







Buenas noches*
おやすみなさい*








Buenas noches*
おやすみなさい*

ぺいすさんから株分けで手元にやってきた雲南百薬の花が咲きました*

地元自然農されてるコロボックルさんからいだいた、
大きく育ったインゲンのサヤが美しくて捨てられず。
自然の造形って美しいね。。癒されます。

晴れて「自分内宇宙を信じる」という意味での「自信」を持っての朝昼ごはん♪
(ああ。こういう視点も生まれなおしなんだなあ。と。)
いんげんの中身は玄米と一緒に炊き込んで発酵玄米ご飯にしました。
(まだ発酵途中ですが美味しいので食べちゃってます*)

写真ではちょっと隠れてますが
蓮根は大好物のお野菜で、炒めて食べるのが好きでしたが(今も)
『天ぷらがおいしいよ』と以前るんちゃんが教えてくれて
それ以来、蓮根の三連の真ん中さんを使って
ふっくらもちもちの天ぷらもよく致します*
栗は地元農園さんのもの*(私もちょっとだけ栗拾いさせてもらいました)
写真の蓮根の右下は、コロボックルさんとこの新ショウガ。
へっころ谷さんでキロで購入したお味噌で和えて。クリーミィで美味しいです。
大量に頂いたショウガの葉っぱはお風呂に入れました*
効能とかよく知りませんがとにかく葉の芳香にうっとりします*
ひとつひとつの食材から、知っている人たちのお顔が見えて
そのお野菜が作られた土の振動が伝わって来て
土ごと食べても大丈夫なくらい、
そのくらいふわふわな黒土から生まれてきたお野菜たちということを
自分も知っていることの嬉しさと大切さ*
現代では地域によっては遠くなってしまったことのように感じるけれど、
いつでも気づいたときに大地に自ら近づくことを選べば、
身近なものとして取り戻せる豊穣のエネルギー。忘れないでほしい。
そう100年前のように。
1000年前のように。
10000年前のように。
そんな日常。
昨日は最後の晩餐というメッセージが降りてきて
氣付くことたくさんありました。
食に関して様々な視点があり、
それが自然のこと。
久々の波動の重い食に触れて、
エネルギー体と顕界の肉体のバランスの大切さと
やはり氣功の学校で学んだ天野泰司先生のさじ加減は絶妙だったと。
天野氏が言う、食に関しては最低限サプリメントは採らない
ということの意味は意外と深い。
エネルギーは肉体だけのものではないからね。
あと大概の失敗は、「時間がない」ということにある。
早く~できる、というのに現代が洗脳され過ぎて色々やらかしている、
と言うことです。
やはり食においてもエネルギーでみるなら、
二項対立をやめて
自然のタイムラインに乗ることが何より大事と改めて思います。
脳みそ第一主義の世界から卒業して
(三次元の波動の重い世界でしか脳は使えないので
実際にエネルギーの世界では必要ないもの)
重い波動の食のあとは振動が荒くなってしまい、
胃腸も語りかけてこなくなるということも体感済み。
はっきりと自分の立ち位置と心身のエネルギー調整が
これまでのスタンスで間違ってないことの確認。
そういう意味で
肉体とエネルギー体に必要な食を俯瞰で確認ができて
心置きなく要らないものを手放せるように
最後の晩餐を用意してもらえたのだ、という冒頭のメッセージでした。
昨日は、自然の振動に還り、心置きなく手放しができる流れに感謝の日でした*
食に関して重い波動のものは綺麗に手放して扉を閉める必要があったのだと、実際に。
もうかなり昔に聞いた話だけど
日常習慣的に食べてるものの見直しとして、
その食材の原型の姿をパッと目でみて
『食べたい』と思うものが
その人に必要な食材と言うかたがいて
なるほどと。
例えば森のなかで熟した木の実をみて
『わぁ美味しそう!食べたい』
と思うならそれは必要な食べてもよい食材。
例えば森のなかで牛をみて
『わぁ美味しそう!食べたい』
と思うならそれは必要な食べてもよい食材。
昔、アグネスチャンが日本に来たときに、
公園にたくさん鳩がいるのをみて
『美味しそう!』と思ったと言っていて、
まさにそういう自然の感覚だなあ、と。
なんの理論も必要なく大変分かりやすいのです。
スペインに居たときに牧場で牛をみて
美味しそうと言った人を知ってますが
(他の友人はそれを聞いてぎょっとしてましたが・笑)
土壌や環境、状態によって、
ひとそれぞれに心身によい食はカテゴライズできない。
食やそれに付随するものは結局は可視不可視のエネルギーなので、
カテゴライズできない。
もちろん不食もありです。
色々健康食の世界でもブームがありますが
ちょっとした脅しの入ったネガティブ情報で
右往左往させるのはいまの伝染病ブームと同じ手法ですね。
食材の原型の姿をみて
意識や知識が働く前に
『美味しそう』とパッと感じるのは
直感が働いてるから、食においても何事においても間違いないと思います。
『ツボの経絡がこうだからここに効く、
みたいなことを下手に勉強などすると
固定概念ができて氣功ができなくなる、
人の体がどういう経緯で治るかなどわからない、
最低限体の自然の邪魔をしない、というのが基本です』
と上記の天野先生がいっていましたが、
そういうことですね。
加えて常に「いま」を視ることが大事。
脳優位になって内の声が聞こえなくなる社会システム化されたもの、
カテゴライズされたものからのサヨナラという断捨離もあってよいでしょう。
対外的に二項対立させず、自分内宇宙の中ですべて統合してできることです。
習慣や外からの情報をまず排除して
魂研ぎ澄ませて一人一人が自分の内の声を聞く。
それが食の核心です。
すべて内側から繋がっています。
*余談
波動が落ちてると言語化しやすくなるのね。
当然とはいえわかりやすくて面白いね。
これも上手に調整、利用できたらよいのかもしれません。
*
今日も湧き水を汲みに行きました。

ハートマークの葉っぱが悠々と浮かんでいたり


境内で歌っていたら白い蜘蛛がやってきたり

今日もふとした不思議をみせてくれました。


帰りにコロボックルさんちの三和土で
美味しいお野菜をいただいて帰りました。

帰り際、門のところにいた鶏がひとなつこく、
傍まで寄ってきて撫でさせてくれました。

新ショウガの葉も沢山いただいたので
お風呂に浮かべて入ります。
総てが和合してからというもの
穏やかでしみじみと嬉しい毎日。
昨晩の夢が、かなりリアリティがあり
後々に繋がるという直感があったのでメモしておきます。
寝入りばなに変性意識状態に入りまして
体(幽体)が右回転し始めたので
(右回転で向かうのは内宇宙のイメージでしょうか)
頭頂から抜けそうになった時、
ちょっとまずいかなと思ってストップかけてしまいました。
波動も荒い感じがありましたから。
そのあと、映画館のスクリーンに映し出されるように次々にビジョンをみせられました。
スクリーンは分割画面になっていて(20分割ほどでしょうか)
それぞれ異なるビジョンを一斉に見せられたので、
あまりに情報量が多すぎて今現在全く覚えていません。
なにか視るコツがあるのでしょうか。。
今度から一つ一つ見せてほしいとお願いしてみたらよいのかもしれません。
それにしても誰がこれを見せたのでしょう。
今回の体験でひとつわかったのは、
変性意識状態になったときに自分の後頭部の内側から視点を当てると
ビジョンがはっきり視える、という感覚でした。
どういう仕組みなのかわかりませんが、
自分の後頭部を頭蓋骨内の内側から見ているような視点でした。
おそらく、自分の内宇宙に繋がるともっといろいろなことが視えてくるということの
示唆の夢(夢というには現実感ありありでしたが)だったのかもしれません。
今年に入ってから、某方々から3度ほど、
そして自分内宇宙からも、
『もっと覚醒してください』と言われていて、
具体的にどうすればいいのかわからない成りにも
こつこつとやってきている(そのように誘導されている)感覚はありましたが、
昨晩の体験はちょっと鮮烈でした。
普段は脳の1%ほどしか稼働していないそうですし、
近代科学では、心臓も腸も、独自に思考していることが分かってきていますから、
人体に納められた宇宙の深淵さを改めて思います。
自分の内側の探求をおろそかにしては何も覚醒しないと断言できます。
今回は荒い波動の中での出来事でしたので
これを機に自分の生まれ持った波動に調整してから
今回学んだコツのようなものを活かしたいと思います。
追記:
見せられたビジョンは私がこれからやることのようです。
しかし今は何一つおぼえていませんが。。
分割画面のビジョンの中にあったかどうかわかりませんが、
いま心に2つほどやることが浮かんでいるから
まずはこれなのかな、と。
今年5月頃からしばしばことあるごとに
膨大な情報がダウンロードされて
7月後半~8月は許容量越えてオーバーヒートしていましたが、
今回はそのダウンロードされたものの一部が解凍された感じで、
準備できているから
その時が来ればそれぞれ必要な時に思い出す、
そういうものなのでしょう。。
それにしても、自然も宇宙も
すべて「仕組み」なのだなあとつくづく思います。
いずれにしても
自分の芯がしっかりしていれば揺ぐことはないです。
自分内宇宙と繋がる事、大切です。