今日

古墳の王様の上に舞い降りた太陽。
おおきなおおきな視点からみれば、この寒波は浄化(のチャンス)と感じます。
一過してみれば澄んだ空気となにか尽き抜けたような空。
そして自分の守り方、自分の軸を確認させてくれるでしょう。
突き詰めてみればすべて自分の宇宙のなかにあることも。
 
 
庭の梅のつぼみがどんどん大きく膨らんできました。

空は久々にすかっと気持ちよく晴れて
屋根の上に干した布団はぽかぽかのお日さまの匂い*
 
ひなたぼっこしている制作中のシンギングボウルもきもちよさそうで。


大好きな大地と
愛情たっぷりにお野菜を作るかたと
美しい湧き水と
そこから生まれた今日の朝昼ごはんが
ひかりのそのもののようで。感謝とともにいただきます*

 
 
今日の空をみていてふと思う、
諏訪で感じたジーザスのエネルギー。時々感じ取る猿田彦さんの気配。
視点と次元とを変えて視えるもの。

 
 
 

『天を含めての大地』

2003年頃から独学で学び始めた古神道の中で出会った言葉であり感覚。
天を含めての大地でなければ、この三次元の大地の存在もあり得ない。
天と地の間に鏡を置くと、そこに四方八方へ開かれた世界が映し出される。
 
左右
 
陰陽
 
水火
 
天地
 
昨年の春、この予感はありました。
いま私の手元にツクヨミの鏡が2枚在る。
一度は砕け散り新しく編成された鏡の中央から命ふくらみ
新しいヒルコが生まれてくる。
2023年に20年の歳月を経て
ようやくここに映し出される天を含めての大地。
 
そのために目の前に顕れた「セオリツヒメ」という宇宙システム。
 
道・Caminoが見事に一本に繋がり次々に開いてゆく。
 
 
湛え
 
映し
 
注ぎ
 
降り立つ
 
 
これまでと全く異なる高い振動の世界が現実に成る。
 
 
 

ご縁


日本の国土は竜体といわれます。
その竜体には金脈が走っており
その金脈の上を添うように川が流れているといわれています。
金の微細な高振動が転写された水が各地で自然界の中に流れている。
日本の水質が世界的に見ても素晴らしいものと言われる所以です。
 
龍集・星山の土は宇宙的な黒龍を思わせる。
その土は注ぐうつわ・急須となって生まれたがっていました。
去年おつくりしてすぐお迎えがきまりました
内側ぜんたいに純金を施した急須と成ります。
この土から金が生まれるというイメージがありますゆえに。
 
数日前におぼえがきに掲載した写真:
龍集・星山の土をろくろでひいてうまれてきた急須のパーツたち↓

 
その後、このパーツを組み立てて急須として完成させました。
まずはボディの高台を削り、それから茶こし部分の穴開けです。

穴は、専用の道具でひとつひとつ
注いだ時の角度と位置を確かめながら開けてゆきます。
途中乾燥させながら開けてゆくのがコツ。
わたしのつくるペリカンポットと呼んでいるタイプの急須で
約120個前後穴を開けます。
 
陶芸は、どの工程でも土の乾燥具合が命。
今回の組み立てでは数日の雨の影響で
ゆっくりとした乾燥具合を見はからいながら、
ようやく茶こし穴をあけられる塩梅になりました。

蓋部分のパーツを削って成形し、頭頂部につまみを付けました。
それからボディに、タタラにした土を切り出して注ぎ口を付けます。
(まだ日のある時間から組み立て始めたのですが、
この写真を撮影した頃には外はもう真っ暗になりあかりは室内灯になっています)

『さあどうぞ』といいたげな、とても感じのよい注ぎ口に成りました。
 
こんかいこの急須を作りながら、
土に触れる錬金術的な一環として、
急須の組み立て部分のみ体験していただくワークショップも
面白そうだなあと思いました。
 
急須の組み立ては、
それはその工程だけでもひとつのクリエイト。
そこを取り出して楽しんでいただくというのもよいかもしれない。
パーツたちはこちらで用意させていただいて、
そのなかからパーツの組み立て工程を体験していただき
最終的に急須に組み立てて完成させる。
蓋のつまみや注ぎ口の形の成形だけでも
かなり印象がそのひと独特のものになる。
蓋をつまむときの気持ちになったり、
注ぐときの気持ちになれば、
どのような形がここちよいのか、
そういった土のクリエイトには
物理的な力も働くので
エゴが抜けて純粋に生き物としての心地よさを顕現したときに
まさに注器・急須と成る。
しかもできあがったものは急須はその人唯一無二のものになる。
これも瞑想。
リラックスして
何ものにも追われずに作っていただきたいので
組み立てのみでも制作には2、3時間程度かかるでしょうか。
もしご興味がある方がおられたらですが*
 
2023年はどこか『注ぐ』というテーマがきているのですよね。
数年前にその予兆みたいなものがあって、
急須や片口のような注器は”いちばん身近で小さい滝”というメッセージを
滝川神社で受け取っていたのでした。
今年はそういった不可視の世界からやって来たメッセージテーマに沿った
注ぐ器が生まれてきそうです。
去年の一年間、
思えば水のことをさせていただいてきたことも
いまのここに繋がってきているように感じます。
うつわと水。
あふれんばかりに注がれる。
 

 
今日もヤマトタケルの湧き水を汲ませていただきに参りましたら、
なんと不思議なご縁がありました。
 
今年のメインとなりそうな展示に、
わたしが持っていない技術をお持ちのかたに、
あることをお頼みしたいな。。と、つい2,3日前、考えていたのです。
そうしましたら今日、
ヤマトタケルの湧き水の前で
まさにその職をされているというご夫妻と出会いました。
さいしょはちょっとご挨拶した感じでしたのに、
なぜかお話が転がって・・
びっくりして何度も、そのお仕事されているのですか?!と
まさにわたしが求めていた技術のお仕事の方で、
何度も聞き返してしまいました(笑)
 
そぼふる雨の中、
泉の前で、ついお引き止めして盛り上がって立ち話しをして。
初めてお会いしたのに
なんだかすいすいと言葉がつうじるようで
心湧く嬉しい時となりました。
 
また詳しくは今日のお話が具現したとき
おぼえがきさせてくださいね。
 
日常とハレが同時に普通に存在する感じ。
年明けて、ほんとうに新世界はすごいなあ。
 

湧き水のお社の山椿にも瑞兆の雨。

 
 
 
 

111の日

『海と山と星がそろって大地と成る。』
 

 
去年は土の弦楽器みかぼしの誕生により
わたしの土とうた、そしてエネルギーワークの活動が
大きく動かされました。
エネルギー的にも物理的にも飛躍を感じながら、
2022年春は3年ぶりの神戸へ、
そして秋にはご縁を感じながらもようやく訪れることができた
初めての諏訪へと、みかぼしとともに運ばれました。
 

 
遡っておととし2021年、
富士山の樹海の公式ガイドであるトヨタマヒメさんのご案内で、
竜宮洞穴へ。
これも数年にわたって諸事情により何度も話が流れたものの、
ついに3度目のチャレンジで叶ったことでした。
のちのちにわかったことですが、食のお仕事を通して
わたしにとってとても大切なことに繋がる場所がここ
竜宮洞穴だということがわかりました・・。
 
トヨタマヒメさんとは竜宮洞穴からご縁が深くつながる感覚があり、
可視不可視ともに理解と感覚が深く鋭いトヨタマヒメさんが
(ちょうど去年の春分の日の頃と記憶しているのですが)
ご自身のブログに比々多神社のことを上げられていました。
そこにさらり、と、「うずらみか」のことを取り上げられておりました。
  
わたしはその記事を読んで「うずらみか」にくぎ付けと成りました。
八咫鏡をつくられたイシコリドメノミコトが
おつくりされたという「鶉甕/うずらみか」。
「みか」とは壺、甕(かめ)のことを言います。
古式のご神事では甕に水を張り、
そこに天の星を映して祭事を行われていたとのこと。
比々多神社の公式サイトにはこのようにして
古代、雨ごいをされていたのだと記されています。
 
なぜ鏡を作った神と甕(みか)をつくった神が
同じ女神イシコリドメノミコトなのか。
その関連性は現代的な視点では
全くつながらないように思うかもしれませんが、
上記のように甕も、鏡のように星を「映す」物種である
ということを思えば
そういったものを生み出すのは、
それに適した役職の女神イシコリドメノミコトであるということが
解ってきます。
鏡が霊的なものであるように、
水を張った甕もおなじように響きます。
 

 
昨年は、
上記しましたように、
土の弦楽器=甕の形を水のエレメントから火に結ぶ
みかぼしという宇宙的な響きの彗星のような作品を顕現いたしました。
 
そしてまた、時を同じくして顕現されたのは
一度粉々に砕けて
モザイクのように再編成された鏡(=八咫鏡)の作品でした。
 
図らずも2022年には
甕と鏡の両方を顕現させていただくことになり、
不思議とイシコリドメノミコトが成されていたことと
繋がっていたのをいまさらのように思います。
 
そういったことから
イシコリドメノミコトの甕にご縁の深い比々多神社に
いつかお参りさせていただくことも
その時はまだぼんやりとでしたが、心の奥では分かっておりました。
 

 
心ふるわす2023年が明け、昨日1月11日。
晴れやかな気持ちの良い空の下、
土地の産子さんとともに、
比々多神社へのお参りが叶いました。
 

比々多神社へ出発のまえに
わたしの地元逗子の産土神社にごあいさつして伊勢原へ出発ました。

 

伊勢原、比々多神社へむかう途中
鈴川にて。

 

 

畑の向こうに鳥居が見えてまいりました。

 

縄文のストーンサークル
比々多神社のご神体である大山。
2016年の1月、雪の積もる中を
はからずも山頂までお参りさせていただいたことが
なんと今日に繋がっていました。
諏訪の泉のお水と
ヤマトタケルの湧き水をお繋ぎしました

大地と宇宙を強く感じる元宮のある場所は
まるで前方後円墳の円形の場のようです。
柔和なエネルギー。
大地に寝転ぶと、
あたたかくやわらかく包まれるぽかぽかとした安心感。
わたしが、2016年に大山の湧き水を飲んで
生まれてはじめて湧き水を美味しいと感じたときのあの感覚。
なんとあまくて柔らかい、と感動した
その気持ちのまま大地の振動を感じました。
(昨日は何度か地震がありましたが、
実際にこのときのタイミングで地震があり、
何かこれまで長らく分断されていたものが、
つながったような感じもしたのでした)
 

元宮
帰りにもういちど、
縄文時代の環状列石・ストーンサークルへ。

すごい光でした。

 
この日は剣をおとどけするという大切なお役目もさせていただいて
やはりその場に行ってみなければわからなかったことも多く、
肉体をもって動くこと・まかされていること、を幸せに思うのでした。
 
地元の産子さんとご一緒できましたこともありがたく、
ほんとうにすべて滞りなく、
そして直ぐに調うあたらしい世界を感じたのでした*

鏡開きの日に。