でした。そんな風に感じました。
黒式尉の面というのがまた・・・あまりにしっくりときます。
 
 
-プログラムの三番叟の解説より-
 
能楽の「翁」という儀礼曲のなかで、
狂言方が勤める役が三番叟である。
古風な儀式を多く留めている神聖な曲で、
日本芸能の神髄とも言うべき究極の舞。
まず前段の「揉之段」は、三番叟自ら掛け声を発し、躍動的に舞う。
続いて後見座で黒式尉の面を着け、後段の「鈴之段」を荘重に舞いはじめる。
鈴を手にし、はじめはゆっくりと足拍子を踏み、
種まきのような所作を演じるなどしながら、
やがてボルテージが高まり、
鈴の音と囃子の音の響き合いが最高潮に達したところで「鈴之段」は終わる。
 激しい足拍子が印象的な曲。
大地を踏みしめる様は、天下泰平を祈る「翁」の舞に対して、
五穀豊穣を寿ぐ舞と考えられている。
 
 
 

愛に訊くこと

ヴィレム・エングル氏インタビュー
https://rumble.com/v1h0ysv-324-wake-up-world-interview-with-willem-engle.html
インタビュアー我那覇真子さん。日本語字幕付き。
 
 
いまオランダで起きている農業の問題、気になっていました。
農はすべての事象に致命的と言ってい良い形で繋がっていますから、
いまオランダで起きていることからの視点で語られたこのインタビューは
日本、および世界の各国でいま起きていることに直結しています。
すべてつながっている。
 
『安全は愛がなければ達成できない。』
そうインタビューの中で出てくる言葉が印象的です。
 

 
私がスペインにすんでいたとき、
水の結晶の美しい写真集を出した方と少しの期間コンタクトしていたことがありました。
水に美しい言葉を話しかけると美しい水の結晶が撮影出来ると言うことでしたが、
実際は、例えば、『きれいだね』と水に語りかけるひとつの言葉について
400枚ほどの結晶写真を撮り、その400枚の結晶は様々な形をしていて、
その中から、綺麗に撮れた写真を選び出して
“『きれいだね』と語りかけたときに撮れた結晶”として写真集に載せました。
ですからこの写真集は、彼が「そうだったらいいな」という物語フィクションの写真集で、
ご自身も『自分は科学者ではないから科学的根拠については発言はしません』と言うスタンスをとられていました。
彼と同じようにその美しい世界を信じたいと思う方々との共感も得て、その写真集はヒットしました。
フィクションの創作世界ですから、もちろん何の問題もありません。
 
けれどもこれと同じことが
あたかもノンフィクションであるかのごとくに語られたらどうなるのでしょう。
世界の権威ある有名な機関や国の政府が『こうしたい』と言う理想のデータ、つまりほとんど多くはそうではないのに
たった一例だけ理想に合うデータが採集できたら、それを主軸に置いて事を進めていく。
どうなるのでしょう。
それは窒素や二酸化炭素、今の流行病、遡ればもっとずっと以前から起きているデータ犯罪であると、このインタビューの中では語られています。
この場合のデータは情報ではなく分断と支配である、と。
 
目の前の事象は安全のために愛をもって成されているのでしょうか?
安全は愛がなければ達成できないとインタビューのなかで語られているのが印象的でした。
いま世界が向かっている『こうだったらいいな』は、上述の写真集とは違ってノンフィクションです。何に共感、同調するか、少しでもおかしいと思ったら立ち止まり向きを変えること大切です。
自分の本心からの感覚、愛に訊く感覚、
こういう今だからこそ鈍らせたり目をつぶったりせずに。