なにがきみのしあわせ

今日はこちらのポッドキャスト聴いてから
https://anchor.fm/s/8c2088c/podcast/play/82926192/https%3A%2F%2Fd3ctxlq1ktw2nl.cloudfront.net%2Fstaging%2F2024-1-20%2F3e3e87f5-78cd-b9e4-a805-ef586513432e.mp3

これをみて
すっかりやられておりました。
https://youtu.be/PkDfrVdCwCs?feature=shared

『本質をしていると
人から嫌がられたり煙たがられたりする。
けれどそれが本質であればその先には
命の輝きと希望がある。』

そんな話を神戸のARCAのオーナーさんが
今日、個展の打ち合わせのやり取りのなかで伝えてくれました。
 
 
四月一日に、
偶然にヤマトタケルの湧き水の前で出逢った一(はじめ)さん。
宇宙の真理や神聖幾何学の話をしました。
その話の中から私の中で逆転が起きました。

私は何年か前に
この世界一切すべてがシステムだと気づいたとき、
あまりの息苦しさに夢もロマンもないと落ち込んだ時期がありました。 
そうしたら
自由とはシステムのバグのようなものだ、と言う方が現れて、
そう言う考え方は好きだな、と思いました。
自分はシステムのバグなのだと思うと氣持ちも楽になりました。
 
 
ところが、泉の前で一さんと神聖幾何学の話を話しているうちに、
当たり前だと多くの人が思っている現実世界・一般社会の方こそがバグなのだと氣づいたのです。
 
宇宙システムに乗れば何の心配もなく自動的に魂は輝きだす。
森の生き物たちや
星の輝き
海の循環を見れば
みんな本質のみに向かい命の限り精一杯
輝き、うたっているでしょう。
それらはすべてとても美しい神聖幾何学に表すことのできる宇宙のシステム。

一方でその完璧なまでの魂が輝く宇宙システムの図形をわざと崩してバグを作りだした人たちがいる。
神聖幾何学を知り尽くした上で
わざとその形を歪め、
一部の組織が利潤を得るように仕組まれた
狭く歪んだ図形に構築されたのが
現実だと多くの人が思わされているこの社会であると。
歪んだ図形に生きていれば当然宇宙システムの中の自然の流れから外れて行きます。
人間だけがなぜ自然を破壊し
地球の生き物たちとなぜ共存できないのかの答えがここにあると思いました。

宇宙のシステムから見たら、このいわゆる現実世界はバグってるからです。
一さんの話では正四面体(火のエレメント)を三つ自分で再構築するだけで
本来の宇宙システムに戻すことが出来るといいます。
正四面体は神聖幾何学の一番小さい図形でそこから次々に水、土、風など、
この世界を構築する神聖幾何学が派生していく。人の体もエネルギー体で見れば全て図形に表すことができます。
だからまず最小の図形、火のエレメントを神聖幾何学の本来の形に取り戻す。
 
これはもうこぐま鈴についておぼえがきに書いた
火の浄化に繋がる話ではないか。
今何をするか分かっている人は同じものを見ているのだと感じます。だからすでに言われる前に作品が出来上がっていると言うのは当たり前のことなのかもしれません。
 
 
バグは修正されるでしょう。
なぜならそれに氣づいた魂がどんどん増え続けているから。
氣づいたらもういつでも修正できます。
愛と勇気だけで。
 

こぐま鈴のこと

『MAJOさん、鈴が必要な人がたくさんいるのよ』
と、
先日あるお世話になった方からお聴きしたその前日に、
すでにこぐま鈴の成形が終わり手元に顕現されて在りました。
時系列がまた逆になってると思いました。
 
もはや「偶然」などという生易しいもんじゃなく、
ここ数年もう何度も作品において、出逢う人々において、
逆転した時系列で物事が進むことが多くなってきています。
先に本質があり、その理由付けは後から。
これこれこういう理由があるから
それにともなって作品をつくるのではなくて、
それを必要とする人や物事が現れるより先に、もうすでにその作品ができて手元にある、
ということが何度も繰り返し起こっています。
 
自分はそういう世界に生きてるのだと
今回もまた「こぐま鈴」で思わされたのでした。
こんな風にこれまでの世界とは真逆にものごとが進むのは、
天地結び故のオーダーなのだと認識しています。
そこに私個人の意図や意識はまったくなくて
自動的にそうなっている、としか言いようがない。。
だから天地結びのオーダーなのだと。
必要なものしか顕れない宇宙のシステムに乗っている
と言い換えても良いかもしれません。
 
あまりに、未来が先に来て過去が後からついてくるような時系列を目の当たりにするので、本当は時間なんてないのかもしれないね。。
 

 
こぐま鈴をつくっていたとき
沢山の情報が降りてきていましたから
それをそのままこの世界に顕すようにおつくりしました。
 
こぐま鈴の音(ね)は『火の浄化』だとまず降りてきました。
この世界において火というのは、
小さなものは例えば「怒り」であり
大きなものは例えば「戦争」であり
それら未浄化のエネルギーを細かく砕いて浄化する。
大難を小難に。
音で。
響きで。
振ることで。
そのためのツールとして生まれてきたこぐま鈴。
 
いつからか人はあたりまえの日常から「火」をとりあげられました。
調理に火を使うことをとりあげられ、
庭で焚火をする自由すらままならない世界と成りました。
そうすることで人の力は退化してしまいました。
 
どんなエネルギーもただのエネルギーであるだけで良いも悪いも無いのですが、
エネルギーに貼り付けられた「意図」や「念」が重すぎて滞る。
 
なぜそのような世界が顕れたのかとひとことでいえば
火に対する「恐れ」や「不安」からだったのではないか。
「畏れ(かしこみ)」ではなく「恐れ」。
その恐れやあるいは不安から顕した行動は、
結局はもっと大きな本質的な問題=火の穢れを起こし、
その浄化を妨げることと成ってしまいました。
抑えられた火(エネルギー)は必ず流れだす。
本来エネルギーとは流れているものだから。
強く抑えられれば強く噴出する。
本質を避けようとしても
それは決してできないのだと
宇宙の真理が教えてくれています。
 

もしピンとくる方がいらしたら、
録画したものではありますが
(生の音と響きがもっともなのですが)
こちらの動画をご覧になってみてください。
火の浄化がわからなくても心寄せてご覧になるので構いません。
 
可能でしたらリラックスしてかるく目を閉じ、
後頭部でこぐま鈴の音を聴くようにしてみてください。
音や響きは耳だけで受け取るものではないことが感覚的にわかるでしょう。
 
二回目にこの動画を見るときは、
同じくリラックスして軽く目を閉じて後頭部で鈴の音を聞き、
動画の後半、複数のこぐま鈴の音が一つのこぐま鈴の音になったあたりから、
後頭部から首の後ろ~背骨を通って仙骨まで
聴いている音をゆっくりと下に降ろしていくようにイメージしてみてください。
後頭部で繊細な振動に変換され浄化されたエネルギーが
そのまま気持ちよく背骨を通って仙骨まで降りていき
その通り道を滞らせていたものを粉砕し流すとイメージします。
こぐま鈴の音と響きのエネルギーが後頭部から背骨を通じて仙骨までとおるときに
トルネード(回転)するように通過していくのをイメージするとより良いです。
 
二回目以降を何度でも繰り返してかまいません。
そのときに感じた感覚や、色、光、ビジョン、雰囲気、などありましたらそのまま受けとって大切にしてください。
 
たった数分のこぐま鈴の音と響きのワークですが
どこかしら楽になる方がいらしたのであれば幸いです。
 

七つ星 ~こぐま座ピクニックact.4

『こぐま鈴』

明日10日からの点滴堂さん企画展に参加させていただきます*

いつぞやか
星の本を様々見つけられる点滴堂さんにて入手した
気に入りの星の本のひとつです☆
こぐまの鈴の七つ星
納品いたしました
 
こぐま鈴のことは
会期中にまたおいおい
おぼえがきさせてもらいますね

よろしくお願いいたします

 

◆点滴堂企画展
 『こぐま座ピクニックact.4』
4月10日(水)~21日(日)
12:30~20:00 月・火定休
会場:点滴堂
東京都武蔵野市中町1-10-3 2F
tel.090-6796-5281

**点滴堂HPより**
三鷹駅 北口 歩いて5分、
「点滴堂」はギャラリースペースのあるブックカフェ。
ちいさな店内にぎっしり詰まった書棚の古本はすべて販売してます。
作品の展示を楽しみつつ。
お気に入りの1冊を選びながら。
おいしい珈琲・紅茶をご賞味ください♪

 
 

さくら、さくら、さくら、其ノ一

 

四月六日
夕刻の初まり
雨が止んだら
アルクトゥルスと
王様の古墳の桜に呼ばれて

深い安心感*
見上げると山桜
家からあるいて5分ほどの山中
ウラシマソウ
早乙女の白木
なぜだかこの木の前で
ふと立ちどまり
富士山のマナの泉のお水とようわん水
合わせたお水を注ぎました。
山の桜が呼ぶ
わたしの家と工房が
台風で半壊したのと同じ年
倒木した山桜の木
その倒木した山桜の先端より
滝のようにさあぁっと伸びたたくさんの細枝と無数の芽吹き
心ふるえます
縄文の木
土に咲く太古のエネルギーがお顔を出している
楠のお姉さまがたのゲートを通って
8つの楠達すべてにお水を注ぎ
お山のお上へ・いつもこのあたりで次元が変わる
富士山マナの泉にささげたのと同じ花と
陰陽ふたつの統合のお水を王様に*
宇宙意識での『すべてうけとる』
大切なメッセージ
弟橘姫の木
大好きな山さくらの老木と
古墳から海を望む
山を降りるころには真っ暗に*
お魚やエビの赤ちゃんたちと波打ち際をずっと歩いておりました*