冨士の黒茶碗

今から20年くらい前、萩焼の業者さんにお世話になっていたことがありました。あちこちで陶器市を主催されていたのでその出展に呼んで下さっていました。

いつも業者さんは、四トントラックで会場に来られて本当にいろいろな萩焼のうつわをまぢかで見せて頂きました。

私がお世話になっていたその業者さんは、主に大皿とお抹茶茶碗を扱っておられました。

陶器市会場でずらりと並べられたお抹茶茶碗の中に、ずっとわたしが気になっている黒い釉の掛かった小ぶりのお抹茶茶碗がありました。

つやつやとした漆黒の茶碗の正面に、ふっと浮かぶように雪をかぶった富士山が釉薬の偶然でみごとに浮かび上がっておりました。

わたしはその茶碗をみるにつけ、引き込まれるような気持ちになっていつしかこれを買いたいと思うようになりました。値段は30000円とありました。

萩焼の業者さんのお話の中で印象に残るのは、某若い女性が『良いお茶碗でお茶漬けを食べたいんです。』と、四万円のお抹茶茶碗を購入されたというお話。

良いお茶碗というのはそれだけのエネルギーが宿っていると言うこと。それを日常につかうと言うことの意識、何の枷も感じません。自由です。

萩の業者さんも、ひとつのお茶碗ができあがるまでをいつもお話くださって、土採りから精製、水ひ、火の確保、等々等々。。そのお話の内容に沢山のお客さんが引き込まれていく様子をいつも傍らで見ていました。丁寧に時間を掛けてつくられたひとつひとつのうつわにはそれだけの大地の物語があり、地球のエネルギーが宿っていると言うことを知ってもらうのはとても大切なことです。

件の黒い富士山の幽玄なお茶碗。後日、価格を確認したら一桁見間違っており300000円でした。

あの萩の業者さんは今はもうお店を畳まれているようで、ごく稀にネットオークションなどで業者さんの店名を冠したうつわが散見されます。

あの黒い富士山の茶碗がどうなったのかわかりませんけれど、今のわたしは20年前のあのときに萩の業者さんを中心に関わっていた陶器にまつわるすべての人々の立場と気持ちが、自分ごととして今はわかるように成ったなぁと感じています。

  

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