25日、それから

25日の富士山のマナの泉での祝いの儀は、
私がこの地上に生まれてやると決めて来た事の一つだったようで
そこからの展開が、堰を切ったようにすさまじくて
その膨大な出来事の内容をなかなかまとめて書き記すことができておりません。
 
翌26日は神戸の西宮からわざわざこの祝いの儀に駆けつけて下さった方と、
中華街で会う約束になっていました。
 
前日の祝いの儀の直会のときに
千穂さんが皆さんにお渡しされたカードを
私も一葉いただいたのですが、
そのカードに書かれていた宇宙文字を指でなぞっていたら
「26」という数字が何度もチカチカと浮かび上がってくる。
26・・何の数字だろう?今日のこと?等、思っていたら、
この文字を読み解く術が心に降りてきたのでそのようにしたら、
『一之宮』
『瀬織津姫』(←漢字で)
ふたつの言葉が浮かび上がってきたので、
調べてみると、
ちょうど西宮の方と待ち合わせをしている喫茶店から、
電車で13分ほどの場所に横浜の一之宮があり、
なんとそこに瀬織津姫が祭られていることが分かりました。

中国茶のお店にて。
おだんごにも赤ちゃんたちが*

待ち合わせ場所の喫茶店に着くなり
わたしはこのことを西宮の方に話しますと
『それは行くしかないでしょう』と即答。
 
そんなわけで暴風雨のなか、ふたりで一之宮に向かいました。
 
降りた駅は「新子安」。
そのあたり一帯の地名はふるくから「子安」と呼ばれていて
前日の小さな竜たちの誕生のセレモニーにつながります。
 
駅から少し歩くと顕れたのは、オリーブの園。

おりしもセマナ・サンタの真っただ中のこの日、
受難のイエスがゲッセマネの園で祈りをささげる場所を彷彿とさせます。
(しかもご丁寧に「丘」までありました。)
今回の富士山の一連の流れ(諏訪の流れからきています)のバックボーンに
イエスのエネルギーを感じていましたから
ふたりでこれは何なの??と園と丘の出現になんとも驚きつつも
歩を進めると、ほどなくして一之宮に到着。
 
境内のお社ひとつひとつにごあいさつして行きますと、
お呼び下さったのはミズハノメノカミだということがわかりました。
境内には西宮から勧請されたと書かれた蛭子さんのお社もあり、
お稲荷さんなのだけど弁天様を感じるお社もあり
富士山のマナのお水を西宮の方がちょうど持っていらしたので、
(ホテルをチェックアウトして昨日からのお荷物すべて持っていたので)
お繋ぎさせていただきました。

拝殿ではお参りさせていただいた後にふたりとも
背中に何かずーーんとしたエネルギーを感じ、
これはなに?と顔を見合わせ。
『よく来た、ごくろうさま。これからの旅の無事を祈る。』
といった内容のねぎらいのことばを受け取りました。
これまでここに幾多の漁師さん、船乗りさんたちがお参りに来られ、
この言葉を受け取られたことでしょう。。
海に出るのは命がけだった時代を思いました。
 
こちらの主祭神はスサノオノミコトとされておりますが、
大変柔和であたたかな雰囲気を感じました。
 
拝殿の中には宝物やらお守りやらご奉納の品々やらが
所狭しとたくさん置かれていて、
地元の漁師さん船乗りさんたちにいまも愛され続けている
神様の「活力」を強く感じました。
 
あとでこちらの一之宮の社史をみてみましたら、
区画整理で境内を狭くされたところを
地元の方々がお金を出し合って
土地を何年かに渡って少しずつ買いもどしたとありました。
 
拝殿と参道の位置がすこし不思議な感じで在りましたので
最後になるまで気づかなかったのですが
拝殿でのお参りの後に参道に出ましたら、
今回わたしたちは境内の裏門から入っていたようで、
おもてにはとてもとても長い参道があって、おどろきました。
かつてはもしかしたらここ一帯森だったのかもしれません。
そんな風情が長い参道に残っておりました。

長い参道
とても長い参道。

無事にお参りを終えて子安の町に出ると、
これもまた驚きで、昭和初期のような古い町並みが今もそのまま残っており、
住む人も習慣も、もしかしたらその時からあまり変わっていないような
とても懐かしい味わいがあり、
西宮の方は『いちいち面白い!』と何度も連呼されていました*
 
お腹がすいたのでこれまた想像をゆうに超える長さの長い商店街をあるいて
この商店街の尋常ではない長さから、
かつてこの町で水揚げされた物品がやりとりされた
活気ある時代・船が交通のかなめであった時代のことを想像していました。
 
まさに漁師町なのだなあと思ったのは、
喫茶店などは皆無で、あるのは一杯飲み屋ばかり。
港町独特の雰囲気があり、なんだか一見さんは入りにくいことおびただしい。
こんなにたくさん年季の入った飲み屋があって、
それぞれの漁師さんが
それぞれの行きつけのお店があるのだろうなあと思いました。
 
やっと見つけた「おふくろの味」という看板を出している定食屋さんに入ると、
さっきまで人がいて料理していたカウンターの台所そのままなのに
誰もいない。
暖房も電気もつけっぱなしで
何度呼びかけても返事もなく、
いったいお店の人はどこへ行ってしまったのでしょう。。
なんだか千と千尋の世界に迷い込んでしまったようでした。
そのあとまた長い商店街を歩いて戻って、
80代くらいの老夫婦が営む中華屋さんを踏切の傍にみつけて
家庭的な優しいお味の五目中華丼(ラーメン鉢サイズのワンタンスープ付き)に
ありつくことができました*
 
タイムポケットに迷い込んだような商店街から
道路いっぽん隔てると高層ビルが立ち並ぶオフィス街で
幅広の道路を車がビュンビュン走っており
この人気のない無機質な感じが、
それまでわたしたちが居た昭和初期の商店街とは
なにもかもあまりにかけ離れていて
リアルにパラレルや次元を移行したようにしか思えませんでした。
 
この日の一之宮でのお参りには続きがあり、
西宮、美濃、諏訪へとつながっていったのは
また後日になってからのことで、
ひとつひとつの出来事が複雑な織物のように
あらゆる角度から一斉に同時に織り上げられており、
もうどこがどのようにつながりひろがっているのか
まったくわからなくなっていますが、
とにかく『すべて繋がっていた』ということは
はっきりと手に取るようにわかるのでした。

子安のゲッセマネの園にて。
マグダラのマリアのような花の色。

わくわくしながらも
不思議な年明け二日目の出来事でした。
 
 

日の出 3/1-3/2-3/3

3月1日の朝日

若水

 
スペインの郷土料理ミガスにはまっており、
この日もあさひるごはんにつくりました。

家でコーヒーはのまないのですが、
苗から育てた自然農の「SAMURAIティピカ」だけは別です。
先日網が二重になっている茶こしを買ったので
これで淹れてみたらこれまでとまた味が変わって面白い。
フルーティな味が引き立ちます。

 
 
3月2日の朝日

若水

 
庭に植えたかぶの収穫をしました。

さっそく朝昼ごはんのスープに入れました*

 
 
3月3日の朝日

若水づくり
朝日のターンは今日で無事終了いたしました。
このあと月のターンに入ります。
若水は
ブルーボトルに入れて神棚で保存します。

2月28日で旧地球は終わりました。
かといって3月1日からまるまる新地球かというとそうでもありません。
旧地球が終わったと感じられるのは、
これは新地球に立った時点での視え方です。
 
新地球と旧地球のずれは段々と大きくなってきており
重なりのヴェシカパイシスの部分は段々少なくなっています。
いまはまだ新旧両方の地球を行ったり来たりしている方も多いでしょう。
 
振動の高い方から低い方への介入はできますが
低い方から高い方への介入はできません。
それはこの宇宙の理です。
 
 

王様の古墳 0229

2月29日の若水
庭の梅はガクのみになり。
父親の東京土産、銀座のバゲットで
スペインの羊飼いの野外料理ミガスを
ひさびさに作りました。
ちょうどかぶの時期ということもあって、
ミガスとかぶの最高の組み合わせで美味しくいただきました*

 
朝昼ごはんを食べ終わってゆっくりしていたら、
さわさわさわと呼ばれて山へ。

まだちいちゃな雪の下の葉っぱたち。
王様 待ってくれていた。
これからうまれる「土の弦楽器」と
「すずとおまもり」のために
王様のお山の土をお分けいただく
お許し得ました。

エネルギーの存在とうたをうたい。
不思議な時を過ごし。

前方後円墳の方形の先の大きな山桜の木といっしょに海と島眺める。
野イチゴの花が咲いていました。
桜色の樹液が昇る。
桜色に香る樹皮。
仲間たち

そこから
碧き地上の海へ

  
*2/28~29の水の繋ぎのお話。
 
2月28日におとずれた目黒不動尊(祭神ヤマトタケル)にて
2024年旧暦明けて初の護摩焚きの火を
持参したようわん水に直接転写しました。
水火合わさりものすごい振動を感じました。
護摩焚きのあと、こちらお水を
目黒不動尊境内の湧き水にお繋ぎさせてもらいました。
 
2月28日の旧暦明けて初の護摩焚きは、
旧地球最後の護摩焚きでもありました。
新しい地球へ軽やかに移行するにあたり、
旧地球の最後の残りカスを燃やし尽くしました。
そのために私はこの日呼ばれたように感じました。
前回護摩焚きに参加させていただいたときのことを思うと
今回は大変明るく軽やかさを感じたなんとも不思議な感じがする
護摩焚きでありました。
ご住職までが『今回ここに来られたかたは呼ばれた方だ。』
と言われました。
「軽やか」というのは
単に「軽い」という意味とは異なります。
過去生の回収、輪廻の終わり、と言ったことから発する軽やかさのように感じました。
『いよいよ本当に終わり、新しく始まるのだ』
という高次元での実感が今回の護摩焚きにともないました。
 
護摩焚のあと、目黒不動尊境内の湧き水を汲ませていただき
水火のお水に合わせました。
水の浄化、火の浄化、ともに成された
「水火結びのようわん水」と成りました。
 
それから大鳥神社にこちらのお水を繋ぎ撒かせていただきました。
その後、梅まつりの亀戸天神にて
拝殿前にてお水を撒かせていただくとともに、
境内の御池と、
神楽殿裏手にある枯れた古井戸に沸き水の復活を願い
「水火結びのようわん水」を注がせていただきました。
 
最後に大変氣のよい境内の
亀の像の口から注がれているお水を汲ませていただき
「水火結びのようわん水」と合わせました。
 
このようにして統合されたお水
「水火結びのようわん水」を
2月29日の旧地球の最後の日に
王様の古墳に継がせていただいたのでした。
 
古墳のお山を登る道々にこのお水を撒きながら、
頂上の王様の前方後円墳まで登りました。
 
頂上では前方後円墳の円形に植えられた楠を通じて
王様とお話をすることができます。
この楠の根元にぐるりとお水を撒くと、
王様が曰く『これは”復活の水”』とのことでした。
 
山から海におりて2月29日の澄んだ海水を『復活の水』に加えました。
 
『復活の水』。
このタイミングですので、
土の弦楽器または
ビークルヤンメをご注文いただいている方に
添えてお送りさせていただこうと思います。
それだけこれからの地球が必要としているお水なのだとわかります。
浄化につかえますが
それだけではないお水ですから
懐かしくも新しい地球復活にあたり
ご縁ある方はいろいろとお試しください。
 
ビークルヤンメの詳細につきましては
こちらのおぼえがきをご覧ください。
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=19592
 
ビークルヤンメを使ってさまざま体験しており
なかなかここに書けないことも多いのですが、
自分軸をしっかりサポートしながら
高次元からの情報をピンポイントに絞って輪郭をはっきりさせて
受け取ったり感じ取るのに役立つものであることは間違いないです。