ある方へ書いたお手紙より

『お心を感じるお返事ありがとう。

わたしがやっていることは新しいことを追及しているわけではなく、
本質をただやっているだけでとてもシンプルです。
むしろ縄文人のような懐かしいことです。
そこに真実をみている人たちといまを生きている実感があり、
お客様と便宜上書きますが、
すでに今は送り手と受け手だとか表現者と観客といった枠も区別もなく
だれかが先頭になって・・というピラミッド形式でもなく、
それが直感的にわかる人たちとの和になるような循環がおこっています。
ご縁のあるかたがたは家族以上の家族です。
金融と時間に操作されている本質に気づけばブロック外しもできる。
私もそうやって何年もかけて
何かに他たよらずに自分で自分の心に訊きながら
ブロック外しをしてここにたどり着いています。
 
今やっていることが、
この魂が地球に生まれて一番やってほしいことだというのがわかりました。
作家とかとかそういうことではなく、
魂そのもので活きていることです。
地球に生まれてきた意味、それを忘れてしまっていたけれど、
思い出すことができました。
その思い出した大切な本質の振動を
必要な人に作品で渡すこともありますが、
エネルギーそのものを渡すこともあります。
できればエネルギーで渡す方が好ましいとわたしは思いますので、
ですからリトリートやエネルギーセッションをタイミングが良い時に開催します。
ブロックが強い人にはリトリートはお勧めします。
二泊三日で完全に低い次元から切り離されるので、
自分自身の魂の本質にアクセスできます。
 
意味が理解できないひとにも氣功でならお伝えすると魂に届くこともありますので
氣功のワークを開催することもあります。
なにかやってもらう、という依存では何も起きないので、
参加者が自分で自分に施す氣功です。
氣功に関しては京都の氣功の学校に通年学んて師範になったこともベースになっていますが、結局そのあとはいかに自分の内側にアクセスするか、ですね。
魂がほんとうに震えるんですよね。
きっかけがあると
わすれていた魂の大切な記憶も思い出します。
そこからほどけてゆきます。おどろくほど心身が楽なります。
 
そのなかでいまも作品制作をするのは、
もので渡すということが必要な方もいるので。
(追記・舞、水の繋ぎ等、可視不可視のことをされる方々の必要なものざね、
日常の中で土や自然の力を利用されている方のものざね、
本質からものに顕現することで本質へ響かせるものざね・・)
 
衣食住は本来、
日常の仕事と生活が総べており、分断がありません。
総べて高振動で活きることを決めてから
ほんとうにそうすることができました。
循環がはじまったからです。
自分が変わることで、
循環ができない振動・波動が合わない人たちとは
どんどん縁が切れて軽やかになりました。
ですから今までの人生の中で今もっとも心身の状態が優れています。
それを伝えられるようにいまの私個人でやっている活動があります。
その一環が展示だったりしますね。
 
そういった意味での人とのお付き合いですから、
展示やセッション、リトリートにお越しの方は
当然いまわたしとおつきあいのあるみなさますべて自営・お勤めに限らずお仕事もしておりますし、
ご家庭の事情もありますが、
直感に従うときは、遠方でも仕事でもすべてブロックを外して
(本質を求めている方にはできるのだと思います。)
魂の状態をよい状態に保つことをできるかぎり優先します。
優先せずとも、まるで「最初からそうなっている」ように
すべてのタイミングがあってお越しになる方もおられます。
いまや不思議なことが、もう普通になってしまいました。
ひいてはそれがすべてを、家族を、地球を、よくしていることがわかると
タイミングも自然と合ってくるんですよね。
自分をしばるための数字も数えなくなりますから。
 
私も、物理的な距離も関係なく、
時に縛られず動けるのも同じ理由です。
まずさきにそこにエネルギーの循環があるからです。
お金と時間というのは誰か他人が作為的に作ったもので、
宗教のように信じ込まされている故、ブロックがありますが、
氣づけば外すことはできますね。
ブロックが外れた後の、
たくさんの人との共振・滞りない接点があること、
なによりこの地球からの贈り物だと感じます。
 
そうやって個人個人が粒だって生きることができて
初めて依存なく、ひととつながって循環が始まります。
 
そういったことを今している、そうやって生きています。
伝わるかわかりませんが、本来すべて自分の心に本当のことを聴いてみれば、
じょじょにでもわかることかなと思います。
 
お返事拝読して、本位が伝わっていないと感じて、
言葉だと振動がどうしても荒くなり、
また言語ができないことを無理に言語にするので長くなりましたが、
みんなに伝えると書かれていたので、
違ったことを伝えられてしまうのは本意ではなく、
あえてお伝えさせていただきました。
 
誰かに見せたり評価されて活きるのではなく、
じぶんの内側に訊いて本質と繋がって活きるということです。
 
MAJOより』
 
 このあと、お手紙がお心に届いたのを感じる過不足の無い素敵なお返事をいただく事ができました。言葉にしたものが、言葉をも超えて届いた瞬間。それも、そのかたもわたしもそれぞれの歩みがあり、いまここにこうしているからこそ、和がかさなり通じたように思いました。

 

 

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