茶々々

山椿の葉を乾燥させ、少し炒ってからお茶にしていただいています。
今日は少しドクダミをアレンジして
すうっと頭から天へと抜ける清涼感のあるお茶になりました。
 
それからここ最近ずっとお茶といえば岩茶。

岩茶に運命的なものを感じています。
なぜなら、これまでのわたしの土のしごとのすべてが
無理なく集約されていくのをありありと感じるから。
土のしごとのみならず
お茶請けのお菓子づくりも余念がありません。
岩茶を中心においた、それに合うお菓子のことを考えることは
これはもうトータル的なエネルギーヒーリング(ほかにもっと良い言い方が
あるかもしれませんが、仮にそう書きますが)
そしてヒーリングのみならず覚醒としての茶会になっている。
 

今日は一日、岩茶を飲むためのうつわづくりをしました。
ひとつ ひとつ です。
同じものはありません。
家で一人で味わうためのおひとりさま用岩茶茶器たち。
 
岩茶の茶器を初めて知ったときに感激したのは、
茶葉の香りを楽しむために限定された聞香杯という茶器があること。
たいてい、茶杯(いわゆる湯飲み)と一組になって使われます。
岩茶をたのしむ各工程の中で、聞香杯は省略されることもあるけれど、
わたしは、自分で岩茶の茶器をつくるなら、どうしてもこれを作りたかった。
 
以前から、茶葉の香りをかぐのがとても好きで、
自分で煎茶をいれるときは、必ずと言っていいほど、
湯のみにお茶を注いだすぐあとに
急須の蓋を取って香りをかぐのはわたしのひとつのきまりです。
蒸された茶葉がほんとうによい香り。
 
そういった気持ちを大きく肯定してくれるかのような聞香杯の存在を知ったときは、
わあっ、と心ひらいてふるえました。
お茶の香りを楽しむため専用の器が、茶器のセットの中にあったなんて!
 
自分が毎日のように岩茶を自作のうつわたちでたのしんでいるなかで、
さらに広がる遊びののびしろを想いながら、今回のろくろをひきました。
今日つくったものは、写真では沢山にみえますが、
茶器セットとしては4セットほどの内容になると思います。
 
茶壺(急須)と茶海(片口ポット)は、王様の古墳の桜山の陶土と、
国分寺の湧き水を中心とした、諏訪、江ノ島、井之頭、二荒山の
クロスのエネルギーの湧き水を合わせた五か所のお水で練り上げてつくりました。
 
茶器で味が変わることも実証済み。
陶土の上に釉薬を挟まずに直接純金を施した「黒龍黄金を総べる」の急須は
やはり素晴らしいお茶の味を振動を引き出してくれます。
(こちらの急須は完売しました。ありがとうございました。)
 
 
夢中でろくろを回して気がつけばもう午後7時近く。
まだ外は明るく、海へと散歩に出ました。

 
海へ出る道の途中、なんと先日の茶会瞑想にご参加くださった
地元の方と偶然出会い、そのままご一緒に海さんぽ*
ゆうるりとした気持ちでおしゃべりしながら豊かな時となりました♡
 

海岸をゆっくりと歩いていたら、おぼろな三日月と金星が姿を見せました。
 

家に帰ってきて、
先日の潮神楽で漁師さんからいただいた飴を食べようと袋を開けたら、
ほたての形をした飴でした。
 
最近カミーノがなぜか話題にでるので
お話させていただくことが多くなっていて近くに感じていたので
なんだかうまく言えませんが『あぁやっぱり』と思うのでした。
 
最近は螺旋がぐるりと同じ場所にもう一度巡ってきているのを感じる機会が多いのです。
同じ場所、なのですが、
自分の立っている位置がいまは明らかに前とは違うのもわかります。
同じ場所でも違う視点からみているので、
昔とは違う景色に見えている、そんな感覚です。
 
いま再び過去のどこかで在ったようなことを見せられて
心の奥からの今の本音と自分の軸の確かめをしているような、
そんな時期なのかもしれません。
 
 

発芽と実り

どくだみで起こした酵母でどくだみパン♪
今日はフォカッチャ風にしました。
心のままにその時々のパンをつくっているので
いつでも「~風」です*適当なのですが
ちゃんとおいしくできてくれるので天然酵母感謝です。
 
 
*午前中は庭パトロール。

種まきしたら意外と発芽率100パーセントなのはスイカでした*
 

食せる葉と花。。というのですが食したことはありません。。
 

十数年前に鞍馬山の苔玉師さんからお分けいただいた紫式部、
今年もかわいいお花咲かせてくれました。


 

手毬のようなにんじんの花。
今年も種がとれそうですが、なかなか発芽はしません*
収穫しなければ葉っぱは年じゅう頂けるので
とくににんじんの葉っぱの天ぷらが大好きなわたしとしてはありがたい存在です。
 

こちらは確かどこからかやってきて
赤い花を咲かせていたような。。
どなたかわからないのですが、赤い実がなりました。
 

今年沢山食をたのしませてくれたパクチーからも種が採れました。
 
 
*午後は山の農園さんへうかがいました。
 
生命の果樹園*

 
 うれしいすももの季節が到来しました*
  
  

潮神楽

まとめるのに少しお時間いただきました。
 
800年前に和歌山の漁師さん(あるいは海洋民族)より
伝えられたという地元の潮神楽に今月の16日、参列させていただきました。
毎年6月16日におこなわれるご神事です。
 
森戸神社の潮神楽は、
郷神楽とは異なり神職が行うご神事になります。
 
 
水火を結ぶ佳き風の吹く心地良い日となりました。
 
水火それだけでは結びは起きず風が重要な位置を占めます。
『風は諏訪。』
『水火風で三と成る。』
そのように心に訊ねるものがありました。
 
三。
 
封印の祝詞と伝わる大祓詞のその内容も
大きく見て三つのパートに分けられており、
それは三つの異なる民族から転用されたものであり、
その三段目である最後のパートは
読むがごとくに海洋民族のものからの転用とみられます。
 

 
森戸神社の潮神楽は八座から成っておること、
神職さまよりこの日ご紹介がありました。
(ご紹介の内容を当日の走り書きメモより以下転載)
 
一座目 叶
 
稲魂 祈り
 
二座目 祓い清め
 

三座目 御幣招き
 
神降し
 
四座目 湯あげ
 
湯たぶら
笹にお湯を浸けて

 
ーー前段の四座ここまでーー
 
中入れ
直会 神様のお下がりのお神酒
(直会もご神事)
 
五座目 掻き湯
竹の幣棒で湯をかきまぜる
お湯がそこに吸い込まれて行く様子を見て占う
 
六座目 笹舞(ささまい)
お湯を参列者に振り掛ける
無病息災
 
七座目 射祓い(いはらい)
弓を引き矢で四方と天の五か所祓う
 
五本目の矢は天へ。
天に邪気は無いので矢は消えた。
 
八座目 献米もどき
参列のみなさまの緊張をほどく神事の神楽
清らかなままに日常へ戻すことを「もどき」という。
 
神と共に食することの大切さ。
神楽のご神事により参列者が光り輝くものとなっているため
そのまま日常へと戻ると
平常の人々からは神のように輝いて見えるので、
人の世界の食事がもらえなくなってしまうから
献米もどきの神楽でもとにもどして〆る。
 
  

ご神事の時間になると続々と地元の漁師さん方々が集まって来られました。
五座目 掻き湯

神楽の場である神域は竹と幣で囲われその最上には
火 ホムスビノカミ

水 ミズハノメノカミ
が祭られている。
 
青と黄の幣は森戸大明神の形代

*中入り 直会*

お神酒「八咫烏」いただきました。
お酒飲めないのですが、桜の花のようなかぐわしさに心震えました。
お酒にこのように感じたのは生まれて初めてのことでした。

こんなにお天気よかったのに
お神楽が終わったあと
半時もしないで突然の雨粒。
さぁっと降って
さぁっと引いたので
ちょうど濡れずにすみました。
漁師さんと『よかったね。』と言葉を交わして別れました。
 
雨上がりの雲の間から
再びお日様が顔を出しました。

 
 お分けいただいた
波と網の幣を
工房イソラのミカボシさんへ

 
カムミイヤマヒ
モロカゲサチ
 
 

昨日の茶会瞑想で話題に出たので

『感覚を鋭くすることは真逆。』
『12感覚を月に置く。』
『「五感を研ぎ澄ます」ではなくて
五感をずらす。』
わかる。
 
 
まだわからないことも多いのだけれど
後でわかったり、
松村氏のお話を聴くと、自分が感知していること等とパパッと答え合わせになることがしばしば。
氏曰く、you tubeではお気軽なお話をされている、のだそう。