湧き水

今日は地元の農園さんに行き、それからヤマトタケルの湧き水に参りました。

生活の中での日課となっています。

農園さんでは今年初の農園さんのスイカを*

湧き水ではまたまた偶然にも産子総代の方とお会いしました。

最初にお会いしたときに、野草の話を沢山させていただいたので、それ以来私は「ドクダミを食べる人」と呼ばれています(笑)

天ぷらをするときにドクダミを1つ入れておくとお口直しにすっきりすることや、ドクダミの酵母ジュースがなかなか美味しくてそのまま飲んで清涼飲料に、もちろんパンを焼くのにも使います。

・・そんなお話しをさせていただいたので、今回も「ドクダミを食べる人」と呼ばれまして、そんな風にお声かけて下さることも、私の本質に近い呼び名のような氣もしてなかなか気に入っております*

ヤマトタケルの湧き水のお社の例大祭が今年も8月にありますが、産子総代さんのご家族も高齢化と言うこともあり、去年を最後に今年からは式の全てを里の神社にお返しすることにしました、とのこと。

去年、最後の産子総代のご家族の方々の手による例大祭に参列させていただくことが出来て本当にギリギリセーフで間に合いましたこと、よかったと思いました。

今日のお話の中で、湧き水の昔から現在に至るまでの水口の位置の変化とその理由のお話などして下さり、とても興味深くお聴きいたしました。本当に産子総代のご家族さま代々に渡り泉とお社が大切にされて来ていることを強く感じました。

『例大祭でのお役目はお返ししたけれども、泉のお社をまもってきた家の娘として、日常的なお掃除や管理はつづけていきます』とおっしゃっており、私も『何かできることがあればお手伝いします』とお伝えすることが出来てよかったと思いました。以前からそうお伝えしたいと思っていたからです。

『ここは涼しいわね』と産子総代さんがおっしゃり、二人でお社の奥の森から吹く風を受けながら、何となくそこにそのまま自然に身を任すようにぼんやりと立っていました。魂の奥が繊細にふるえてそのまま光になってしまうような心地のひとときでした。

ここに来る前に農園さんで沢山お分けいただいた朝採りのキュウリとジャガイモを『ここの湧き水の水脈の農園さんで採れたものです。よかったらどうぞ。』と、産子総代さんにお福分けさせていただくことも何だかとても幸せに感じました。『まぁ』とおっしゃり受け取って下さいました。

懐かしくも新しい地球を日常の中にこうやって顕現されていること、またそれが響き合いながらどんどん広がっていくこと、それを感じられて幸せでした。

 

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」宮沢賢治

この密度の世界ではもう、連動しながら全体に広がり幸福な世界になっていることを知らされたようです。

湧き水の帰り道にて

 

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