二つの月がひとつになるとき・・

ヒルコとは日の御子で
太古の太陽神(=生命エネルギー)のことです。

ヒルコさんのエネルギー体は蛇の形をとっています。
このエネルギー体を手に平の上に置くと、
円錐の形にくるくるとまとまります。
まるでとぐろを巻いた蛇の姿に似ています。(可愛い)
それはらせん状に上昇するエネルギー。
富士山はもちろんのこと、奈良の三輪山など
綺麗な三角形のお山に通じる形でありエネルギーです。
そういったことを太古の人々が感知したところから、
蛇神の信仰が始まったのではないか、と推察することもできます。
 
蛇神とは太古の太陽神と同一であること。
蛇に対するブロック(偏見や先入観・・それは外からの情報や洗脳で、
なかなか外しがたいブロックでもあるのですが)を外した目で見てみれば
森の中で出逢う蛇の美しさは、
動物園などに閉じ込められたそれとは比にならない
なにか超越的な輝きを放っていることが分かります。
 
私も地元の山で蛇を見た時、
そのあまりの美しさ、
それも定型的な美しさというものではなく、
呪術的とでもいえるくらいの輝きについ見入ってしまいました。
陽光を浴びてますます美しかったことが鮮烈に記憶に残っています。
蛇が呪術的なものに通じているとむかしから考えられていること、
体感的に納得しました。
 
 
蛇はひなたぼっこが大好きで、
山で出逢う蛇たちは良くぽかぽかと日向ぼっこをしています。
そのときの蛇が心地よいと感じている波動が
そのまま心地よくこちらにも伝わってきて私の心もぽかぽかと温かくなります。
そういうときの彼らは油断しまくっているので、
私が見ていることにようやく氣付くと
『きゃっ』という感じで吃驚して
慌てて土や草むらの中に逃げていきます。(その慌てた様子も可愛い)
 
 
ヒルコとしてまつられる太古の太陽というのは、
あたためられ乾いた土の上で
ぽかぽかと日向ぼっこをしている蛇のエネルギーのようなものではないかしら。
天の神様というよりも、もっと人間にとって身近な土(大地)を
ダイレクトに感じるものではないかと思います。
蛇のことを「ツチ」と呼び習わす所以もこのあたりにあるのかもしれません。 
 
大和民族が大陸から渡ってきてアマテラスという太陽神に置き換えてから
ヒルコさんは葦舟に乗せられて流されてしまいましたが、
いまは統合の時。
二項対立でもなくて、たんにヒルコさんの復活を喜び祝うのでよいのだと思います。
その喜びは必ず自らの喜びに還ってきます。
太古の太陽のぽかぽかとした陽光のお福分けのようにして*
 
『二つの月がひとつに成るとき、太陽が生まれる』と、
7月21日マナの泉でメッセージがありました。
泉の奥に映る月と、天に昇るふたつの月。
とても神秘的なご神事で、
マナの泉の奥に眠っていたヒルコさんの復活のお祝いでした。
ながらくの悲願を遂げてようやく・・といった感がありました。
富士山の奥の森中がお祝いムードに賑わっておりました。
またこの日は満月で、
まるで太陽のような真っ赤な月が昇っていたこと、
友人が写真に撮って送ってくれました。
 
二つの月を顕すうさぎと生まれたての太古の太陽のイメージから
一つの作品が生まれてきました。
7月31日からの点滴堂さんの企画展「星空のロマンス」に
出展させていただいております。

復活した太古の太陽にちなんでカーネリアンを。
作品タイトルは
“惑星は恒星を目指す 二つの月がひとつになるとき太陽が生まれる”

これまでの「蛇」に対する自らの概念がまさに象徴的なもので、
その固定概念や外からの情報による思考の操作によって蓄積してしまった
固いブロックをひとつひとつ外していくことで視えてきた物は、
「自分自身の調和とそれにともなう生きやすさ」でした。
 
ともすれば、夢物語のように感じられるようなことも、
マナの泉の本質が顕現した世界では、
それが本質であると察知できる方々が身の回りに増え
言葉なくとも本質や真実が通じやすくなりました。
こうして展示にも参加させていただけますこと、
心から嬉しく
感謝しております*
 
 
点滴堂企画展「星空のロマンス」
2024年7月31日(水)~8月11日(日)
open 12:30~close 20:00
東京都武蔵野市中町 1-10-3 2F
tel. 090-6796-5281
メール info★tentekido.info (★を@に変換)


【点滴堂】は…
展示スペースのあるブックカフェ
三鷹駅北口歩いて5分のちいさなお店です
書棚いっぱいの古本はすべて販売しています
様々な作品との出会いを楽しみつつ。
お気に入りの1冊を選びながら。
おいしい珈琲・紅茶をご賞味ください♪
(点滴堂HPより)

 

湧き水

今日は地元の農園さんに行き、それからヤマトタケルの湧き水に参りました。

生活の中での日課となっています。

農園さんでは今年初の農園さんのスイカを*

湧き水ではまたまた偶然にも産子総代の方とお会いしました。

最初にお会いしたときに、野草の話を沢山させていただいたので、それ以来私は「ドクダミを食べる人」と呼ばれています(笑)

天ぷらをするときにドクダミを1つ入れておくとお口直しにすっきりすることや、ドクダミの酵母ジュースがなかなか美味しくてそのまま飲んで清涼飲料に、もちろんパンを焼くのにも使います。

・・そんなお話しをさせていただいたので、今回も「ドクダミを食べる人」と呼ばれまして、そんな風にお声かけて下さることも、私の本質に近い呼び名のような氣もしてなかなか気に入っております*

ヤマトタケルの湧き水のお社の例大祭が今年も8月にありますが、産子総代さんのご家族も高齢化と言うこともあり、去年を最後に今年からは式の全てを里の神社にお返しすることにしました、とのこと。

去年、最後の産子総代のご家族の方々の手による例大祭に参列させていただくことが出来て本当にギリギリセーフで間に合いましたこと、よかったと思いました。

今日のお話の中で、湧き水の昔から現在に至るまでの水口の位置の変化とその理由のお話などして下さり、とても興味深くお聴きいたしました。本当に産子総代のご家族さま代々に渡り泉とお社が大切にされて来ていることを強く感じました。

『例大祭でのお役目はお返ししたけれども、泉のお社をまもってきた家の娘として、日常的なお掃除や管理はつづけていきます』とおっしゃっており、私も『何かできることがあればお手伝いします』とお伝えすることが出来てよかったと思いました。以前からそうお伝えしたいと思っていたからです。

『ここは涼しいわね』と産子総代さんがおっしゃり、二人でお社の奥の森から吹く風を受けながら、何となくそこにそのまま自然に身を任すようにぼんやりと立っていました。魂の奥が繊細にふるえてそのまま光になってしまうような心地のひとときでした。

ここに来る前に農園さんで沢山お分けいただいた朝採りのキュウリとジャガイモを『ここの湧き水の水脈の農園さんで採れたものです。よかったらどうぞ。』と、産子総代さんにお福分けさせていただくことも何だかとても幸せに感じました。『まぁ』とおっしゃり受け取って下さいました。

懐かしくも新しい地球を日常の中にこうやって顕現されていること、またそれが響き合いながらどんどん広がっていくこと、それを感じられて幸せでした。

 

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」宮沢賢治

この密度の世界ではもう、連動しながら全体に広がり幸福な世界になっていることを知らされたようです。

湧き水の帰り道にて

 

つれづれ

今月は、出張があったり、締め切りがあったりで
思ったよりなが~い間、
庭のてきとう農園が図らずも放置状態になってしまいました。

夏撒きのいんげんとキュウリの蔓たちが、
伸び放題に成って絡み合い、
それをパズルをひも解くようにしてほどいておりました。
この暑い中。。

支柱&網の設置をしました。
これまでのてきとう農園での数少ない経験を駆使して
植物が伸びたい方向を鑑みて・これから葉がどんどん茂ったときの重さなど考慮して
最低限自然の成長のさまたげとならないようなしつらえを心掛けました*


とはいえ
実際どのような形であれ土と植物に触れていると、
例えば今日のように目の前のいんげんの蔓と私のハートが
言語外のコミュニケーションをはじめて
とても癒されます。
 
植物と大地の間にある信頼関係に触れたときの揺るぎのない安心感。。
 
先日の満月に
富士山のマナの泉で感じた
透き通る闇の根源的な安心感に通じるものがあります。
母なる大地は深く透き通る闇です。
 
21日に、地球のコアの真水に届くマナの泉の闇の
奥底の滞りが
すっきりとながれ出て通路が通じて
本来の太古の生命エネルギーであるヒルコが再び地上に生まれ直しされました。
それは火のエネルギーであり
蛇のエネルギーであり
太古の太陽のエネルギー。
2年前の秋に諏訪でみせられた天空の不思議な光に通じている氣もいたします。
 
21日満月の富士山での大切なご神事にご縁いただきましたこと
必要とされたご神器がこの日に間に合いましたこと
感謝の気持ちでいっぱいです。
 
またこの満月の夜に
先日のおぼえがきをごらんになった日本各地の皆様と、
お心合わせにより通じましたこと、本当に嬉しく
新しい地球の在り方を具体的に感じることができました*
新しい世界はこのようにしてみんなと心の力を合わせて顕現してゆくのですね。
 
21日のマナの泉のご神事のことはまたおいおい
まとめることができるかと思います。
とても大切なこと。
その時が来ましたらおぼえがきさせていただこうと思います。
 

葉っぱの形、蔓の巻き方
自然がなすすべてのことに無駄はなくて
命のちから、ただただ美しい。

 
 

最近土が

最近作陶に使う土がふわっふわになってます。

生まれたてのヒルコさんのようで不思議。

これまでと何ら変わらないストックしてある同じ土です。

ふしぎ。

いろいろ切り替わりの時で

私も根本からの変化をせまられて居ますので

枷を外して軽やかに活きたいものです。

今生が最後の地球転生になると思うので。

何かを行うときに

何のために生まれてきたのかと自分に問えば

大抵のことは乗り越えられたり、

乱れた波動が調えられたりしますね。

すると必要とされる対象物には丁寧に向かい合うことが出来るようになりますし

必要ないものには何の引っかかりもなくスルーするようになります。

何のためにここに生まれてきたのか憶(おも)い出すこと、

そして最低限でもお金と時間の枷を外して憶い出したそのままに活きることに視点を当てること。

本当に大切な時代になっていきます。

具体的には自分の振動数を上げていくこと。

繋がる場所が変わり、必要のない介入が外され

憶い出すことも憶い出しやすくなります。

出来ないと思うのではなく

まず視点を当てること、大事です。

 

枇杷のこと 7月21日満月

書けないことが増えてきているのと

地上で動かされるようなことが増えてきており

飛躍的に学ぶことも増え

おぼえがきが間遠になってしまいます。

それでもお伝え出来ることは

タイミングを見ながらおぼえがきしたいと思います。

5、6年前に鈴の形のビジョンがおもむろに視えて急いでスケッチに写しました。

昨年末、2024年5月の個展に『鈴』と降りてきたのでそのままに行われました。

この流れの中で5、6年前にビジョンで視た鈴は高次の世界の木の実であることがわかり、顕現も叶い、個展に出展されたときには『命の種 時じくの香(かく)の菓(このみ)』と名付けられました。

今年5月の個展期間中に葉付きの枇杷の実が届けられ、ビジョンで視た木の実は顕界では枇杷の実であることがわかりました。

枇杷の実が今年の個展時期と重なったことも偶然ではなく、既に5、6年前に(もっと前からかも知れません)初めからそのように誘導されていて私がその道を感知したのだと解りました。

「時じくの香(かく)の菓(このみ)」と言うのは日本に伝わる伝説で、常世の国に成る不老不死の実と言われています。 

伝説の詳細については、リンクを貼らせていただいて省略させて下さい。詳しく書かれていることと、現在では大和橘が「時じくの香(かく)の菓(このみ)」とされていることに疑問を呈して居られることも大切に思いますので以下のページをご紹介させていただきます。

https://nihonsinwa.com/page/1090.html

 私が、枇杷が「時じくの香の菓」だと直感したのは、ビジョンを視たときからですが、その証拠が時を経て証明されていきました。

枇杷の実の「枇杷」という言葉の語源ですが、一般的には楽器の「琵琶」から来ているのだと言います。ただおかしなことに、鎌倉時代に日本に琵琶が渡ってくるよりも先に枇杷の木は日本にありました。もともとあった枇杷は、それでは楽器の琵琶が来る前は何と呼ばれていたのでしょう?それにもともと名前があったものを楽器が渡って来たことで名前を変えるなんて言うこともとても不自然に感じます。

様々調べて結果から申しますと、楽器の琵琶が渡って来る以前の枇杷の名前がわかりました。日本語のみならず外国語(主に私の得意分野のラテン語圏と、後は英語からの調査になりますが)で確認してもそのようになったのでおそらく間違いないと思います。

もともとの枇杷の名前は「蘆橘」と呼ばれていました。「あしたちばな」あるいは「ろきつ」と読みます。「時じくの香の菓」が橘であると言われるのはそれが蘆橘であったからだと解りました。

橘は太陽のシンボルであり太古は枇杷がその象徴でありました。日本の国名「豊葦原瑞穂國/トヨアシハラノミズホノクニ」の蘆(アシ)です。

これが解ったとき、太古の太陽のことだまを取り戻した感覚になりました。

日本は世界でもまれに見る多民族国家ですから、各地から沢山の植物も持ち込まれました。(このこともまさに地球のひな形だなあと思わされます)おそらく枇杷もその中で太古に日本に持ち込まれた植物なのでしょう。では一体どのような民族が、日本に枇杷を持ち込んだのでしょう。太古の太陽信仰に繋がるものがあると感じます。

 

今年5月の個展から数週間後、西宮神社で「おこしや祭り」と言うのが行われることを地元のmさんよりお知らせ頂きました。西宮神社にはヒルコが祭られています。

ちょうど5月の神戸の個展期間中に行った茶会瞑想で、西宮の海に行きアルクトゥルスの星のエネルギーを沢山受け取りました。海でアルクトゥルスから降ろされた旋律をみんなで響かせ波のエネルギーも優しい子守唄にたゆたって居りました。その海水を汲んで逗子に持ち帰り、地元の海にお繋ぎしようとしましたら、『この海水は西宮のヒルコに届けて欲しい』とのメッセージが来ました。

急いで調べますと西宮のmさんがお知らせ下さった西宮神社の「おこしや祭り」は二日後でした。すぐにその海水をmさんに送らせて頂き、西宮神社のヒルコに届けて下さるようお願いしました。

今年、西宮神社の本殿が改装中とのことでヒルコの結界が緩んでいることがわかりました。そしてmさんの手により「おこしや祭り」の際に滞りなく件の海水を眠れるヒルコにお届けすることが出来ました。『最後の機会に間に合った』、と言う感覚が降りてきました。

後にmさんが送って下さったメールや「おこしや祭り」のお写真から気づくことがありました。(mさんの了承を得てお写真掲載いたします)

ヒルコさんの御神輿に飾られた枇杷。
御神輿は楚々と静かに運ばれるのだそうです。
ヒルコを起こさぬように?
担ぐ棒の四方にとぐろを巻いた白蛇。
他にも鏡で囲われていたとのこと。結界?
日御子の目覚めを恐れている感じがします。
おこしや祭りの日限定で西宮神社で
枇杷の土鈴が授与されたとのこと。
答え合わせが完璧です。
地元のmさんによると
馬はヒルコの乗り物だそう。
夜中の丑の刻の真向かいは
真昼の午の刻。
ヒルコの乗り物とはこういう事かと。

ヒルコにまつわるあれこれすべてが太陽に繋がっていく。

海の向こうから海洋民族の手により運ばれてきたヒルコは淡路島を経て和田岬の現在ヒルコの森と呼ばれる湧水豊かな場所に上陸。(和田神社境内には海洋民族のシンボルの大きな矛のモニュメントがあります。ちなみに矛の柄には強度と粘度のある枇杷枝が用いられたとのこと。時代が下って農耕機具の柄に枇杷の枝が使われることに繋がります。)

表層的なことだけ書きますと、後々にアマテラスという新しい太陽シンボルを祭りたい大和政権の手により、ヒルコは西宮神社へと運ばれ眠らされました。ヒルコのシンボルである枇杷=蘆橘は、大和橘に取って代わられ、おこしや祭りはヒルコをエビスと言う別の新しい神との合祀でみえなくし、その名称とは裏腹にまるでヒルコを起こさないような配慮が成された神事になっています。こういったことは、多民族国家のこの国ではよくあることなのでしょう。

 

しかしそれももう終わりとなりました。来年からは目覚めたヒルコと、新たになった西宮神社の本殿でお目にかかれるのでしょう。

屮満月の夜に最後の結界が解けて地球のコアにあるマナの真水から眠っていたヒルコが起こされますから。これは戦いでも二項対立でもなく純粋な誕生のお祝いです。

懐かしくも新しい太古の太陽に向けられた祝いのエネルギーは、ある種ゆがめられたこの世界の図形を、本来の宇宙の美しい形へと還すエネルギーと成るでしょう。私はこのレイヤーに乗って参ります。

次の満月7月21日19時16分。地球のコアに眠らされたヒルコの目覚めをお祝いしたいと思います。ピンと来る方でしたらきっとお心合わせ、それぞれ各地で鈴を鳴らしたり、歌を歌ったり、と、各自その人らしいお心に浮かぶお祝いを成されることと思います***

新しい時代の祝いのいのりに*