今夜は十五夜

 
必ずしも満月が十五夜な訳ではないと知ったのはいつだっけ。
お月見としては十三夜の月の方が美しいとも言われていて。
一昨日の満月は十三夜だなぁ、と思ってみていました。
 
わたしが学んでいた平田篤胤系の古神道ではよく
満月を見てはいけないと言いました。
魄を増大させるから。
人がこの世に生まれてくるのは
魄をいかに小さく納めて
魂を大きく磨くためだと。

魂魄は分けられたものではなく
繋がっていて、
片方が大きく膨らめば片方が小さくなる仕組み。
満月は魄を増大させる。
ただし
魄を純魄(純白の語源)に至るまで
磨き抜かれていれば
満月の影響はほとんど受けない。
しかし地上の人間にそのような人はごくわずか、と。

魂を大きく磨き抜くことが
この地上に生まれた理由で
月の働きの一面として、魄の裁量を司るようにもみえます。
 
けれど今回、十三夜の満月は
何だかこれまで月に感じたことのない慈愛のエネルギーに満ちていた。
月の出はまるで大きな黄色い太陽のようでしたし、
それに皆既月食だったからなのでしょうか?
 
今年五月に向津峰の磐座に包まれてから
なぜか弁天ラインが浮上して
日本地図を広げて調べていたら、
最西端が壱岐島の月読神社に繋がった。
それからツクヨミが来るようになって
九月の個展『玄 双つの月』のタイトルテーマに繋がったのだけど。
双つの月とは魂魄を測る天秤か。
少し前に月に、
そこで何をしているの?と訊ねたときは、
『見張っている』との答えがあり、
あまり穏やかでないものを感じたのだけど。。
だけども
今回の満月は穏やかで、
そんなこと言いそうにもなかった。
たくさんの人が
綺麗綺麗と見上げた今回の満月は
どこかいつもと違うエネルギーを放ち、
これまで月に感じたことがない
親密さと癒しの高純度な振動を受け取っていました。
 
魄は、悪いもののように思われがちだけど
実際には魄が動かなければ
肉体を持つ人の魂は地上では稼働しないように
そういう仕組みになっている。
もし月が魄を増大させるようなエネルギーではなくなっていたら
この世界はどのように変わるのだろうか。
実際一昨日の満月のエネルギーが
これまでと異なりとても親密で
たくさん月からの穏やかなエネルギー振動を受けとりました。
 
 
 

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