近況とおしらせ『あめなる花とこの世の星・Ⅲ』

工房イソラが3月8日に水火の結びを経て
大いなる変容と切り替わりのときを迎えています。
これはすでに宇宙のシナリオに含まれていたこと。
ただわくわくとして迎えればよい、とのこと。
すべてはもう自分の内に在るのだから。
 

 
今年はイソラの庭の梅の開花はずいぶん早くて
1月中から咲きだしていました。

上の写真は2月中旬のもので
今日の雨に散る花びらも
今はもうほとんどありません。

せっかく今年もきれいに咲いてくれていたのでその時の写真を少しご紹介させてください*

今年もメジロやシジュウカラが来ていました

工房イソラの変化のお話を少し書きましたが、
まず名前が変わると思います。
2017年ころに相模の深い海の底から人魚の姿をした女神イソラがこの工房へ顕現し
助けてほしいというヘルプを受けてから、私の不可視の世界の長い旅が始まりました。
それは原点回帰の旅であり、ここ数年のヒルコの解放に繋がります。
すでにおぼえがきしましたように
そのヒルコのターンが2月28日の江ノ島で綺麗に括られ
次のステージへと参ります。
工房の名称が変わるということは三次元的にも色々準備が必要になりますので
徐々に移行してゆく感じになるかと思います。
流れに乗ってお伝え出来るときが巡りましたら
おぼえがきにてお伝えさせてくださいね。
 
2025年の3月の扉が開いてからほんとうに展開が濃厚で
メンバーシップのかたがたとともに次の世界へ移行する感覚もあり、
何一つわたしがいま行っていることに分断がない状態に調えています。
 

 
自然農の農家さんでは農閑期に入りました。
それと入れ替わるように、
この時期山に入ると食べられる野草が豊かで
人と自然のつながりとありがたさを今年もまた感じています*
農家さんのお野菜がないことだけに視点を向けるのではないこと、世界は豊かであること、教えられます。

つくしとフキの若葉のおうどん。
麺は自分で打ってるので摺ごまをうどん粉に入れて練ってみましたよ*
おつゆは国産の葛粉をいれてとろみをつけました。
国産の葛はお腹の丹田にどーんときて
なかなかにこの時期本物の力になります*
山椿の花はおなじみの天ぷらに*
家では肉魚類を全く食べないので
とくに寒い時期は天ぷらをよく食べています。
体はおのずと自分の健康状態をよく知っていて
自然に必要なものが食べたくなるんですよね~*
その時、体が食べたいものがおいしいものですよね*
年に一度のこの時期の楽しみ*
山のたんぽぽの若葉のサラダです*
柔らかくて瑞々しくて山に生えているのを見つけると
たんぽぽを見た時の一般的な感想ではないのですが
『おいしそう!』とつい思ってしまいます*

地産地消ってよく言いますが、
自分が住んでいる土地の自然の営みから生まれてきたものを食すと何が良いのかというと、
これはもう理屈抜きで第三の目が活性化すること。
まずはこれに尽きます。
今年は特にそれを感じます。
春の勢いに乗せてどんどんこういった命の扉を迷うことなく開いていこうと思います。
立ち止まって考えている時間はなく、
次々に続く扉が分断なく開いて行って居りますから。
本当にすごい2025年です。
直感でピンときたことどんどん進めて参ります。
 
この世で生きるのに自分の直観が最も正確な指針になります。
自分に訊くと最も正確な答えが得られます。
これはすべての人に言えますね。
それには地産地消も大切で、自分がいる土地はどんな食物を育てるのが得意な大地なのかをまず知ること。
そしてその食べ物を日常食すこと。
これは土地のエネルギーの巡りにもなります。
とても大切なことで、大昔を思えばそれが当たり前だったんですよね。
そしてどんなに時代が進んでも自分が住む土地と関わりながら生きる人間の体のしくみは大昔からなんにも変わっていません。 
 
**
 
明日12日から点滴堂さんの企画展『あめなる花とこの世の星・Ⅲ』が始まります。
このタイミングでのこのタイトルテーマにぐっときます。
実店舗に出させていただくのは初めての作品ばかりを出展させていただいております。
 
そのなかから『こころみ』の作品を今日はご紹介させてください。
 
***
 
こころみ『こぼれ玉 ~泉の水を飲むうつわ 兎』

あまの泉
 
おとひめさまが
あまの泉のお水を両手で掬い
その指先からこぼれおちる
しずくのまあるい玉たちが
泉の水をのむうつわになりました

こちらのうつわを『こころみ』たいと思います。
ご購入下さった循環のエネルギーは
近年になって急速に増えてまいりました志事である
祈りの旅や土地と水の繋ぎ、火(ヒ)の繋ぎ
そういった旅のてあてに使わせていただきます。
つぎの旅は京都の元伊勢にて
雅楽師の大塚惇平さんと巫女舞のよしかさんよりお声がけ頂きご奉納に参加させていただくことになりました。
こころみの作品販売から受け取るエネルギーを元伊勢の旅に循環させていただきます。
 
特定の宗教にかたよったものではなくこの世界を大きく視て
既存の概念を外したところで宇宙的な視野を持ったうえでの
自然の心のままに沿った活動になります。
そういった活動をされる方がたが各方面に居られます事、
本当の意味で高い振動密度の次元からこの世界をつくりかえ
自分らしく活きる地上を顕すことを真剣にしている方々が身近におられますこと、大変心強く思います。
上記の大塚ご夫妻をはじめご理解あるかたがたとのご縁大切にしたいと思っています。
そのひろがる波紋にピンとくるかたとをも世界を創る感覚です。こう言った在り方に何かを感じ取られてこころみのうつわをお迎えいただけたら嬉しく思います。「こころみ」とは、心を視ることになります。
 
ご神具につかう調合をしました土を用いておつくりしましたので自然の森の土や木や葉のかけらがそのまま焼きのこって陶肌に印となっています。

玄い粒々は木の皮や木ノ葉など自然の物が自然のままだからこそ。
粒子の揃っていない自然のままの土のうつわに
湧き水を注ぐさまが浮かび、顕現されています。
もちろん食器として使用可能な原料です。

ここ3、4年ほどの新たな志事での旅をするうち
これまで分断されていたものが浮彫となり
さまざまなあらためをしたく思い
(そうしなければきもちがわるくなりました)
あらゆる扉を開けては締めてを繰り返し
必要不必要なものを掴んでは放す を急速に繰り返してきています。

作品の販売の形をこれまでの常識というものから
あちらとこちらという分断されたものから離れて
個を離れて
大きく循環できる感覚を自らも育ててみたいと思いました。
お金は循環するエネルギーであること。
それを知る『こころみ』です。
私にできることは陶芸です。
そこに土台がありその土台の振動がもう昔とは変わっています。
 
あまの泉のこぼれ玉 
金の小鳥に 銀のミキ
金の兎に 銀のミキ

(*小鳥、兎=渡す役割)
(*ミキ=幹、神酒、神器)
 
言挙げをして今後このような形での販売=私の手元からのエネルギーの巡らせかたを考えていきたいと思っています。 
 
ピンと来てくださっている方と一緒にエネルギーを巡らせる感覚。
その感覚が栄えますように、と心が言ってきます。
ですからこれは私ができるせいいっぱいのこころみです。
 
点滴堂企画
あめなる花とこの世の星・Ⅲ』
2025年3月12日(水)~3月30日(日)
12:30~20:00(月・火曜定休)
会場/点滴堂 HP
東京都武蔵野市中町 1-10-3 2F
 

 
今日のおぼえがきはとてもながくなってしまいました。
お読みくださってありがとうございます。
 
最後に。
おぼえがきから生まれたメンバーシップ
その名称のとうり今この時の船を一緒に動かしていくメンバーです。
用いるツールは『瞑想』です。

初期メンバーとなるみなさまがおぼがきからのご縁を中心に繋がってきております。ご縁に感謝いたします!
メンバーシップが独り立ちして巡りだすまで
しばらくは母体であるここおぼえがきでも
メンバーシップでの活動のことお知らせさせてくださいね。
おぼえがきと併せましてどうぞよろしくお願いいたします*
 
 

ワーカーホリック?

先月前半がほとんど寝込んでいたので後半は志事三昧のまま西暦の年末年始を通り過ぎてそのまま休みなく1月も氣がつけばもう半ば。

ワーカーホリック?ただ生きてたらそうなってた、と言うだけで何かが犠牲に成っている感覚は自分の中にはどこを探してもない。こういう感じは子供のころからそうで(子供のころは誰でもそうかも知れませんが)

いまは大人なので子供のころより自由度高く(大人っていいね)毎日気づけば明け方になってて。食事もそういえばたべてなかったり。志事をしているとお腹が空かない。

何かを犠牲にしている仕事中毒のことをワーカーホリックと言うらしいのでこれは違うのかも知れない。何より満たされている。

そんな話を昨日、少し体を休めようと訪れた地元カフェのお姉さんと話し込んで、言われたのが『瞑想みたいですね。すごく楽しそう。元気そうだから大丈夫だね!』と、わたしの志事のやり方に太鼓判押してくれました。

今日も屋根の上(屋外)で、上着も着ないで(むしろ動きにくいので上着を脱いで)、日没後も暗くなる手前ギリギリまで制作。古墳の王様に見守られながら、精麻と富士山で汲ませて頂いたマナの泉のお水と若水でかみを漉いておりました。繊細なかみがみが顕れてくれて嬉しい。

金の片口のうつわのなかで寝かせていた精麻の繊維を漉いて結び直しをしていると、透き通るように顕れた1枚1枚のかみがみから沢山のメッセージが降りてきました。

新しい国産みのはじまり

クウ(空)

ソラ(宙)

形に成るもの成らないもの

生まれてくるもの生まれないもの

天の輪の中にはクウ(空)があり

地の輪の中には種がある

クウの中のクウを行く舟 種を運ぶ

天と地の間の壊れた世界で

あるいはべつの宇宙へ

やがて再生するために

やがて生まれてくる子たちのために

新しい世界のはじまりのために

そんな星生みの新しい神話が、精麻の柔らかくふわりと顕れた優しい繊維とともに「かみがみ」に漉かれてゆきました。
 
 

  
 

感謝の日常より

自然に歌がでてきます。

 

最近、鼻歌うたってますか?

町を歩いていて、鼻歌うたってる人をいつの頃からか見なくなったなぁと。私は、鼻歌は豊かさのバロメーターだと思うのです。

つれづれに先日の出来事をおぼえがきしてみます。

ご神具の制作をしていたまっただ中に、どうしても外出する用事ができて、町を歩いていたら、私の真後ろを歩いている女性二人の話し声が耳に入ってきて。それはなんと言うこともない単なる日常会話の内容だったのだけれども、ご神具の制作中は私の波動が通常ではない超越的に繊細な状態になっていたので、その女性二人の会話の振動が否応なしに耳に入って来続けるのがとてもつらかった。

狭い歩道の、なぜか私のすぐ真後ろでその二人の女性は話し続けておられて、私は、不協和音を強制的に聴かされ続けているような感じというのでしょうか、あまりにつらかったのでその時『いま私は私のために何ができるかな?』と心に訊ねたら、うたが出てきました。

海や山でいつもうたうように、いつもの声でいつものように歌いました。ただ自分のために。

すると二人の女性は、ぴたりと話すのをやめて私の真後ろにいたのを歩調を落として距離を置いてくれたのです。たすかりました。

単に『何この人、変な人~』と思われただけかも知れませんが、それは他人の評価であって私の軸では全く関係のないこと。そしてその時私が感じたのは、『町なかでうたうことってそんなに変なことだったっけ?』と言う新たな疑問でした。

私が子供の頃はけっこう普通にみんな日常のなかでうたってました。町のお店屋さん、買い物中のお母さん、通りすがりの人たち、誰でも自然と鼻歌が出てくる環境、それが普通でした。

人はいつから日常うたうことをやめたのだろう。他人の評価や他人の目線を優位に立ててうたうことをやめた?それはとても不自然なことで、もしかしたら人としてあり得ないレベルのことなのではないだろうか、と。自然の鳥はそんなうたいかたはしないよね、と。そんな疑問が心に湧いてきたのです。

人が人を監視して『それはおかしい』と定める。家で歌番組をみながらうたうのはよし、カラオケで歌うのはよし、特別に指定された空間でうたうのはよし、と、他人の目を気にして他人のお手本に習い、自らの内から湧き出すものを押さえ込んで無かったものとし続けたとしたら、人は何を失ってしまうのだろう。。日常はどうなってしまうのだろう。小さな小さな疑問が心に湧きました。

その日、私はそのまま、二人の女性のこともすっかり忘れてうたをうたいながら町の中を歩いていました。うたいだしたら、思いのほかとても心地よかったからです。私自身、町でうたうことにブロックがあったことに気づきながら。

こうして実際にうたってみると、町を歩きながらうたをうたうことは、以外とハードル低かったんだなあ、と。勝手に自分でハードル高いと思い込んでいただけなんだなあと、わかったのでした。

これからの時代、こう言った自分軸の思いや行動することは本当に大切になると言うことを体感で学んだ出来事でした。

1度、自分軸(他人視線の世界に生きるのではなく)で、町なかで鼻歌でもうたってみるとよいですよ。すると自分が何を失っていたのかハッキリわかると思います。

 

つちつくり

古墳の王様に盃の湧水をささげたので
水火のうつわの置き方は左右逆転しています。

オーダーいただいているものざねの土づくり。
昨晩の暴風雷雨の懐深い心地よさと
今日のハレのさわやかな心地よさ
両エネルギーがむすばれて
土のエネルギーに転写されるのが分かりました。
心に訊ねてうごけば
いつだってベストなタイミングが用意されているのだなあと
つくづく。
 

オーダー主さんの用途に合わせ
必要とされるエネルギーをもつ土が数種類、統合されて行きます。
みなもとで必要とされるものを顕現するにあたって
マニュアルではなく常に心に訊ねます。
すり鉢で土を砕く作業には独特のリズムがあり、
先日拝見した花巻のお神楽のリズムにとても良く似ていて、
やはりそれは深く内宇宙に結ぶリズムなのだと感じます。
つちを練り上げるのに必要とされるお水によって
顕現するものも異なってくるので、これもまた
深く訪ねて心に浮かぶお水を用います。
すべてが最上に調っていきます。
心はいわばポータル。
大切な扉です。
つちづくりは新しく生み出される一つの神話のようですね。

 
 

岩手花巻 胡四王神楽より

YouTubeサイトよりご覧頂ける各動画の説明欄もぜひ合わせてお読み下さい。

龍王殿前庭に出られて今回特別に
神楽の前に舞って下さいました
三番叟裏
八幡舞裏
天の岩戸開きの舞裏

 すべてを紹介することは到底出来ませんし音の響きの素晴らしさも全くお伝えできていないとは存じますが、今を活きることをひしひしと感じる神楽の皆様への感謝と感動のせめてものお印として。光が闇となり闇が光と成る時代に。

心ふるえます。 

  

*プレイリストにまとめました。全ての動画を自動再生で続けて見たい方は下記リンク先からどうぞ。

https://youtube.com/playlist?list=PLFW2b70x-2Dy5chdoNmlcQ0GZi9jgFvX2&si=2SlymHrv4l01OYIj