パンを焼く

ある時整体師の方から、
『MAJOさん蕎麦とか打ちませんか?』とおもむろに尋ねられて。
 
『蕎麦はあまり打たないけどうどんならたまに打ちます。
でもなぜですか?』と応えると、

私の手から出ているエネルギーがものすごいので、
何をやってもすごいエネルギーが入るんだろうなあと思われたそうで、
それでぱっと「蕎麦打ち」と思いつかれたのだそう。
 
『それなら。常食にしているパンは自分で作っていますよ。』とお答えしました。
 
お米のアレルギーを発症してから(実際には度の過ぎた品種改良と残留農薬のアレルギー)、パンまで食べられなくなったら悲しい・・と思い、原料には細心の注意を払って小麦粉を仕入れて自分の常食用にパンをつくっています。

自らの軸から本格的にパンを作るようになって、
うたうたいの山口愛さんからパラダイス酵母をお譲り頂くという幸運にも恵まれて、
現在はそのパラダイス酵母一択で発酵させたパンを自分のために焼いています。
 
地元の湧き水と、太陽光&自然の風だけでつくられたゲランドの塩と、
国産無農薬の小麦粉を練り上げて、パラダイス酵母で発酵させたパンです。
 
パン生地の練り上げが気持ちよくて、
酵母と小麦粉と水だけで練り上げてから最後に塩を投入するのですが、
さらに二次発酵では羽衣のようにふわっふわになっているパン生地に触れるのが至高の喜び*
 
旅から戻ってほとんど食事というものが大きく変わってしまったのですが、
『自分で作るパンが食べたい』と思うように成り、パン生地仕込みました*

今日は暖かったので屋根の上で発酵*
窯に入れる直前に、聖水を霧吹き。
こうすると窯伸びがいっそうよくなります*
プレーンタイプとみかん&くるみ入りの2タイプのパンにしました*
大変ありがたく力になるお食事パンに成ってくれました*

そして***
手から出ているエネルギーは
なにより土のお志事にも反映されております*
 

 

食のこと

人生の大きな転機にはいつも食がメッセージとして関わってきます。

2015年に「陰陽師 玉手匣」のシリーズを執筆中の岡野玲子さんに繋がる高次の方々と繋がり、食のスタッフとして加わらせて頂くまでは、食のメッセージを無視してそれまで生きていたので今思えば心身の状態がとても悪かったと思います。あのままでしたら今頃3次元的に寝たきりになっていたでしょう。食は心身を創ります。

いやがおうにもハッキリ自覚させられたのは2016年と2018年の大きな2回の転機でしょう。いずれも約ひと月ほど寝込むほどの重症でしたが、2013年の時点で京都の気功の学校で学んだことが大きく、自分の直感が何より頼りと本質がわかっていましたので、余計なことをいっさいせず、体の自然のままに調い治ってゆきました。このことは本来自分が翼を持っていたことを憶(おも)いだし、より強く大きな翼として鍛えることとなりました。

今回、3度目の転機、チャンスが訪れています。とても振動の高いエネルギーとの合一が起きており、3次元の食べ物のほとんどが本来の食べ物ではないという認識が深まり、自然農の、自然のままに食せるものや、湧き水などがメインの食事となりました。量もこれまでの半分で充分。それで全く空腹も感じません。

果てしなく高いエネルギーを調えていることがよくわかるので充分に時間を掛けてこのチャンスを活かそうと思っています。『これから沢山動く人は、今充分に休める人』、というメッセージを受け取っています。何事も中途半端にならないように。この地球に生まれてきたことを台無しにしないように、今充分に休めて何もしないことが大切です。

治るとは元に戻ることではない。元に戻るのは簡単です。元に戻るのでは無い。重ねてお伝えしますが本当に大きな転機が訪れています。

私はこの世界の一部。これまでのままでは居られません。それを選びましたから。 

 

おのころ島 11/27

昨日のおぼえがきのつづきです。

雨の西宮神社参拝中に沼島の漁師さんから電話がありました。
この雨で海が荒れて明日の午前中まで荒波が残る見込みとのことで
明日のおのころ島クルーズは中止に成ります、とのこと。
 
私は、わかりました、といいながらも
呼ばれているのでそんなはずはないと何処かで思っていたのか、
淡路島から沼島へ渡る定期便は明日も運行予定とのことを漁師さんに確認し、
とにかく明日は沼島へは行きますので、その時その場でもしも波の様子によって漁船が出せそうでしたらお願いできますか?と、
頭で考えるより先に訊ねていました。
『明日の夕方4時ころでしたら・・可能性はゼロではありませんが。。』
と電話の向こうで漁師さんは答えられました。
とりあえずは明日の漁船での沼島周遊は中止に成り、
明日の夕方その時の判断で、万が一夕方に波が収まるようだったら船に乗せてほしい、とじゅうじゅう確認し電話を切りました。
 
七名のメンバーにもその旨を伝え、
変更になったことそしてそれでも沼島へは行くことを告げました。
 

 
翌日は朝は曇っていましたがやがて晴れて
淡路島の瀬織津姫の滝では不思議なヒルコのような太陽が姿を見せました。
そのときのおぼえがきです「淡路島 セオリツ」
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=23222
 
滝で神具を清め、
さらに淡路島を南下して島の最南端の港から
一時間に一便の定期船を待って沼島に渡りました。
 

沼島へ渡る定期船の窓から

この日はなんだか朝から強行軍で、朝ごはん以来夕方までほとんど何も食べていなかったので、沼島に渡るとすぐ地図を見ながら古民家のカフェに行きました。
 
カフェの方はとても気持ちのよいかたで、
ようこそようこそと迎えて下さいました。
 
淡路島とはまた全く異なる空気感が沼島にはありました。
 
『ここでもう一度電話してみよう』と漁師さんに電話をしてみました。
 

 
そもそもが沼島に来ることになったのはビジョンを視たからでした。
海上から島を一周ぐるりと見ているビジョンです。
 
へえっと思い、調べてみると地元の漁船をチャーターして沼島を一周してくださることが分かりました。
 
出発の日まで何度も何度も漁師さんに電話を掛けましたがなかなかつながらない。
何日目かにしてやっとつながって、ようやく漁船をチャーターできたのが、前日に中止となった、というのがこれまでの流れ。
 
当日の夕方4時頃なら可能性はゼロではない、という漁師さんの言葉を信じて、沼島の古民家カフェからもういちど漁師さんに電話をしました。
やはりなかなか電話に出られませんでしたが、何度かかけて繋がり、
昨日電話した者ですが、いま沼島に居るのですが、波の様子はいかがですか?と尋ねました。
 
この時はすでに天候は晴れていましたが海の様子はちがうかもしれません。
電話に出た漁師さんは言いました。
『わかりました。船長と話してみます。折り返しお返事いたします。』と。
 
どきどきしながら折り返しの電話を待っていると果たして、
波と風の様子から一時間ほどなら舟を出せること、
いますぐ港に来られますか?とのことでした。
 
古民家カフェでちょうどみなさん飲み物を注文されたところでしたが、カフェの方に事情を話すと、テイクアウトに変更できますよ!とすぐに準備をしてくださって、頼んだドリンクを持ち運べるように調えて下さったのでした。
 
すべての流れに感謝です。
 

古民家カフェのある小さな漁港

 
港に行くと電話でお話しした漁師さんが途中まで迎えに来られて、
ちょうどいま左右から来る波がぶつかり合って大きな波を打ち消していること、
そして風も左右からちょうど互いに吹きあう時間帯なので強い風を打ち消しあっていること、
この状態は約1時間ほど続くこと、
暗くなってくるとまた海は荒れだすこと、
波と風が打ち消しあうこの一時間の間なら舟を出せますとの漁船の船長さんのご判断を伝えてくれました。
 
『今日は団体さんも入っていたのですが、すべての漁船の運航は中止に成りました。
これが今日、唯一出せる船です。
ねばりがちですね。』
と漁師さんが笑顔でおっしゃいました。

普段は高級魚である鯵の一般釣りをする漁船だそう。
お世話に成りました。

 

海鵜の巣窟

 
沼島をまわる漁船はそのときどきで右回り左回り、どちらになるかわからないとのことでしたが、
私たちの時は「女回り」と呼ばれる左回りで巡りました。
私が呼ばれるからには左回りだろうと思っていました。
 
沼島は別名おのころ島。
イサナミが先に巡り声をかけたことでヒルコとアワシマは葦の船や磐船に乗せられて流されてしまった。このように記紀に描かれるイサナキ・イサナミの伝説はいまでは、太古の太陽神の封印伝説だと理解しています。
それは、岩手花巻の胡四王神楽「天岩戸開き裏」の
すべて「裏」とされた流れの舞の中にも残っていると感じました。

カグツチ(輝く蛇)もわかってみればヒルコのことです。
流されたり斬り殺されたり何度も何度も念入りに呪(しゅ)をかけて大和から封印されてきた太古の太陽神ヒルコ。それだけ大和が畏れていたとも言えます。そうとわかってみれば記紀には結構はっきりそうと書かれていますね。
 
諏訪からのながれで、富士山マナの泉を経てヒルコのヘルプを感知してご縁ある皆さんでここまで解いてきました。
沼島にかけられた鎖も解放の左回りで大きくはずされ
漁船に乗りながら私の右目が涙を流していました。
神戸のヒルコを祭る和田神社ではヒルコのSOSを察知して左目が涙を流し、
今回は沼島を左回りに巡る海上で右目が涙をながしながら
『よくぞここまで来てくれた』
と語り掛けてくるものがありました。