いよいよ大晦日

王様の古墳

以前より年が明けるのは3月と来ていて、
それも明日の満月25日にようやく年が明ける、と。
 
既存の暦とのずれを感じるようになったのはいつからだったろう。
去年の冬至が既存の慣習とずれていたこと、
自然と自分とを結ぶことを失っていたことを知り、
紙に書かれたようなカレンダーや他人軸の情報を頼らず
自分軸で自然の声を聴くようになりました。

そしてその自然の声を聴くときの感覚は
私個人のものではなく、
もっと大きなバックグラウンドからのものだということもわかりました。
 
そういった感覚によると、今日は大晦日になります。
明日からようやく始まる新しい年。
どんな世界が開かれるのでしょう***

この花は「スター・オブ・ベツレヘム」だと
陶芸を通じてご縁ただいたお花と石に詳しい方より教えていただきました。
キリストが生まれた時その印として夜空に輝いた星にちなんだ花の名です

おりしも明日の満月より、
スペイン・カトリック最重要の祭り
セマナ・サンタ(イエスの受難と復活の聖なる一週間)が
はじまります。
私が住んでいたスペインの田舎の町では、毎年この聖なる一週間の間は地上を離れ、町まるごと次元がほんとうに変わりました。
 
そして今年の3月25日は
ようやく明けた特別な時代の
ほんとうに特別な新しい年のはじまりです。
 
 

ひなまつりとイエスのエネルギー 

3月3日のこと。
 
るんちゃんに誘われて
鎌倉のお寺食堂へ初めて訪問しました。

地元の学童の子供たちが握ってくれた梅のおにぎりいただきました*

お食事は和尚さんと同席のテーブルになり、
鎌倉がご出身なんですか?とお聞きしてみたら、
『言っても信じないかもしれないけれど』と前置きされて、
なんと鎌倉に来られる前は、ハワイのお寺におられたのだそうで
現地在住の日本人の方々のために建てられたお寺なのだそうで、
お食事中の短い時間ではありましたが、
興味深いお話いろいろお聞きすることができました*

お食事の後は和尚さんの読経と、それから紙芝居が始まりました*
 
本堂には雛段飾りがありますからどうぞ、と。

こちらの宗派は橘紋なのだそう。

お雛様よりもわたしはじつは・・
 
こちらの太鼓が気になりました。

太鼓にやどる霊的な力をおもうと・・このレリーフは気になります。
見えなかったのだけれどこのレリーフ、
向こう側がどうなっているのか見たかった。

お寺でも開かれたところが増えましたね。。和尚さん、ご住職、
世代交代もあってか、どんどんと開示され
かやろやかになってきていること、
先日の目黒不動尊に引き続き体感させていただけるようなことが続いています。

一円玉・・
お寺奥のお社は海洋民族が祭った形式でした。
お猿さんが三宝に乗せてるものは一体。。?
竜たち
ほんとうに繊細でよい氣の場所です。

本当に心地の良い日。
 
このあと山へヤマトタケルの湧き水を汲みに参りました。

この後帰り道。
HOUSE1891さんの傍を通ったので
ふと思い立ち、わかなさんに会いに行きました。
 
もう閉店間際ということもあり
わかなさんとご友人の2名様がいらしてて。
 
そこからの展開がなんだかすごかった。。
 
何がすごいってこれがまた言葉にあらわせない世界が顕れて。
そしてそこにいた全員が言葉なくともそれが感知出来て。
 
わかなさんのご友人のおひとりは、何度もここでお会いしている方で、
今日なぜだか彼女の人見知りのわんちゃんが、
積極的に私に飛びついて懐いてくれて、不思議でした。。
 
そしてもうおひとかたの男性は
わたしは初めてお会いする方でしたが、
瞬間『イエスのエネルギーだ。』と感じる方でした。
ですからそれをそのままお伝えしましたら、
その方、一瞬の迷いもなくそう認めました。
 
イエスの持つ波動エネルギーって
こんな風に軽やかだったという確信が私にはあって、
それがそのまま顕現したかのように感じました。
洗われ磨かれぬいた魂の持つ波動は軽やかです。
 
そのかたは、
世界中を波乗りして巡り巡っていまここにいるのだというお話されました。
世界中の海に洗いに洗われて
ほんとうに軽やかに成られたのだなあと感じました。
(文字どうりそのまま、波乗りして。
サーフィンというのはもともと漁師さんたちがされるものであるということも。。そう思うとサーフィンも現代では形骸化して本質からずれてしまっているところもあるのかもしれませんね。)
 
それからこの日偶然にここに集ったわたしたち四人は、
たくさんのことをお話しました。
抽象的なことや感覚的なこと、
目に見えない世界のこともそれに連動する見える世界のことも。
みんなでそういうお話をとても普通にお話していて、
これまでの見せられてきた世界の方こそが幻想であり、
いま顕れているこの次元こそ現実だったという実感ばかりがありました。
 
おりしも今月は
次の満月25日からスペインでセマナ・サンタ(聖なる一週間)が始まります。
ちょうど3月3日に日付が変わる深夜、
スペインの友人から連絡があって
今年のセマナ・サンタの日程を教えてもらったところでした。
(満月を基準に日程が決まるのでセマナ・サンタの日程は毎年異なります。
大概4月から5月の間になることが多いので、
3月から始まるのは日程的に早い方だと感じます。)
聖なる一週間というのは、キリストの受難と復活の祭事のことです。
日曜日にロバに乗ってイエスがエルサレムに到着し、
磔刑にかけられ、復活するまでの一週間の祭事(神事)です。
スペインカトリックではクリスマス以上の最重要祭事で、
復活祭を中心に取り上げるイギリスとも全く異なるイベリア半島の宗教文化です。
 
私が住んでいたアンダルシアの田舎の町ではこの祭事は
古来からの伝統形式が比較的そのまま引き継がれており、
わたしもこの町に住んでいた時は、
聖歌隊として各教会のミサでうたい、
セマナ・サンタの祭事に参加させていただきました。
(私はまったくカトリック信者ではないのになぜかそれが許されていました。)
セマナ・サンタの期間中は次元が変わり、
この田舎の町全体が宇宙船のようにエネルギーのひと塊となり、
地上からふわりと浮かび上がる。
この一週間のために町の人々はほぼ一年かけて準備をしてきているのです。
町の人々もちゃんと魂の世界のことを実感している。
この町に住んで初めてセマナ・サンタを迎えた時の
衝撃は忘れません。
 
この話をいまこうして書いているだけでも
次元の壁がどんどん薄くなり
あちらの世界の時空の入口が白く煙る向こうに在るのが手に取るように分かります。
(まもなくセマナ・サンタが始まるということもあって尚更ですが)
 
お話を3月3日のことに戻します。
このイエスの波動を持つかたと会った時、
HOUSE1891さんのギャラリーでは
(もはやもうこれは偶然ではきっとないと思うのですが)
イスラエルの手作りの靴のメーカーの企画展をしていました。
 
(余談になりますが、この靴、
砂漠の民の靴をモデルに手作りされていて、
試し履きさせていただいたのですが、
下駄と地下足袋しか履かない -靴で足を覆われるのが苦手な- わたしでも履きやすくて
細やかな職人さんの足への心遣いが感じられるつくりのものでした。)
 
この日は未明にスペインの友人とセマナ・サンタの話から始まって、
るんちゃんからお寺食堂にお誘いを受け、
ヤマトタケルの湧き水にうるおい、
そして夜はわかなさんのところでイエスの波動と出会った
何とも言葉にできない特別な3月3日になりました。
 
おりしも、
若水づくりの24日間つづいた朝日のターンを無事に終えたのもこの日、3月3日でした。
なぜだかそれをわかなさんたちに伝えたくなって、
そのことを告げるとHOUSE1891に集った三人みなさんが
わーおめでとうと拍手をしてくれました。
だれひとりとして
理屈で尋ねることもせず
ただただ祝ってくれました。
不思議です。
でもこの不思議がいまの日常です。
 
 

日の出 3/1-3/2-3/3

3月1日の朝日

若水

 
スペインの郷土料理ミガスにはまっており、
この日もあさひるごはんにつくりました。

家でコーヒーはのまないのですが、
苗から育てた自然農の「SAMURAIティピカ」だけは別です。
先日網が二重になっている茶こしを買ったので
これで淹れてみたらこれまでとまた味が変わって面白い。
フルーティな味が引き立ちます。

 
 
3月2日の朝日

若水

 
庭に植えたかぶの収穫をしました。

さっそく朝昼ごはんのスープに入れました*

 
 
3月3日の朝日

若水づくり
朝日のターンは今日で無事終了いたしました。
このあと月のターンに入ります。
若水は
ブルーボトルに入れて神棚で保存します。

2月28日で旧地球は終わりました。
かといって3月1日からまるまる新地球かというとそうでもありません。
旧地球が終わったと感じられるのは、
これは新地球に立った時点での視え方です。
 
新地球と旧地球のずれは段々と大きくなってきており
重なりのヴェシカパイシスの部分は段々少なくなっています。
いまはまだ新旧両方の地球を行ったり来たりしている方も多いでしょう。
 
振動の高い方から低い方への介入はできますが
低い方から高い方への介入はできません。
それはこの宇宙の理です。
 
 

旧地球最後の護摩焚き 2/28-1

2月28日。

 
突然心におりてきた目黒不動尊へ。

こちらのご祭神不動明王は日本武尊であるということを
2022年12月にご住職が開示されました。

 
ほんとうに開かれた場所だと感じます。
本質であることを進めるために必要のない枠が取り外されています。
例えば
2022年12月にここで開催されたシルクロードに因んだ演奏会では
ヤマトタケルの詠んだうたがうたわれ、
スペインのモンセラート修道院の朱い本からキリスト教聖歌が歌われました。
 
ヤマトタケルというのは役職名であり
海の向こうから渡ってきた民族であること
いまになって日本の源を・本質を知ろうとする人々によって
開示されてきています。
 
日本は世界的に見ても多様な民族によりつくられた国でありました。 

境内の最も奥にあるこちらのお社にお参りさせていただくと
日本武尊
弟橘姫
国常立命
奥宮とも言えそうな大鳥神社に繋がりました。
そのシンボルをいくつもここで見せられました。

プレアデス星図石柱

護摩焚がおわり、ご住職が
『今日(2月28日)がほんとうは、旧暦の初護摩の日であった』こと。
『今日ふと行きたくなって護摩焚きに来られた方は呼ばれたのだ』ということを、
この日いつもより人の少ないご本堂での護摩焚きに
集った人々にお話しされました。
 
 
すべての枠を取り払い、直感で生きること。
 

観音堂の前庭の光
不動明王・日本武尊。
滝や川、湧き水に祭られる不動明王は多い。
水というのは弟橘姫のエレメント。
ヤマトタケルは常に
弟橘姫(龍宮の女神(=巫女))とともにおられるのだと、
何だかとても満たされる思いがありました。
かつての境内は縄文人が住む土地でありました。
湧き水があって森があってぽかぽかの大地があって。
並ぶ石柱の、この空間がプレアデス星辺図であることを
前回ここでご住職のお話お聴きしました。

このあと目黒不動尊の奥宮的な位置にある大鳥神社へまいりました。
不動尊のご祭神が日本武尊であれば、
奥宮が大鳥神社というのはさもありなんです。
 
2022年の12月の終わり、この大鳥神社に来たかったのだけれど
伊吹山中で倒れたヤマトタケルの再現のようなエネルギーにとらわれて
これまで経験したことのないような寒気による頭痛、
あまりの冷気にスマホも動かなくなって場所が分からなくなり
あの時はお参りすること叶いませんでした。。
不思議な経験でした。
 
今回は白い羽根などのいくつかのシンボルを見せられており
お参りさせていただけること信じて
ようやく一年越しのおまいりが叶いました。
 

水の繋ぎをおこなってきた場所場所での
6年前からの御朱印帳が
ここ大鳥神社ですべてのページが埋まり
満了となりました。
まさにぴたりとここで
6年間のおつとめが終わり、
旧地球の晦日の日に
ぴたりと気持ちよく
御朱印帳のページがすべて埋まりました。
まるでできすぎた脚本のよう。
おがたまの木

大鳥神社をあとにして亀戸へ向かいます。
このあと私が幼い頃より40年以上ずっと傍に住んだ産土神社の亀戸天神へ。http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=19779

目黒川