更新

新しい名刺が出来上がりました。
 

 
諏訪からつながる縄文の大地や森の泉の
言葉では言い表せないような
懐かしくも新しいエネルギーが小さな四角い紙に転写されました。
 
この名刺を手にして、急にさまざまな更新がおこりはじめて、
自分のHP内の手つかずになっているコンテンツの滞りが
妙に気になり始めて、
ここ数日缶詰めになってこつこつ
HPのマイナーな更新作業を行っています。
 
すでに気づいてメッセージくださっている方もおられて、、
ごらんくださってありがとうございます*
MAJOホームページ
http://majo.moo.jp
 
新らしい名刺を見ていて改めて、
今までとは全く違うのだなあ、と感じ入っています。
これまでの続きという感覚ではなくて
なにかもうぜんぜん違う世界なのに
どこか懐かしい感じと
何かを超えた新しい感覚がきています。
本当にうまく言葉では表現できないのですが。。
 
現在私の工房イソラにて
『あまつみかぼしアチューメント
~大地*土をとおして子宮へのアクセス~』
を開催させていただいているのですが、
HPの更新にともない特設ページをつくりました。
 
このアチューメントをご体験くださった方より
素敵なご感想をいただいており、
ご本人の許可をいただいて
同ページ内の最後に掲載させていただきました。
あまりこういう掲載はこれまでしてこなかったのですが、
このアチューメントを体験された方のお言葉が
一番のメッセージであると感じました。
ぜひ合わせてお読みいただけましたらと思います。
 
あまつみかぼしアチューメント特設ページ
http://majo.moo.jp/share/amatumikabosi.html

 
 
 

今夜は十五夜

 
必ずしも満月が十五夜な訳ではないと知ったのはいつだっけ。
お月見としては十三夜の月の方が美しいとも言われていて。
一昨日の満月は十三夜だなぁ、と思ってみていました。
 
わたしが学んでいた平田篤胤系の古神道ではよく
満月を見てはいけないと言いました。
魄を増大させるから。
人がこの世に生まれてくるのは
魄をいかに小さく納めて
魂を大きく磨くためだと。

魂魄は分けられたものではなく
繋がっていて、
片方が大きく膨らめば片方が小さくなる仕組み。
満月は魄を増大させる。
ただし
魄を純魄(純白の語源)に至るまで
磨き抜かれていれば
満月の影響はほとんど受けない。
しかし地上の人間にそのような人はごくわずか、と。

魂を大きく磨き抜くことが
この地上に生まれた理由で
月の働きの一面として、魄の裁量を司るようにもみえます。
 
けれど今回、十三夜の満月は
何だかこれまで月に感じたことのない慈愛のエネルギーに満ちていた。
月の出はまるで大きな黄色い太陽のようでしたし、
それに皆既月食だったからなのでしょうか?
 
今年五月に向津峰の磐座に包まれてから
なぜか弁天ラインが浮上して
日本地図を広げて調べていたら、
最西端が壱岐島の月読神社に繋がった。
それからツクヨミが来るようになって
九月の個展『玄 双つの月』のタイトルテーマに繋がったのだけど。
双つの月とは魂魄を測る天秤か。
少し前に月に、
そこで何をしているの?と訊ねたときは、
『見張っている』との答えがあり、
あまり穏やかでないものを感じたのだけど。。
だけども
今回の満月は穏やかで、
そんなこと言いそうにもなかった。
たくさんの人が
綺麗綺麗と見上げた今回の満月は
どこかいつもと違うエネルギーを放ち、
これまで月に感じたことがない
親密さと癒しの高純度な振動を受け取っていました。
 
魄は、悪いもののように思われがちだけど
実際には魄が動かなければ
肉体を持つ人の魂は地上では稼働しないように
そういう仕組みになっている。
もし月が魄を増大させるようなエネルギーではなくなっていたら
この世界はどのように変わるのだろうか。
実際一昨日の満月のエネルギーが
これまでと異なりとても親密で
たくさん月からの穏やかなエネルギー振動を受けとりました。
 
 
 

うみとやまをつなぎ


 
弟橘姫のみたまが永遠の復活を遂げ
めぐりめぐりていまここで
初めて出会ったときのあの瞬間がよみがえる
 
ふたり 舞い
ふたり うたい
 
地上の楽園で
 

 
10月21日から訪れていた諏訪と
10月31日に訪れた江ノ島の、
特別な祈りの顕れのそれぞれの場所のふたつの泉から
お水を汲ませていただきました。
 
その二つのお水を昨日、
諏訪と江の島にご縁あるかたが
合わせて王様の古墳にお持ちくださいました。
 
11月8日のハレの日。
合わせたそのお水を古墳の王様にお届けしたのでした。
 
 
王様と弟橘姫に
ちいさなお食事をご用意させていただき
笛を吹いて
お祝いさせていただきました。
 
 
その瞬間大地から湧きあがるようにつたわる
わくわくとした振動は、
そのまま私のからだの背骨に入り
仙骨、尾てい骨に響き渡り
鈴を振るようにいまも祝いの振動を続けています。
 
昨日、特別な満ちる月の日の出来事、
お写真にてご縁ある方へご案内、おとどけいたします。
 

 

 

  

 

 

 

 

 

 
今回生まれなおしや復活にちなみ、
いつもとはことなる自分にとっての初めての道を通ってまいりました。
 

 

大好きな楠のおねえさまがた。

 

 

枯れ木の周りに沢山のひこばえが。

 

 

王様、来たよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

野生の桑の海原のよう。

 

 

 

 

再びめぐり
初めて出会ったあの瞬間のように舞い・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
そしてこの日の夜、
満月の皆既月食を迎えたのでした。
 
きのう、家の屋根の上から望んだ月食の様子は
ひとつまえのおぼえがきをごらんください。
 

 
月がすべて影ったとき
まるで反転するかのように満天の星星が顕れました。
 
心ふるえる一日でした。
 
  
 

変容

いまはあらゆる面での過渡期で、
私もそうですが
私の周りの方々も激動の時代を生きて活きておられます。
それでも同じ先を見ている方々とは
益々ご縁が深まり
最も重要なことは
言葉でお伝えせずとも
すべてが瞬時に伝わるような
レベルアップがすでに更新済みとなっていて。
懐かしくも新しい世界が
すでにあちらこちらに顕現してきて
そういった場にご縁深い人々がひきよせられ
楽園を構築しているのを
ことあるごとに目の当たりにします。
それが頻繁になってきました。
 

 
昨晩は、
中村加奈子さんと宇佐見仁さんが主宰される
香風舎の特別な企画『煌 星 音 軀 命』に伺っておりました。
11月3日から8日に渡る毎日毎日がとても興味深い内容で、
昨日会場でいただいたフライヤーに在りましたことば
「人の存在は宇宙そのもの
わたしたちの中にある、
星々のひかり、
響きとであう六日間」
は、私にとってまさにこころに響く文言でした。
 
昨日は、豊英秋先生による(この日初めてお会いしたのですが
親しみこめて先生と呼ばせていただきますが)
こえとうたのワークがあり、
それはそれは貴重な体験をさせていただきました。
 
おそわりながら皆でうたいましたのは「東遊」。
今ではあまりうたわれることのない古代歌謡だそうで
その言葉あらわれ一つ一つ。
おと(こえ)の出し方。
手で舞うように動くひれのゆらめき
顔の明るみ
うたはすべてであり
そのすべては地上に楽園のエネルギーを顕現することを
体験してしまいました。
 
うた(おと・声)にされることばには、
研究し尽くしても意味がない(意味不明)とされる
歌詞のようなものがあって、
いまでも学者さんの中で喧々諤々されるそうなのですが、
これら意味不明のおと(歌詞)は、
じっさいにおと(声)にだしてうたってみると、
そして豊先生のなんともしなやかであたたかくそれでいて
すっと一本の光のような筋の通ったお伝えにより、
意味のないことばなのではなく
これは、宇宙の言葉ではないか、と、
心が反応するのが分かりました。
いまでいうライトランゲージというものですが、
これは本当に、
昔の人こそ普通に感知し発音しうたっていたのでしょう。
昨日の体感からわたしはそう考えるのが普通に思えました。
 
まずはおりてきたそのままの音ありきで、
それをだいぶん後の時代になって
文字というものができたときに、
表記する都合上、
たとえば、エとオの間のような音などは「エ」と、
乱暴に、あるいはしかたなく、まとめられてしまい、
本来根源から来ていた音は失われてしまったのでしょう。
 
また、意味が付随されている音(歌詞)もじゅうぶんにありますが、
それらをうたうおとひとつひとつに
感情を乗せずに、ただたんたんと
エネルギーの振動だけになってあらわれるようなうたいかた、
それはまるで、
風そのものだったり
波そのもののうたのように感じられました。
 
特に今のような陶芸の顕現をするようになってから、
日常の中でふときく音楽、
メロディーや声による感情の表現やメッセ-ジ性のある歌詞などの
人の意思が働いている歌や音楽が、聴けなくなってしまいました。
けれどそのなかで唯一雅楽だけは
日常のなかでも聴くことができる理由は
まさにここにあると思います。
 
たいせつなおとやうたひとつひとつが
豊英秋先生の純粋な感性で真っ直ぐよみがえっていくのを
昨日は幸せなことに目の当たりにした思いでした。
 
私はスペイン在住時、
カトリック教会の聖歌隊で歌っていたことがあるのですが
そのうたは、音律や教会の建築構造で
地上から天にのぼる仕組みになっているのですが、
きのうの日本古来のうたは
地上そのものがそのまま天となる響きを持っていました。
これは今の時代とても大切なことだと感じました。
 
それから「ととのう」って東の国の方言なのですね。
ととのう、ということだまは、
私もよくつかわせていただくのですが
まさかこちらの方言だとは知らずにいました。
やはり土地のことばには
根源に繋がる力があること(それこそことだま)を思うのでした。
 
東遊。
うた遊び。
昨日のあの響きが背骨に染み入っていて
このうえなく心地よい地上の楽園の振動をつづけています。
ほんとうに豊かな遊びがむかしはあったのだなあと思います。
わたしがうたいたいうたは、
わたしがいつもやまやうみでうたううたは
きっと昨日の体感があったから、
よりいっそう変わっていく予感がします。
 
ひとりひとりが中心となり
水紋のように広がり重なる振動の世界。 
昨日一日、あの場にいられたこと、
感謝の気持ちでいっぱいです。
 

一部はうたのお稽古。
二部は平安装束による東遊のうたと演奏という贅沢な構成でした。

 
 
香風舎『煌』11月8日まで
会場に展示されているエネルギー世界に満ちた
石塚雅子さんの絵画も
この宇宙船のような劇場空間の住人・・必見です。
https://www.kofusha.jp/pages/661187/page_201609281751

フライヤーもとても素敵です*
上記リンク先で詳細ご覧いただけます。11日8日まで。

 
 
 

ヤマトタケルの をち水 響く
    ヒーリングセッション

 

土の弦楽器みかぼし~諏訪 縄文の居住跡にて

 
みかぼしが完成したとき、
ああ、これは流星だと感じました。
燃えながら地球に到達した彼方宇宙からの訪問。
 
先週末は深い山の奥で
ろうそくの灯りをたよりにして
諏訪の神秘のやわらかい泉のほとり
満天の星空のもと
オリオン流星群のピークを迎えました。
 
その満天の星たちをも押すような
誕生のエネルギーに共鳴したみかぼしの音色。
 
大宇宙と母なる地球、
そしてこの大地とそこにいきづく命のエネルギー交流を受けて
さらにバージョンアップされたみかぼしを鎌倉の会場にお持ちいたします。
 
28日深夜12時まで
お申し込みお受けしております。
 
みかぼしの宇宙を体感してみたいというかたはどうぞおこし下さい。
 
——————————————– 
 
ヤマトタケルの をち水 響く
  ヒーリングセッション ~鎌倉の秋の庭にみまもられて 
 
10月29日(土) 開催
 
・1回目 10時半~12時半
  
・2回目 13時半~15時半
 
会場 鎌倉駅より徒歩15分 庭園の美しい古民家にて。
  (お申し込みの方に詳しい地図をお送りいたします)
 
参加費 8800円(税込)
 
お申し込みはメールにて
majo@bv.moo.jp
までお願いいたします。
 
セッションの中で
床に直接寝そべって振動をお受け取り頂くかたちがあります。
楽な服装でお越しくださいませ。
(着換えをご持参のかたは当日会場にてお着換えできます)
   

   
土の弦楽器みかぼしの振動エネルギーを
「をち水」と心に浮かべられた方がおられました。
をち水とは月夜見ゆかりの水といわれ、
永遠の命と若さに繋がるものとされています。
 
そのような神話にあやかり
葉山の霊水ヤマトタケル縁の湧き水をご用意いたしました。
 
をち水いただき土の弦楽器みかぼしとともに響きあう刻。
 
人の体のうつわで
受けとり
響かせ
ほどかれてゆく世界・・
 
 
ピンと来る方のご参加お待ちしています。
 
ドイツの弦楽器モノリナ奏者であり
日本のモノリナの母のような存在である
ひらい麻莉さんとご一緒させていただく
響きのエネルギーワークになります。