泉源をたずねて 6

旅のお話しに戻ります。

おびん水の前での土の弦楽器ワタツミの奏でがおわりさいごに、
トヨタマヒメさんと友人に
茶海イノセントを手のひらに包んでいただきました。

中央が茶海イノセント。
トヨタマヒメさん撮影

こちらの茶海が生まれるとき、
ろくろでひいていて
そのふくよかなうつわの姿がふっくらと顕れたと同時に
『さあ、みんないらっしゃーーい』という
おおらかでゆたかな母なるエネルギーの柔和な包み込む声が聞こえました。
 
おびん水の前でトヨタマヒメさんがこの茶海を手に包まれて
『子宮みたい・・』とおっしゃいました。
 
言葉にできないほど眩しくあたたかな時空のふるえに
諏訪の森の奥の泉からの流れそのままに
(諏訪の山奥のオオヤマツミのお社でも
『ワタツミとヤマツミを合わせる』とのメッセージ受けて、
土の弦楽器ワタツミの奏でをさせていただいたのでした)
感謝の気持ちでいっぱいでおびん水を離れました。
 
このときの様子をワタツミの音色とともに
トヨタマヒメさんが綴っておられます。
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12831253420.html
 
 
溶岩に湧く泉。
コノハナサクヤヒメ
コノハナチルヒメ
イワナガヒメ
 
心からありがとうございました。
 

 

気が付けば泉の前で2時間も過ごしており、
まるで龍宮から戻った浦島太郎のように(カメムシ=亀も現れたし・・)
ぼうぜんと・・
そして我に返るとおなかがすいたので
トヨタマヒメさんが牧場のバイキングにお連れ下さって
遅めのランチとなりました。

牧場前からの富士山。

ランチタイムをまったりとすごし、
(新鮮なお野菜、搾りたての牛乳を使用したデザート、美味しくいただきました*)
次の場所へと移ります。
 

この角度からは山頂が尖った富士山!

そして次に訪れたのはこちら。
ヤマトタケル縁の場所です。

数ある浅間神社のなかで最古とされ、
もとの場所はここであると、
ヤマトタケルがこの場所に移したといわれています。

ヤマトタケルが駿河で賊に襲われ危機に陥った時、
コノハナサクヤヒメ(富士大神)に加護を求めたという逸話もあり
ヤマトタケルがコノハナサクヤヒメ(富士大神)を信仰していたという
言い伝えもあるようです。

私の見地からヤマトタケル像を描いてみようと思いますので、
軽く読み流していただければ。。と思います。
 
「ヤマトタケル」とは
大和統一の目的で日本各地に派遣された役職の名称だといわれます。
ですので、実際に複数人のヤマトタケルが存在したと思われます。
少なくとも、九州のヤマトタケルと関東のヤマトタケルは別人であるという
検証をされた方のお話をお聞きしました。
 
「タケル」とは、
古代の言葉では「整理して揃える・整える」という意味合いで使われ、
大和に、各地の国をしたがえ揃えさせてゆくことを司る役職名が
ヤマトタケルなのではないかと推測されます。
 
現地調査と考察による個人的な見解では、
必ずしも軍事的な征伐といった平定のしかたではなく、
いってしまえば地元民がヤマトタケルという役職についたことも
あったのではないか・・・と推測しています。
ヤマトタケルが自身の大切な宝物(剣や冠など)を
訪れた土地土地にひとつずつ分け与えているという史実もあり、
(これは調査された方がリアリティの高い事実としており)
これはかなり古事記から受けるヤマトタケルの印象とは異なりますから
どういうことなのだろうと思わされます。
 
以前おぼえがきにもかきましたが、
個人的にはもしかしたらヤマトタケルのなかには
日本人ではなく、
外から入ってきて役職についた者もいたのではないか、と
ご本尊がヤマトタケルであると開示された目黒不動尊に足を運んだときに
現地でそう察知するような出来事もありました。
 
確かホツマツタエに記載があったかと思いますが、
(ホツマツタエに記載されているヤマトタケルの項目は
非常に興味深いものばかりで、ついつい読み込んでしまいます)
ヤマトタケル自身、自分はスサノオの分御魂であるという自覚があり、
そういった意味でも、海人族であり海外から入ってきたスサノオの
その分御魂であるというとうことは・・
そこから辿ると、
目黒不動尊のヤマトタケル像と合わせてみても、
この線(ヤマトタケルと海洋民族)での答え合わせは、
私の中ではすでにできている感じです。
(詳しく書くと膨大になるのでここにはこれ以上書きませんが・・)

道の中央に鉾立石があります。
今回の旅で訪れたい場所に山宮浅間神社が候補に挙がったのは、
まずこの鉾立石が気になったからでした。
ヤマトタケルといえば、剣。
剣は矛の携帯版ですから。。
 
春と秋に、浅間大社からここまで
大きな矛を左肩に担いで
(必ず左肩で、変えてはいけないそうです)
往復するご神事があったそうです。
 
すいすい歩いたとしても徒歩で片道三時間半はかかると思われます。
かつては大社から山宮までの一丁ごとに鉾立石があり、
そこに矛を立てて置いて
休み休み山を登って山宮まで運んだようですが、
そのルートは今ではわからなくなってしまったとのこと。
 
鉾立石も浅間大社にひとつ、
ここ山宮浅間神社にふたつ、
合わせてみっつ残されているのみとなっているようです。
古代の遥拝所。
盛り土をしたようにこの場所が高くなっているのですが、
富士山噴火の溶岩がここで止まったので溶岩の厚みのぶん高くなっているとのこと、
トヨタマヒメさんからご説明いただきました。
溶岩の上に遥拝所が作られているということです。。
溶けて水になった岩が朱竜のように赤々と輝きながら山肌を流れる様子・・
生々しく想像してしまいました・・
畏怖をおぼえる神がかったこのエネルギーは
イワナガヒメのものかもしれません。
素朴な疑問ですが、案内版の説明の中にヤマトタケルのことが全く書かれてないのはなぜなんだろう・・
文中、ご神体が石となっていますが、遥拝所なので、
ここは富士山を遥拝していたのではないでしょうか。。それとも私が何か見落としているのかな。
 
周囲にカワラケが多数見つかっているところも興味深いです。
カワラケの線からも深堀り考察してみたい。。
 
言い伝えでは、村人が、神様を祭る場所なのに建物がないのは変だと
山の木を切って本殿を作るも、あらしで打ち壊れて、
また立て直しても同じく暴風で壊されることの繰り返し。
いつしかここでは、建物を建てると風の神様がたたるので
建物を建てないことにした、と言われているそうです。
風の神様と言えば・・タケミナカタノミコト。。
富士山の諏訪神社にも思うところあり
謎と興味が尽きません。
古代遥拝所からのこの日この時の富士山。
あそこからここまで溶岩が流れてきたとは・・
富士宮の浅間神社のご神紋はこちら
丸に棕櫚(しゅろ)。
天狗の団扇なのだと
トヨタマヒメさんが教えてくださいました。
なんだか天然の神紋のよう、と撮影。

 
ここで時間切れとなり、
トヨタマヒメさんに今回の旅の最後の訪問地までお連れいただきました。
 
つづく
 
*
泉源をたずねて その1
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17745
 
泉源をたずねて その2
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17778
 
泉源をたずねて その3 
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17861
 
泉源をたずねて その4
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17923
 
泉源をたずねて その5
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17943
 
*
トヨタマヒメ富士日記に綴られたものと
合わせてご覧になってみてください。
この地球に生まれて、
私は、人生って面白いなあとつくづく思います*
 
『双子座の満月に、またあの方が富士山にやって来た 1128』
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830483201.html

『KONOHANAさんを探して… プロローグ (1128のこと)』
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830981484.html

『日、月、星 を祀る場所』 KONOHANAさんを探して その一
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830862731.html
 
『聖なる水は火のカラダを流れる』 KONOHANAさんを探して そのニ
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12831114119.html
 
『姫神さまに奏でるその音色とは』 KONOHANAさんを探して その三  
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12831253420.html
 
 

泉源をたずねて その4

ワタツミ
 
ツクヨミ
 

 
今回の富士山行きの日を
はじめ11月29日に設定したのは、
今年の中秋の名月9月29日の満月の会、
そして10月29日の満月の茶会瞑想「イノセント」と
いずれも自らの内から大地と宇宙とを繋ぐ
この時期大切なときをはからずも毎月29日に重ねられてきて
その流れから今回の富士山行きも11月29日と設定したのでした。
 
そのような流れでしたので
はじめは29日の予定だったのですが
トヨタマヒメさんにガイドをお願いする直前になって「28」という数字も来たので、
今回コノハナサクヤヒメの繋がりから一緒に富士山に行くことになった友人にそう伝えて、
28日と29日の2日間、自分のスケジュールを空けておいたのでした。
 
そしてトヨタマヒメさんにガイドのお願いのメールをお送りしましたら、
29日はすでにご予定があるとのことで
28日にご案内いただくこととなりました。
 
ところがこれがまた絶妙なタイミングで
コロコロと小気味よく展開して行くことになります。
28日は富士山へ。
そして29日は真鶴へ導かれることとなり
そこでも驚きの繋がり、答え合わせ、展開がありました。
 
あきらかに配置についた人と人との輪がつながり
広がっていくターンにはいっているのを感じました。
 
真鶴についてはまた後日
おぼえがきさせてください。
 

 
土の弦楽器ワタツミは
去年の5月30日に六甲山、向津峰の磐座に訪れたとき、
山中で不思議なクロアゲハに導かれて
斜面を登り辿り着いた大きな磐座の隙間から入る
乳白色の岩盤にかこまれた
まるで胎内のような優しい空間で偶然手にした土から作られています。
 
その時にその磐座の胎内のなかで
うたったうたの振動が少し記録してあります。
https://youtu.be/pmE6ssjLaEQ?si=AniIlOI3WkaziQdc
 
ワタツミの土を練り上げたお水は
わたしの地元ヤマトタケルの湧き水と
諏訪の森の奥の泉のお水を合わせて使わせて頂きました。
 
上記しました今年9月の中秋の名月のお月見会で
地球を創生した女神のお一人の分け御魂を持つかたが、
ワタツミの音色を
『この世に生まれたときの一番最初の音』
と感知されました。
 
ワタツミは
生まれてくる前の場所と
生まれてきたのちのいまここを繋ぐ
はざまのような音と響きでしょうか。
 
わたし自身がこの地球に生まれた目的が
誕生と幸せな幼年期の振動で天地繋ぐことでしたから、
ワタツミが顕れたのも
地球に生まれた目的のひとつだったのかもしれません。
 
ですからはじめから、
おつくりするものに使う土も水もすべて材料は用意されていて
焼成する温度も数値で心に湧いて来るのは、
はじめから決まっていたことだからなのかもしれません。
この宇宙のシステムに乗っ取って
ようやくわたしは
ただ滞りのない筒であればよいのだと
ここ数年起こっている不思議な体験と現象からわかるようになりました。
 
この宇宙のシステムというのは
元来のすがたに還るもの
みなもとを憶(おも)いだすものとして
いまはたらいています。
 

おびん水の前にて。
弦を杯で張る方法は諏訪の森の奥の泉で教えていただきました。

 
話を今回の富士山行きに戻しまして、
この訪れた11月28日は
満月だったのだとわかりました。
(カレンダーにより27日が満月となってるものもありますが
28日満月とされているものもあるようでした)
 
富士山へ向かう行きの電車のなかで
友人がいきなり背後を振り向いて
車窓の向こうに
朝日を浴びながら沈んで行く満月を見つけました。

 
ここ数年、太陽も月もわからなくなることがあり(エネルギー的に)
それはここには詳しくはかけませんが
天体に何かあった印だとわかりました。
その答え合わせのような出来事もありました。
地球創世の女神のおひとりの分け御魂を持つ方とは
その答え合わせのような席で出逢いました。
 
 
昨年秋に『玄(くろ) 双つの月』
と言う展示を鎌倉で行い
遡って同年の春には7枚の鏡の作品をつくっており
そのうちの2枚が手元に戻ってきて
どちらもなぜか同じ名前をつけたものでした。
(ほかの5枚はそれぞれに異なる名前がつけられています)
手元にあるのは2枚とも『ツクヨミ』と名付けていたものでした。
 
満月が三回続いて、
三回目の11月28日に三光大社に導かれ、
そこで合わせ鏡のお社に出会ったのは
偶然なのでしょうか。
 
また上記しました昨年秋の
『玄(くろ) 双つの月』の個展以降
ツクヨミが来るようになりました。
この個展で演奏された土の弦楽器は「みかぼし」と名付けられた物で
甕(かめ=鏡)の形をしたものでした。
楽器の正面に純金彩されたまあるい星は太陽かと思っていたのですが
月でもあるのかもしれません。
そう思っていたところ、これもまた
人の額に浮かぶ紋章が視える千穂さんからのお話で答え合わせが今年ありました。
 
千穂さんとは巫女舞のかたのご友人で
もう5、6年前に成るでしょうか、
最初にお会いしました。
 
不思議なことに
今回のガイドをお願いしましたトヨタマヒメさんと千穂さんも繋がっており
いよいよこの時代の
この物語の
クライマックスなのではないかという事象が次々目の前に現れます。
 

土の弦楽器「みかぼし」

土の弦楽器は一昨年の年末に突然
三つつくる、と降りてきて
ひとつ目が去年完成した
上記しました甕(かめ)のかたちの「みかぼし」。
このときは、弦楽器を三つつくるというメッセージを受けた二日後に、
ドイツの弦楽器モノリナの奏者の第一人者のかたが
モノリナを背負って工房に来られるという不思議な展開があり、
弦楽器などそれまで縁がない私でしたから
その構造を間近でじっくり観察させていただくことが
「みかぼし」の完成に繋がりました。
 
ふたつ目におつくりした土の弦楽器は
今回富士山に持参した
和琴の絹の弦を使用した「ワタツミ」。
こちらもなぜか去年は雅楽奏者のかたとお会いする機会が多く
「みかぼし」をご演奏いただいたり、
滝川神社や事任八幡のご奉納演奏と舞や、
泉にまつわる古式の水の儀式にお呼びくださって
その時に和琴を間近で拝見し、この事が「ワタツミ」の完成に繋がりました。
 
今年三つ目の土の弦楽器のイメージが降りてきています。
完成に向けてパズルのピースをどんどん渡されている感じです。
三つ目のお名前は「弓月」。
 
もう少しツクヨミのことを書こうと思ったのですが
長くなりましたのでまたの機会に。
 
 
つづく。
 

*
泉源をたずねて その1
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17745
 
泉源をたずねて その2
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17778
 
泉源をたずねて その3 
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17861
 
*
トヨタマヒメ富士日記に綴られていることと
合わせてご覧になってみてください。
この地球に生まれて、
私は、人生って面白いなあとつくづく思います*
 
『双子座の満月に、またあの方が富士山にやって来た 1128』
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830483201.html

『KONOHANAさんを探して… プロローグ (1128のこと)』
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830981484.html
 
『日、月、星 を祀る場所』 KONOHANAさんを探して その一
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830862731.html
 
  

泉源をたずねて その3

 
目の前に顕現する世界に言葉うしなう。
 

 
今回のコノハナサクヤヒメをキーワードとした旅にあたって
いくつかの訪れる候補地がありました。
 
いずれも説明できる理由がある候補地でしたが、
ひとつだけ、何故か気になるというだけで理由なき候補地が
白糸の滝でした。
 
ところが日程が近づくにつれ
今年の7月に諏訪から戻ってすぐに
すでにわたしが白糸の滝の源泉「おびん水」が気になっていたのだということを
(すっかり忘れていたのですが)
憶(おも)いだしたのでした。
これもまた不思議なことに、
トヨタマヒメさんの富士日記が検索で出てきまして、
改めましておびん水のご祭神が
木之花竜神
真之御柱竜神
磐長竜神
となっておりますことを確認し、
これが今回の旅のメインテーマだったのだとようやく氣づいたのでした。
 
現地に訪れる前日になって、
『おびん水に行くなら、土の弦楽器「わたつみ」をもっていかないでどうする?!』という
強めのメッセージを自らの内に受け取りました。
 
後になってわかるのですが、
わたしがこの大地にうまれてきてやりたかったことの
ひとつ(約束)が
 
「わたつみ」を富士の泉で響かせ
なにかを成すこと(言語化できないことです)
 
・・だったらしいのでした。
 
これまでの経験上
間際になって露になる事は最も重要なことであり
深いところへ到達できることでもあります。
果たして今回の旅もまったくそのとうりに運んだのでした。

とうとうと湧く泉「おびん水」。
ここから白糸の滝へ流れ落ちてゆきます。
友人撮影。
諏訪の森の奥の泉の水と
逗子の海の海水を
お繋ぎして

しばし
ワタツミの響きを
おとどけさせていただきました。
泉のまえでみなでワタツミ響かせました。
諏訪で『杯は星』のメッセージを受け
その時から「わたつみ」は
杯で弦を張るようにしています。
土の弦楽器「わたつみ」
泉の前でのご奉納演奏がすべて終わり片付けようとすると
ハートマークのカメムシさんが顕れました。
カメ=亀!
まるで
竜宮のオトヒメさまから
お心いただいたようで♡

お日様のもとに出てみると、
それまで居た泉の傍はまるで深い海の底のように感じました。

トヨタマヒメさん撮影
『荷物重いでしょう、持ってあげる』と
トヨタマヒメさんがわたしのリュックを
友人が「ワタツミ」の入ったスーツケースを
同じタイミングで持って下さったものだから
わたしは荷物がなくなって手ぶらになってしまいました。
それもなんだか可笑しな状況でしたが
ほんとうに心優しいお二人に感謝です。

ずうっと富士山が見守ってくれていました。
 
 

泉源をたずねて その1
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17745
 
泉源をたずねて その2
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17778
 

トヨタマヒメ富士日記に綴られていることと
合わせてご覧になってみてください。
この地球に生まれて、
私は、人生って面白いなあとつくづく思います*
 
『双子座の満月に、またあの方が富士山にやって来た 1128』
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830483201.html

『KONOHANAさんを探して… プロローグ (1128のこと)』
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830981484.html



 

泉源をたずねて その2

2項で動かなかったものも
3項で動き出す 回りだす。
 

 
6月の茶会瞑想の時に
それまで一度しかお会いしたことがないかたが、それもその時もほとんどお話もしたことがないかたが、
ご縁からご参加下さり、
『MAJOさんに有鹿神社のお水を届けるために来た』
とおっしゃるではないですか。
 
なんだか不思議なことがあるものだと
その時お預かりした有鹿神社(有鹿は「アルカ」と読みます)の湧き水は、
貫井神社の産子さんのご縁から貫井神社を中心とした東西南北
(諏訪、日光二荒山、江ノ島、井の頭公園)の
各地5ヵ所から持ち寄られた湧き水を合わせたものとともに合わせて
陶土を練りあげました。

東西南北の湧き水について貫井神社公式サイトhttps://nukuizinzya-official.amebaownd.com/pages/4887527/goriyaku-densetsu
 
その陶土からは桜色の、
舞と
茶杯と
ひさご形のそそぐうつわ・茶海が生まれました。
 
舞が生まれたと言うのは、
桜色の化粧土や
ラスター彩の釉薬(泥土状のもの)を
うつわにつけるときに
自然と舞うような手の動きが生まれるので
そのまま舞いながらつけたところからです。
土と水と鉱物とが合わさり
そうした自然現象の振るえに心寄せると
舞いが、やはり自然現象として生まれてくるのでした。
 
このときに生まれた茶杯と茶海(そそぐうつわ)は
「イノセント」と名付けられ
今回の旅にも持参したのですが
このお茶器についてのお話はまた後日に。
 
ここ富士三光大社では、
まだ手元に少し残っておりました
その有鹿神社の湧き水を
お繋ぎさせていただきました。
 
有鹿(アルカ)とは、有鹿神社の公式では水の意味とされています。
スペイン語(ラテン語)で「方舟」の意味。
(日本は様々な角度から見て世界でも稀にみる多民族国家であること
今では多角的な視点から検証証明されつつあるのでご存じの方も多いかと存じます)
方舟と水。
そして「方舟」というものは
旧約聖書に登場するノアの方舟のみならず、
星間を移動する宇宙船や
ドルメン
古墳(ピラミッド等も含む)
母体に宿る子宮
すべてに共通する
時空間を越える魂(エネルギー体)の乗り物のことを指しているという認識が
わたしの内にあります。
 
トヨタマヒメさんから、
三つの星をお祭りする三光大社にご案内したいとお伝えくださった時に
すぐにピンと有鹿神社の湧き水をお繋ぎしようと思ったのでした。
 
このように一つ一つの出来事が
とても綿密に繋がっており
言葉で説明しようとすると
とても長くなってしまいますが、
有鹿(アルカ)の湧き水について
少し詳しくその繋がりと現象をお伝えさせてもらってみました。
 
私がなぜノアの方舟の時代の記憶を持っているのかについても
お話しできることとできないことがあり
それはまたどこかで何かの機会がありましたときに。
 

今回の旅でははからずも
富士山の裾をぐるりと一周
回転するような旅程になりました。私たちも三人でしたから三人で巡ることで何か動いたものがあったのかもしれませんね。

各場所からの視点によって
富士山の姿が異なって見えることも初めての体験で
トヨタマヒメさんの解説と相まって
机上の学びとは全く異なり、ほんとうに多角的に興味尽きない旅となりました。

トヨタマヒメさんにご案内いただき心地よい森の中を歩いて
三つの星が祭られているお社へ・・

三光大社の入り口にて
多くは狛犬が置かれ居ると思われる場所に、
ここでは小さな二つのお社が
向かい合って建てられておりました。
 
この小さなお社の中にはちゃんと鏡がお祭りされており
向かい合っておりますのでちょうど合わせ鏡となっております。
その合わせ鏡のラインの真ん中を参道が通り、
クロスのエネルギーの道ができておりました。
 
お社自体はそう古くはなさそうに見えても
その台座の石垣が非常に古く
境内そのものがまるで古墳のように
広範囲に渡って土が盛られて高くなっている様子から
古代からのここは祭祀場だったのかも知れませんね。。と
トヨタマヒメさんのおはなしをお聞きしながら
境内の奥、拝殿へと進みます。

三ツ星を祭るとはいっても
富士山の遥拝所となっているようにも感じます。
拝殿のむこうまっすぐに富士山。
新しいお社の屋根に記されているのは
月、星、太陽の三つの星の彫物。
この星はシリウスを表しているとお聞きしますが・・
三つ星というと私はまずオリオンを思い浮かべてしまいます。
オリオンだとすると海洋民族とのつながりを思います。
 
ここの三つ星が月とシリウスと太陽だとしても、
あるいはオリオンだとしても
いずれにしても縄文人や海洋民族の星信仰を思わせます。
 
2年前にトヨタマヒメさんがご案内下さった魔王天。
ここにはたくさんのネプチューンの矛のような
先端が三つに分かれた矛がご奉納されていました。
なぜこのようなたくさんの矛が魔王天にご奉納されているのか
その理由はわからないとされているようですが、
素直に考えて、
富士山には海洋民族の痕跡がいまもあちこちに残っていると思われます。
 
海洋民族は湧き水ともつながり深いとも言われますし。。
航海の間、きれいな飲み水は必要で重要で、
陸に上がると彼らはまず綺麗な水を確保すべく
山に入り湧き水を探し船に運んだと言われています。
ヤマツミ(山の神)とワタツミ(海の神)は
どちらも海洋民族が祭っており、
その二柱が同一神ともいわれる所以でもあるのでしょう。
井戸もありましたが枯れておりました。
かつてはお水が湧いていたのでしょう。
井戸のなかに有鹿神社の湧き水、
そして逗子の友人が持参した逗子の海水を
おつなぎさせていただきました。
3で巡り出す。

境内にあるいくつかの小さなお社の屋根の形は
海洋民族が祭る屋根の形といわれるものと同じ形をしておりました。
 
ほんとうに気持ちよくてぽかぽかとあたたかい場所。
水の氣も感じるのでいまも湧き水は地面の下に湧いているのかもしれません。。

三つ巴。
3で回して開く。
なんだか水道の蛇口みたいなイメージ。
 
3頭のオオカミたちの向こうに見える石碑は・・
不動明王と彫られておりました!
やはりこれは湧き水、
そしてヤマトタケルのラインにもつながります。
不動明王とヤマトタケルは
昨年12月に口伝を公開にされた
目黒不動尊のご本尊はヤマトタケルであるという
ご住職のお話ともつながってきます。
そうなると、
目黒不動尊の奥宮といえる位置に白鳥神社がありますので、
白鳥=富士山
と、つい勝手な妄想が広がってしまいます・・
記紀にはかなりのページをさいて
ヤマトタケルのことが描かれていますが、
まるで意図的に避けるように
一切富士山のことは書かれていません。
実際に富士山周辺には
ヤマトタケルの伝承や遺物が
点在していると言うのに。。
先述しましたクロスの真ん中にも
水道の蛇口フォーメーション(仮名)を無限大バージョンで。
なぜか自然にそのようにさせられました。
言葉で説明がつかない直感的なことほど
正確で信頼できることはありません。
トヨタマヒメさんがオオカミたちを愛でて下さり*

参道から外れた少し広くなっている氣になる場所。
ここで祭祀をしていたのかもしれませんね、とトヨタマヒメさん。
(縄文を何か思わせるものがありました。)
今は何もないけれど
とても氣の良いその場所から参道の向かい合うお社をパチリ。
 
深い懐に包まれるようないつまでも居たくなる場所でした。

しみじみほっこりとしながら参道を歩き鳥居を出て
(なぜか鳥居も新しい)
 
次の場所へとご案内頂きます。

つづく
 
 
泉源をたずねて その1
http://majo.moo.jp/oboegaki/?p=17745
 
 

泉源をたずねて その1

 
泉源(センゲン)。
みなもと。
 

 
諏訪の森の奥の
自然のままにそこに湧く美しい泉に行くときはいつも、
家を出るその瞬間から帰るまで
コノハナサクヤヒメがずっと一緒に
傍に居られるのはなぜなのだろうと思っていました。
旅の安全を守ってくださるようにいつも感じております。
 
今年の7月に再び諏訪の泉から戻ってくると
コノハナサクヤヒメと富士山が心に湧くようになりました。
 
諏訪の山奥の泉でなぜ
毎回私はコノハナサクヤヒメを感知するのだろうと
不思議に思っていたところ
ある日ある時の折に、
コノハナサクヤヒメがお祭りされている浅間神社の「せんげん」は、
「泉源」でもあるのではないかという閃きが心に降りて来ました。
 
改めて泉源という言葉の意味を調べてみると
「みなもと」とありました。
 

 
コノハナサクヤヒメはイワナガヒメと
姉妹だとか、同一神だとかとも言われています。
コノハナサクヤヒメとイワナガヒメの神話は、
古事記などにも取り上げられていますが
もうおひとかた、コノハナチルヒメについてはほぼ知られておりません。
この三姉妹はオオヤマツミの子とされています。
 
古今東西神話と言われているものは
そのまま地上で起こる現象の顕れになっています。
 
コノハナサクヤヒメは泉。
イワナガヒメは更にその奥で水と成った岩。即ち溶岩、マグマ。
そして三姉妹のうちほとんどその伝承などについて見えてこないコノハナチルヒメは、
富士山の特別な状態、つまり噴火のときに飛び散る溶岩や噴煙。
オオヤマツミを巡る三姉妹のエネルギー。
それがわたしの内に視えてきたとき、
タイミング良くテレビでタモリさんが
富士山の噴火についての番組をされているのを観ました。
 
その番組の中では富士山が噴火するようすを
模型を使ってシミュレーションしていました。
富士山の火口から噴煙の柱が上空までまっすぐすうっと立ち昇り
成層圏に到達するとそれは
花開くように辺り一面に広がって行きました。
上空で広がるだけ広がった噴煙は
やがて崩れ落ちながら辺り一面にはらはらと灰や小石を降らせます。
この模型のシミュレーションを見て
タモリさんが思わず
『綺麗ですね。』と言いました。
実際に火口からは噴煙や赤いマグマの柱が飛び散り
不謹慎ながらきっと本当に綺麗だったのだろうと思います。
 
地中をマグマが柱のように立ち昇り
それが噴煙とともに天まで昇り広がった上空から
はらはらと辺り一面に舞い落ちる灰。
噴火の時にのみ顕れる、
タモリさんが思わず『綺麗』と口にした美しい現象こそが
コノハナチルヒメなのではないか。
 
わたしの中に芽生えた
この、オオヤマツミの三人の娘たちを巡るエネルギーの物語は、
実際にこの28日に富士山に行くことによってより深く響き合い解き明かされました。
 
今回富士山へ参りますことにあたっては
いまから2年前に
富士樹海と、ヤマトタケル及び剣・矛のキーワードにて
ご案内をお願いさせていただいた
富士山公式ガイドのトヨタマヒメさんに再びお願い致しました。
 
お陰さまで今回も『コノハナサクヤヒメ』をキーワードに
富士山の大切ないくつかの場所へと導いて下さいました。
心より感謝いたします。
 

朝日に照らされながら雲の向こうへしずむ月。
2年ぶりの富士山へと向かう車窓から。


つづく
 
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トヨタマヒメ富士日記さんにてこの日のこと綴って下さいました* https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12830483201.html