諏訪ラスト!

ちょうど泊まった宿の目の前の辺りの湖底から
旧石器時代~縄文初期の遺跡と遺物が
数万点も見つかったのだと
後になって知りました。

諏訪のご神体は諏訪湖そのものでした。
地母神である本来のお働きの弁財天がその化身として
ここでは存在しているといっても、もしかしたら良いのかもしれません。
日本の古来の書物等はかなり書き換えられてきておりますから、
現地で受け取ったものは本当に大きいです。
 
今回の旅を、ご同行のかたの一人が『諏訪湖との蜜月』と言いました。
本当にそうでしたね。
 

 
八剣神社のおぼえがきにも書きましたが
諏訪では廃仏毀釈の時まで
お寺は神社を守護するものでした。
今回の旅で春宮がとても大事に感じていたので、
まずは春宮の守護をしている慈雲寺へと向かいました。

どこか厳しさを感じるほど
きっちり手入れされている境内。
(けれどまったく人気がなく、不思議な感じでした)
さらに奥へ。

おそらく訪問者が入れる最奥と思われる場所に、
なんと・・
祭られていたのはおそらく弁財天でした。

寒さの為でしょうか、池の水は抜かれていますが、
弁財天のことをご存じでしたらだれもが疑うことなく
池の真ん中の島のお社は
弁財天がお祭りされる形式のものとわかるでしょう。
池の傍には(同じく水は止められていましたが)滝もありました。

慈雲寺は女神を守るナイトのようなきりりとした雰囲気を感じました。
そしてその慈雲寺の山中の参道にあるこちらのお社も
今回の旅で訪れたいと思っていた大切な場所の一つでした。

弥栄富神社

今回の旅の同行者のお一人がここにご縁深くいらしたようで
祈りとうたに女神が本当に喜ばれているのが感じられて・・
辺り一面猛吹雪に。
ふしぎとそれがなんとも心暖かく愛らしいものに感じられました。

お社近くの磐座
セオリツヒメを感じると思いましたらお不動さんの滝でした。

 
不思議なことに、今回どこに行っても
そしてどんな天気でも・・たとえこの時のように猛吹雪であろうとも
空にはヒルコさんが見守ってくれていたのでした。

 
そしてこの旅の最後に訪れた春宮。


この諏訪の旅のシリーズのおぼえがきのはじまりの方に、
 
『一日遅れの豆まき豆・・かと思っていたら
どうやら諏訪では日付が違うようで、
翌朝驚くことがありました。
それはまたつづきにおぼえがきしようと思います。』
<https://majo.moo.jp/oboegaki/?p=24641>
 
こんな風に思わせぶりに書いておりました。
 
諏訪にきてわかったことというのは、
2月1日に春宮へご祭神の女神が遷宮されてお召しになるということでした。
(諏訪の春宮では8月~1月の間は春宮に神様は居られないのだそうです!)
そして2月3日は
諏訪の春宮と秋宮では大追儺(大晦日)とされており、
春宮と秋宮で豆まきや行列などお祭りが行われ、
このことも3日の朝にニュースで初めて知り、
同行のみんなで驚いておりました。
今回の旅は(も)まず日程が降りてきたので
そのまま素直にその日程で諏訪に来ただけでしたので。
わたしたちは何も知らずに、
2日から3日の夜中の0時にかけて諏訪湖で立春を迎えたく思い、
湖を目の前にうたや捧げものでお祝いをしておりました。
 
ですから2月4日
わたしたちが春宮を訪れたこの日は諏訪の春宮では新年元日だったのです。
遷宮されたばかりの春宮の女神に
年明け最初にご挨拶ができたのでした。
 

はからずも新しい時代のはじまりのときを春宮で祈り、
そしてそれぞれに玉のエネルギーをものざねに宿して
春宮の女神よりお土産にいただいたのでした。
 
ひとりひとりが自分らしく地上を開き振動高く進んで行けるエネルギー玉。
わたしもこれをこれから活用し、
みなさんと大きく回してゆきたいと思います。
これからご縁ある皆様お一人お一人が粒立ち、
一緒に創造してゆく世界が本当に楽しみですね。

記念にと春宮でひいたおみくじが
何よりのメッセージでした。

ひとり谷間で鳴いていた声も
いよいよ人々の軒先にまで届き花開かせるに至るときなのでしょう。
そんな方々が周りにたくさんいらっしゃいます。
いよいよ時代がやってきますね。(なんだかとっても嬉しくてこのおみくじを枕元に置いて眠っています)

ヒルコさんありがとう。
 

 
諏訪から戻ってきてから
何故か何となく海に行けない感じになっておりました。
 
今日、なにかがふっきれたように
とても久しぶりに海に行きました。

裸足で海に入ると波たちが待っていましたと言わんばかりに
子犬のように親しく飛びついてきて
服やらズボンやらびしょぬれに。
半島の陰から富士山がのぞいていて
江ノ島の灯台もみえて
そうしたらしあわせな気持ちになって
海と一緒にたくさんうたをうたいました。

  

 
諏訪の旅のお話はこれでおしまいです。
 
今回は旅するにあたって
『何もしないで』というメッセージが降りてきました。ですから諏訪ではただ車の運転手でした。(それがまたシリウスの記憶につながるので、とにかく何もかもが良くできた脚本のよう。シリウス時代から引きずっていたトラウマのようなものがこの旅で解消されたことが後になってわかりました。)
ぎりぎりまで行けるかどうかもわからない困難な状況でしたが
ご縁繋がった方々からサポートいただいて
旅の同行の皆様からサポート頂いてこうして祈りの旅を終えることができました。感謝致します。
今回の旅で視たことやメッセージは、
今後この世界に反映されることでしょう。
それにともない必要なものを、
私ができることとして100%エネルギーフル回転で
これからも展開してゆきたいと魂が言っております*
 
長きに渡る諏訪の旅のシリーズのおぼえがきをお読みくださった皆さま
心からありがとうございました。
 
今回の旅で諏訪湖が本当にいとおしい地と成り、
魂の奥ではこの土地に対して
ことばにならない何か深い納得がありました。
 
かつて海洋民族が川をさかのぼり
深い山々をいくつも越えて
在る瞬間ぱっと眼前に開ける諏訪湖を前にした時の
その感動が
まるで自分の物のように感じらて
いまも諏訪湖を思うと心ふるえます。 
 
  
 
 

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