食のエネルギー

いつもお世話になっている江戸時代から代々の農法で続く近所の農園さんで
たくさんのジャガイモを買わせていただいたので
最近はよくトルティージャを作っています。
品種改良と残留農薬のアレルギーがあってあまりお米は食べないのですが
無農薬無肥料栽培のもち米を見つけて珍しく炊き
本当に美味しくいただきました*
 
時々、都合柄、外食が続くこともあるのだけれど
そんな時はある程度アレルギーを避けて選べれば
普通に食べられるものも多いのですが、
けれど外食が続くと
どんなにお腹いっぱいに物理的になっても
エネルギーが足りないと感じる。
それで体調を崩すというパターンなので
自らの健康を保つには外食は2食続けてまで、という感覚がある。
 
外食でもエネルギーのことがわかる方が食材を扱い、
心あるかたが作ってくださるものでしたら
(地元の飲食店の中にはありがたいことにそういったお店もいくつかあって)
そういったお店で食す食事でしたらちゃんとエネルギーが心身に巡るのですが、
エネルギーのことがわかっていない方の作るものは
食材の選び方からしても調理の仕方にしても
残念ながらエネルギーにはならない。
だからいくら食べても空腹感がある。
つい食べ過ぎになることの真相には
そういう理由があるのではないかしらとも思っています。
 
作り手の状態から発するエネルギーは明らかに食事に込められます。
そういう意味では必ずしも自然農の食材でなくとも
作り手がきちんと自然の宇宙につながりエネルギーを発しているものであれば
やはりその食事にはきちんと心身に必要なエネルギーが宿っているということは何度も体感していて、
そこに宿るものというのは
神羅万象への『愛』なのではないかなと感じています。
母なる愛。
 
本当にエネルギーのあるものをいただくと
キラキラと輝くような繊細なエネルギー粒子に満たされて
ポカポカとした陽光のような感覚に包まれる。
心身が満たされる嬉しさとともに
自然に感謝の気持ちが湧いてくる。
 
『食べ物に感謝しなさい』と言語化される時点で
また頭で栄養素の知識に頼るばかりでは、
既にその食にはエネルギーがないのではないかと思う。
食への感謝の気持ちというのは外から言われるものではなく
理屈などを超えて命が満たされた時に
自然と湧き上がってくるものだから。
 
少なくともそれを知っているか知らないかでは
生きる世界が全く異なって視えると思います。
 
そういった意味では
2016年にお米などの重度のアレルギーを発症したことというのは
それ以来、自分の体という優れたアンテナを手に入れることができて
そのお陰様で心身にとって本当にエネルギーのある食べ物という本質に
出会うことができたのだと思っています🌏✨
 
 

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