今日も

湧き水の帰り道。

ただ湧き水を汲みに行くためだけに出かけることを改めて思ったとき、なんと豊なんだろうと心に感謝のエネルギーが湧いた。

どこかの国の子供が毎日何時間もかけて水を汲みに行く話を昔テレビか何かで放送していたけれど、真の豊かさとは主観的なものであって、渦中にいない他人が決めるものでもない。学校に行けない、学校が無いと言うことが果たして本当に『可哀想』なのか?今になってすべて他人軸の世界での出来事であったのだと知るわけです。

イソラ火を持つ

今日もいつもお世話になっている農園さんへ伺うと、
焚火にお呼ばれしました*
 
『火はいいね。』と
農園の方とじんわりほっこりお話しました。
二輪の梅の花をうかべたお白湯をいただきながら。。。
このお白湯、昨年もいただいたのを思い出し、
ただ梅のお花にお湯を注しただけなのに
芳香よく、なんとも夢心地のお白湯になるんです。
うちの庭の梅もまだ咲いているのでためしてみよう・・。
 
農園の方は焚火の燃えた薪を火鉢の中に移動させながら
火鉢の中の墨の具合を確かめられて、
火鉢の中からおくるみされた
なんとほかほかの焼き芋を取り出して分けてくれました♡
 
火鉢で焼き芋!
『いいですね~いいですね~』
と遠赤効果であま~くてとろりとした焼き芋をいただいていたら
『眠っている火鉢があるからよかったら差し上げますよ』と。
 
なんと。
 
実は、
手をかざして温めるのに火鉢はどうかしら?と思って
ちょっと探していたんです。
なんとも嘘みたいなタイムリーなお申し出に
即答で『いただきたいです*』とお応えしたのでした。

農園奥のお社のご神木のイチョウの落ち葉の下から
お顔を出していたロメインレタスたちがかわいい*

工房イソラには昔から炭起こしの五徳や
数年前に買った小型のトーチストーブはあるのだけれど
本格的な火鉢は初めて。
ほんとうにかわいいこがイソラに来てくれました。

明日から火おこしの練習です*
 
1月29日にARCAさんin spaceはこぶネの企画での瞑想会のあとの
お話会の中で火と水のお話をさせていただいたばかり。
圧倒的に、
火のことをするかた、
火を調える方の手が足りない、と。
水で火を制するのではなく、
火を調整することができるまさに草薙剣、というニュアンスで
お話させていただきました。
身近なところで、調理もそうですし、
アロマを焚いたり、直火を使う機会を増やしてほしい、と。
日常のなかでの火とのおつきあい、
それが火を調整するということに繋がって大切なことなのです。
いまは火があまりにも制されていますから
その反転が大きいものにならないためにも。
 
そんなお話が瞑想会で出たばかりでしたから
まさかこうして工房イソラに
火鉢が来るとは・・・!
あまりに直球ストライクな展開でうれしい。
火鉢こそ、火の調整をしながら暖をとったり
調理をするのに使ったりと
つねに火を見て調えながら身近に置くものざね*
こういった動作が日常に加わるのは
なんだか本当にあたらしい展開を迎えたことを感じます。
 
火鉢初心者としてはまずは炭おこしから。
(「炭起こし」っていいことだまですね。
眠っている炭をおこすんですね。火おこし嬉しい*)
つぎには
やっぱり遠赤でとろり透き通るような
あこがれの焼き芋を焼いてみたいです*
 

農園さんでいただいてきたお野菜であさひるごはん♬
椿とふきのとうの天ぷらも今の時期ならではのもの。
感謝していただきました*

いろいろな変わり目ということもあって
最近おぼえがきが間遠になりがちなのですが
いつも読みにここへお越しくださってありがとうございます*
 
 

新年明けて

庭の梅が咲き始めています。
 
月の暦では、新月ちょうどの時刻の直前までが大晦日なのですね。
ですから昨晩の9:36に年が明けました。
基準のことなる習慣って面白いですね。
そもそもアジアの国で西洋歴のお正月を祝っているのは
現代の日本くらいなものだそうですが。


春は名のみの風の寒さや  谷の鶯歌は思えど  
時にあらずと声も立てず  時にあらずと声も立てず
 
氷溶け去り葦は角ぐむ  さては時ぞと思うあやにく  
今日もきのうも雪の空  今日もきのうも雪の空
 
春と聞かねば知ら出ありしを  聞けば急かるる胸の思いを  
いかにせよとこの頃か  いかにせよとこの頃か
 

『早春賦』。
子供のころ母がよく歌っていました。
ひとは年を重ねるとあまりうたをうたわなくなるのでしょうか。
 

桜山の山桜たちがうっすら仄かに色づいてきました。
とっても仄かな色づきなので氣のせいと思われるかもしれませんが
桜は開花の準備として桜色の色素を幹を通して枝枝に運びます。
桜色の準備を始めた桜山は
ふんわりやわらかな雰囲気につつまれます。

 

窯番つれづれ

今朝のお日さま不思議でした。
 
窓を開けたらどんより分厚い雲。
昨日のように陽光のもとで作品を乾燥させたかったので
『太陽でてきて』
と、屋根の上で両手広げて訴えてみたら、
みるみる・・

厚い雲がとれた訳ではなくて
お日様がぱちっと目を開けたよう。
やがてみるみる・・陽光が強くなり
ぶじにぽかぽかの陽光のもとで作品を乾かすことができました。
「こぼれ玉 泉の水を飲むうつわ」

午後は、
先日リーディングさせていただいた方の
「竜宮のおとたま」をつくりました。
 
・過去の魂の情報
・それにもとづくいまの生き方の選択
・今のその人らしさを構成しているもの
等々そういったさまざまな螺旋構造を読んで
どのような調整器にととのえるのかが大切です。
調整器の方向性がさだまったら
あとはシリウスの技術にアルクトゥルスの叡智がぐんぐん
「竜宮のおとたま」を構成する胎土の中に入り、
その人に合わせたエネルギー調整器
「竜宮のおとたま」と成るのです。
その人らしさ=その人の魂が選択した今の道
というものがあるので、
たとえば、たとえ魂に傷があっても、
たいせつなことは、その傷をただ癒すのではなく
『その傷と生きていく』というその人の選択があること、
そしてその選択がその人らしさ(愛が含まれていたりします)を
構成している場合など
さまざまな階層視野からの無理のない調整が
その人に合わせて段階的に入ります。
「竜宮のおとたま」の胎土には若水(おちみず)が入っているので
その方に合う時期が来れば自動的にバージョンアップしますので
ずっとお使いいただけます。
 
竜宮のおとたま
もっともっと広くたくさんの方にご利用いただきたいと思います。
このツールを使うことで
なにより自分で自分の調整ができるのは良いですよね。
 

 
昨晩寝る前にさまざなま思いが心に浮かんで
眠れなくなってしまったのですが、
想い巡らせているうち、
『なぜいまわたしはこうも手からものざねを生み出しているのか?』という最終的な問いにすべては集約されて、
その答えは自分の奥深いところからはっきりと
『みんなが幸せになりますように』
と出てきて心ふるえて。
じぶんの一番深くの声を聴くことができて
そしてそれに感動することができて
もう明け方でしたけれどようやく眠ることができました。
 

 
起きたら、ひさしぶりに
故郷のスペインの
羊飼いの野外料理「ミガス」が食べたくなって、
ミガスのビターチョコソースがけをつくりました。

スペインに住んでいた時、
友人の叔父さんがおしえてくれた
いまではスペイン人ですらあまり作らない
「羊飼いのミガス」
*とてもおいしくいただきました*

 
 
それから寒い時期は、湧き水のお白湯も
わたしにとってはごちそうの一つです。

水の盃でお湯を注ぎ
火の盃でお湯を注ぎ
ほわあっ


水火合わせて金の渦のうつわで飲むお白湯。 
美味しくいただきました。
 
 
今夜は窯を焚いていますので窯番つれづれに。