今回の出張で訪れた場所はどこも呼ばれて訪れています。
今回の旅の最終日の予定を立てているとき、土地勘も何もない私に「石上神宮」と来ました。そのメッセージを受けると同時に旅の同行の方より『石上神宮に行きます』とのご連絡が。ダメ元でお願いしましたら車に同乗させて頂き連れて行って頂けることになりました。そのまますんなり奈良駅から帰る途中に石上神宮はありました。
思えば石上神宮の手水舎が夢に出てきたのはもう4、5年前のことでしょうか?その時もおぼえがきに書き記した記憶がありますが、今回、夢のままに実際の石上神宮の手水舎を目の当たりにするとそこには『布留社』と石に彫られてありました。
石上神宮の私の印象は、一言で言うとエネルギーにまとまりがなくバラバラな感じ。境内の杜は何故か荒れていて、何か鉄砲水か土砂崩れにでもさらわれた地表がそのまま放置されているかのような印象がありました。何故なんだろう。
そして境内の地面のしたで大きな水の神様がうごめいているのを感じました。『ここは水の神様のお社だね。』と口をついて私は言いました。
後で家に戻ってから石上神宮のホームページを見て驚きました。手水舎の真向かいに大きな池があり(現地では暗くて気づきませんでした)、そして本殿の後ろ側には一級河川の布留川が流れておりました。現地で感知したとおりにここの古くからのご祭神は間違いなく地元の龍蛇神、水の神様だと確信しました。
磯の神/イソノカミと言うくらいですから、かつては海洋民族が海から布留川を遡りこの地に矛を立てたのかも知れません。
社務所で暦を頂きましたが、何ともその内容が占い的なことばかり書かれていてこのような暦も初めて見ました。大抵は二十四節季に基づく農業のことが記載されているのですが。。やはり土地の土着のというよりは、外から入ってきた別の民族の打ち立てた神殿文化なのかも知れませんね。。古来の土着のものが地面の下に隠されて。。それでバラバラな印象を受けたのかも知れません。
七支刀と呼ばれる神剣が祭られているとも言いますが、それもまた百済からのものと言われています。
また石上神宮にもまつられているフツヌシノカミというのは、富士山の魔王天や、大甕神社に見られるように大抵封印した(土着の)ものの上に打ち立てられていることが多い印象です。
新しい地球での統合がうまくいくと良いです。それは石上神宮の荒れた杜の復活にも顕著に顕れてくることでしょう。そのような思いで境内を後にしました。

