うつわ ~ぷるぷるでぴかぴかの幸せ


 
先月のお正月明けてすぐの頃、
あまつみかぼしアチューメントご参加されたかたのうつわが
今週窯から出まして、お送りしました。

それが昨日
ちょうど立春の日にお届けできて、
ものすごい幸せがいっぱい詰まった
まぶしいくらいにきらきらのご報告をいただきました。
 
ああ
こうやって本物が作られてゆくのだと思いました。
幸せの循環が地上に降りてくる。
昨年の秋の個展の頃から
本来のうつわの意味を、在り方を、
宇宙を通じて知らせてもらっている。
太古には誰でも知っていた
懐かしい自分の体の一部のようなうつわとふたたび出会うため。
 
 
もう日常のあちこちで
これまでの長きに渡る古い日常というものが崩れ去り
まあたらしい
ぷるぷるでぴかぴかのヒルコたちが喜びに満ち満ちて居る。。
そのヒルコたちをそうっと両手ですくって大切に胸に収めると
胸の真ん中から輝きだす自分が居る。
それが、あまつみかぼしアチューメントから生まれてくるうつわ。
 
あまつみかぼしアチューメントにて
ほんものの幸せをお繋ぎするお手伝いを
もっとも近しい土と火と水の技を通じて
お伝えさせていただくことができて幸せです。
 
あまつみかぼしアチューメントのページ
http://majo.moo.jp/share/amatumikabosi.html
 

工程の一つ一つがじんわりこころに入ってきて。。
 
『わたしにとってはこれはリトリートでした。素晴らしい一日でした』と
ご感想くださいました*

ご本人さまにご許可頂き掲載させてもらいました。
 
あまつみかぼしアチューメントのうつわが窯から出るといつも
誕生おめでとうございます*と言いたい思いに成ります。
 
ありがとうござました*
 
 
 

『草ノ日 馬ノ日』にて

なにもかも瞑想的。
 
数年前に初めてHOUSE1891さんを訪れたとき
室内の何ヵ所かに飾られていた
藁で作られた素朴な馬が胸に飛び込んできた。
 
『これは何ですか?』
この時、初めてわかなさんとお話しさせてもらうきっかけとなったご縁結びの藁の馬は
佐渡のしめはり馬と言うのだとわかなさんが教えてくれました。
 
今月のHOUSE1891さんでは、
ギャラリーの展示も
わかなめしも
言葉や頭ではなく
たましいで受けとるものがあまりに沢山輝いていて
ついぼーっとしてしまう。
高振動の世界からの沢山の情報で溢れてる。
私はもう目がはっきり開けていられなくて
半分寝ているような瞑想状態になることを止められない。
 

 
草ノ日 馬ノ日
 
矢谷左知子さんの展示には
こんな風に言葉が添えられていました。
 
『すぐそばに、
自分よりもずっと前からそこに居るものたちも、
それらを素材に使わせていただこう、
ある日、「草の布」つくりがはじまりました。
 
栽培はしない
人の管理から免れ、自力で生きているものたち
そうしたものと一緒に創造をしていきたい
と、思いました。
 
1993年から2005年まで、『草の布』作家として活動していましたが、
当然に作家活動をやめました。
 
その間、ほんとうにたくさんの事柄が紡がれ
草からはさらに受け取るものが深まりました。
 
目に見えないもの
形に残らないもの
言葉にできないもの
私個人ではないもの
 
馬からも授かります

~以下略~』
 
左知子さんの
芋蔓、葛の繊細緻密な織物は
言葉で語られるどんな民話よりも
生々しく本質に近いと感じる。
宇宙的編成を遂げて目の前に在る。
 
だから
変性意識にダイレクトにアクセスしてくる
だから
眠くなる
ぼーっとしてしまう
わかなさんの声がわからなくなるくらいに。
 
私は別の場所に連れて行かれてしまった。
 

 
今回佐渡からやってきたというしめはり馬は
まだ藁が若々しい草色を残して居ることに
心震えました。
ここから月日を経て黄金色の馬に変わっていくのだ。
 
初めての出会いから本当に様々なことがあった偉大なるこの数年を経て、
今日私の部屋にも青きしめはり馬がやって来ました。

 

火の浄化

火の浄化とのメッセージ受けて
これは髪を切る合図、と悟りました。
 
そうしましたら
なんともスッとかろやかに!
 
物理的にも20cmも切ったので軽くなったのですが、
これまであちこち一緒に旅してきた切った毛先は
『おつかれさま』とたいせつにまとめて紙にくるんで
さようならしてきちんと終わらせました。
 

 
この冬は空気中の湿度が高い。
乾燥していないので粘土がなかなか乾きません。
 
粘土が乾いてくれないので作業がはかどりませんがそのぶん、
お日さまが出た日には、縁側で作品たちを日向ぼっこさせたり、
天候に添った歩みを味わいます。
急いでも何の意味もないことを私は陶芸から学びました。
 

 
ようやく乾いた土たちを
舞うような手つきで釉がけし、
ようやく今夜は窯焚きです。
 
太郎くん(窯の名前)よろしくお願いいたします、と
先ほど火入れしました。
 

 
窯番の夜の遊び。
 
精油を取り出して
寒い夜にはすこしもったりとした重めの香りもいいかなと。
冬山椒は単体でよく使う好きな精油ですが、
きょうはチュベローズを混ぜました。
冬山椒の透きとおるような甘さとはまた質が異う
チュベローズの甘い香り。
肚に来る香り。
 
窯番の宵話し。
2016年に展示でスペインに行ったとき、
長いご縁でお世話になっている陶芸工房の親方の家の庭に咲いていた花が
あまりに素晴らしい芳香で、これは何の花?と聞くと
ナルドだと親方は言いました。
水仙のような雰囲気の柔らかな白っぽい花がいくつかついていました。
あまりに良い香りでずっと忘れられずにいました。
 
のちにこれが、日本ではチュベローズと呼ばれていることを知りました。
スペインでナルドといえば、マグダラのマリアがイエスに施した精油です。
 
それより遡った遥か昔、アロマセラピストの知人が、
スパイクナードはマグダラのマリアの精油と言っていました。
日本語で検索すると確かにそういう情報がいくつも出てきます。
しかし、そのセラピストさん曰く、変な。。カビのような香りだとも。
私も実際手に入れてかいでみると、
そのものを香るよりも隠し味につかわれるような癖のある香り。
 
その時は、直感でしかなかったけれど、
でもこれがマグダラのマリアの精油だなんて変だな、と素直に思いました。
まず価格が・・まあ手に入るような感じでお手頃です。
聖書と言ってることが違う。
聖書では、マグダラのマリアに精油を施されるイエスを
ユダが批判する場面があります。
そんな高価な精油より、その金額で一体どれだけの人を救えると思うのか?
というような感じです。
 
スパイクナードがマグダラのマリアの精油だとしたら
変だなあと長年思っていたことが、
スペインの陶芸の親方の庭でナルドを見て、
その芳香をかいだとき、氷解しました。
 
最初は直感でしたが、、日本でいう海外の文化というのは
ほぼ英語で英語圏の国から入ってきます。
ラテン語で直接入ってくることは少ない。
 
それで自分でもその当時ラテン語からアプローチしていろいろ調べたら、
やはりナルドは、スパイクナードではなく、ナルドはナルドでした。
日本ではナルドのことをチュベローズと紹介されていたのです。
そしてどこでねじれたのか、
マグダラのマリアの精油はスパイクナードと紹介されてしまっています。
親方の庭でかいだあの花はチュベローズ、
あるいはチュベローズの一種でした。
 
チュベローズなら、上記したユダのご意見も納得です。
フローラル系で最高峰といわれるチュベローズの香りは、
価格もそれに見合っていますし、
イエスに施したいと思う特別な香りならぜひこれを、という
マグダラのマリアの気持ちも伝わってきます。
 
個人的には、親方の庭でかいだナルドの香りが
ほんとうにみずみずしくて素晴らしい芳香で忘れられず、
帰国後、チュベローズの質のよい精油を、
あまりに高価なので10%に希釈したものですが・・購入しました。
 

今夜は、精油で遊びつつ、こんなお話を思い出したのでした。
窯番のつれづれに。

写真右の瓶が、愛用している冬山椒の精油。
左がマグダラのマリアのチュベローズです。
マグダラのマリアのイメージがなぜか月なので、
(写真では見えにくいですが)瓶に月のシールを貼っています。
 
 
 

工程~土のシンギングボウル

11月の終わりにご縁あってご依頼いただいておりました
土のシンギングボウル。
いよいよ最終工程に入ってまいりましたので
今日までの工程をすこし辿ってみようと思います。
 
ご依頼主さまは、あえて言葉で顕すとしたら
響き、音、植物、のエネルギーを調和させ、
それを深く愛されているかた。
慈愛を感じる土と、
ご自身で抽出されたハーブの精製水2種とをお預かりしました。
精製水が素晴らしい香りで・・
制作中、香りから振動から本当に癒しのエネルギーが放出していました。

水ヒという工程で水に浸すことで土を、ベースと成る胎土と
調和させるのですが、水ヒのお水にもこの精製水を合わせさせてもらいました。
 
水ヒした土を一度乾かしてから、ふるいにかけて、
粗い土と細かい土をより分けます。

 より分けた細かい土を胎土と合わせて・・

 ・・練り合わせて。ひたすら練ります。

 荒練りと菊練りを繰り返し。

のびやかな土に成りました。

 練った土をひとまとめにしてまたしばらくの間寝かせます。

 ***
 

十分寝かせて土が調和したら、
ろくろにかけるためにまた改めて土練りをします。

柔軟でなめらかな美しい土になっています。

ろくろにかけました。

水引きをするお水はヤマトタケルの湧き水に、
お預かりした精製水を合わせたもの。
このときもすばらしい芳香を放っていました。

成形中に、大きくなりたいという土の希望を心に受け止め
うえへうえへと土は伸びてゆきました。
まるで花のつぼみが陽の光の方へとすこやかにのびるように。

ここからまたいったん作業は待ちに入ります。
高台を削れるようになるまで生乾き状態まで乾燥させるのです。
 
ここのところ雨が多かったので
ちょうどよい乾燥具合になるまで少し待ちましたが、
今日ようやく調度よい土の乾燥の塩梅と感じ、一気に作業が進みました。

水びきのとき、もっと大きくと、のびやかに
陽光にむかって伸びる花のつぼみのように天にむかった土。
成形が完成したその形状は、まるでほんとうに
春に咲き始めた花のつぼみのような
やわらかくふくよかな美しい曲線をもちました。
 
土のシンギングボウルは、お預かりした土と水から、
自然の声を聴きながらおつくりさせていただいています。
自然の声は
メッセージのようであったり、
言葉にならない心地よさであったり、と
振動で伝わってくるものがあり
毎回作らせていただくたびにいつも感動があります。
 
きょう成形が完成したこちらのシンギングボウルは、
このあと2回の焼成を経て完成と成ります。
ご依頼主さまのお手元でどんなうたをうたうのか
想像してみたら
とてもこころの奥の宇宙がわくわくと喜んでおりました*
 

 
土のシンギングボウルにつきまして詳しくは
こちらのご案内をご覧くださいませ。
http://majo.moo.jp/share/otohiraki.html
(※リンク先の価格につきまして
昨今の純金の価格高騰により2月から値上げを検討させていただいております。
1月中のご注文分につきましては現行価格のままになります。
どうぞよろしくお願い致します。)
 
 

工房イソラにて

 
 
 

ご縁


日本の国土は竜体といわれます。
その竜体には金脈が走っており
その金脈の上を添うように川が流れているといわれています。
金の微細な高振動が転写された水が各地で自然界の中に流れている。
日本の水質が世界的に見ても素晴らしいものと言われる所以です。
 
龍集・星山の土は宇宙的な黒龍を思わせる。
その土は注ぐうつわ・急須となって生まれたがっていました。
去年おつくりしてすぐお迎えがきまりました
内側ぜんたいに純金を施した急須と成ります。
この土から金が生まれるというイメージがありますゆえに。
 
数日前におぼえがきに掲載した写真:
龍集・星山の土をろくろでひいてうまれてきた急須のパーツたち↓

 
その後、このパーツを組み立てて急須として完成させました。
まずはボディの高台を削り、それから茶こし部分の穴開けです。

穴は、専用の道具でひとつひとつ
注いだ時の角度と位置を確かめながら開けてゆきます。
途中乾燥させながら開けてゆくのがコツ。
わたしのつくるペリカンポットと呼んでいるタイプの急須で
約120個前後穴を開けます。
 
陶芸は、どの工程でも土の乾燥具合が命。
今回の組み立てでは数日の雨の影響で
ゆっくりとした乾燥具合を見はからいながら、
ようやく茶こし穴をあけられる塩梅になりました。

蓋部分のパーツを削って成形し、頭頂部につまみを付けました。
それからボディに、タタラにした土を切り出して注ぎ口を付けます。
(まだ日のある時間から組み立て始めたのですが、
この写真を撮影した頃には外はもう真っ暗になりあかりは室内灯になっています)

『さあどうぞ』といいたげな、とても感じのよい注ぎ口に成りました。
 
こんかいこの急須を作りながら、
土に触れる錬金術的な一環として、
急須の組み立て部分のみ体験していただくワークショップも
面白そうだなあと思いました。
 
急須の組み立ては、
それはその工程だけでもひとつのクリエイト。
そこを取り出して楽しんでいただくというのもよいかもしれない。
パーツたちはこちらで用意させていただいて、
そのなかからパーツの組み立て工程を体験していただき
最終的に急須に組み立てて完成させる。
蓋のつまみや注ぎ口の形の成形だけでも
かなり印象がそのひと独特のものになる。
蓋をつまむときの気持ちになったり、
注ぐときの気持ちになれば、
どのような形がここちよいのか、
そういった土のクリエイトには
物理的な力も働くので
エゴが抜けて純粋に生き物としての心地よさを顕現したときに
まさに注器・急須と成る。
しかもできあがったものは急須はその人唯一無二のものになる。
これも瞑想。
リラックスして
何ものにも追われずに作っていただきたいので
組み立てのみでも制作には2、3時間程度かかるでしょうか。
もしご興味がある方がおられたらですが*
 
2023年はどこか『注ぐ』というテーマがきているのですよね。
数年前にその予兆みたいなものがあって、
急須や片口のような注器は”いちばん身近で小さい滝”というメッセージを
滝川神社で受け取っていたのでした。
今年はそういった不可視の世界からやって来たメッセージテーマに沿った
注ぐ器が生まれてきそうです。
去年の一年間、
思えば水のことをさせていただいてきたことも
いまのここに繋がってきているように感じます。
うつわと水。
あふれんばかりに注がれる。
 

 
今日もヤマトタケルの湧き水を汲ませていただきに参りましたら、
なんと不思議なご縁がありました。
 
今年のメインとなりそうな展示に、
わたしが持っていない技術をお持ちのかたに、
あることをお頼みしたいな。。と、つい2,3日前、考えていたのです。
そうしましたら今日、
ヤマトタケルの湧き水の前で
まさにその職をされているというご夫妻と出会いました。
さいしょはちょっとご挨拶した感じでしたのに、
なぜかお話が転がって・・
びっくりして何度も、そのお仕事されているのですか?!と
まさにわたしが求めていた技術のお仕事の方で、
何度も聞き返してしまいました(笑)
 
そぼふる雨の中、
泉の前で、ついお引き止めして盛り上がって立ち話しをして。
初めてお会いしたのに
なんだかすいすいと言葉がつうじるようで
心湧く嬉しい時となりました。
 
また詳しくは今日のお話が具現したとき
おぼえがきさせてくださいね。
 
日常とハレが同時に普通に存在する感じ。
年明けて、ほんとうに新世界はすごいなあ。
 

湧き水のお社の山椿にも瑞兆の雨。