地上に顕す

これまで器をつくってきた。
30年の間。
魂の年齢で言えばもっと。

20年以上前の話。
在るとき展示に通りがかったお客さんに『宗教的ですね』と私の作品たちの醸し出すエネルギーを感知されてそう言われた。

今も昔も宗教はいらない
それは他人軸であり枠があり私には息苦しい。

神道には教義無し。
アミニズムとは
自分を信じる直感の力とそこに働く
”ただそうである”という宇宙システムが在るだけだ。
そういったことを何処か感知されて
あえて言葉にしてみたら『宗教的ですね』とおっしゃったのかもしれない。

先日訪れた上映会で、魂の本質の旅を続ける方々の
心のこもった手づくりのおやつをお土産にいただきました。
植物たちと会話をしながら丁寧に作られたことが
手に持っただけで伝わってくる。

 **
 
今日積み重ねていたことが畳みかけるようにしてすべて崩壊した。

やろうとしていたことが出来なくなった。

その瓦礫の中からまだ稼働している物を拾い出すと
それは遙か昔にやろうとしていたことであり
もしくは真っ新な新しさも
併せ持っていた。

その崩壊の中から見いだしたエネルギーを
一つの形に作り始めることにしました。

名前は『白鳥』。
「しらとり」と読むのだと教えられました。

ときを超えた村で丁寧に育てられたホワイトセージの香を焚いた灰。
それに水晶の粉と天草陶石を加えて。


隕石の入ったマナの壺で醸した神ミキと富士山のマナの泉と湧玉池のお水を
上記しました胎土に合わせて練り込みました。

すべすべで滑らかな優しい土になりました。

この土をしばらく寝かせて甕『白鳥(しらとり)』をあらわします。
 
 

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