かみかぜ吹く

わたし自身は火のエレメントをもって生まれてきているのですが
水との結びが明らかに強くて、
子供の時から水が大好き。
楽しい思い出は水にまつわるものばかり。
江東区のゼロメートル地帯に住んでいたので、
今みたいに排水の状態が整っていなかったため
雨が降るたび子供のひざこぞうの上まで道路に雨水がたまって、
小学校からの帰り道などは、
じゃぶじゃぶと長靴の中に入ってくる雨水が
もう楽しくて時間を忘れて冠水した道路でひとりで遊んでいました。
 
それから以前おぼえがきにしたこともありましたが、
夏休みとなるとひとりで夢の島の温水プールに毎日通って
ただぷかぷかあお向けになって浮かんでいるのが好きでした。
学校の決められたプールの時間は記憶にないのですが
(たぶん楽しくなかったのでしょう)
ただ水にあお向けに浮かんでたゆたうのが好きで
毎日毎日夢の島のプールに通っていました。
とても幸せな思い出です。
 
いまも実際に、水の祈りのことをさせていただいているので、
大きな切り替わりのひずみで
こうした出来事をわりとダイレクトに受けるのだなあと。(それを祓い清めと呼ぶ場合もあるかもしれません)
 
昨日の更なるシフトチェンジのひずみにあって、
やはり4年前に台風被災した時のことを思い出していました。
あの被災からほんとうに人生がみるみる変わり始めました。
仕事も日常も何もできなくなったとき、
ほんとうに何がしたいかと自分に訊ねると
やりたいことが二つ、心に浮かびました。
産土神社の境内のお掃除。
それからうたをうたいたい。
そしてそのどちらの願いもそのあとすぐに行動を起こして
(どうせ日常も仕事もできない状況でしたので)
願いがふたつとも叶いました。
いまもその道がつづいています。
あの被災をきっかけに本当に自分が生きたい道にシフトした、ということです。
 
4年前のわたしの避難生活は約2か月間つづきましたが、
中には『大変でしょう。なんで自分だけ、って思うよね~』という
お言葉をいただいたこともありましたが、
正直そんな思いは微塵も心に浮かびませんでした。
台風の被害は状況によりさまざまですが、
私の場合は、隣近所は何も誰も被災などしていなくて
翌日は晴れてすぐに日常にもどったなかで、
わたしだけが家が半壊していて、
日常生活も仕事もできなくなりました。
けれど、近所のカフェにいくと
いつもと変わらずマスターがコーヒーをだしてくれたことが
本当にうれしかった。
みんなが無事でよかった、と
これは本当に魂の底から湧いてくる思いでした。
みんながいつもと同じように生活していることが
それが私の救いであったのです。
それは本当にそうだと今でも思います。
 

たくさんつぼみをつけていた一重のバラ。
今回の暴風でせっかくの花がだいなしになってしまったとは
まったく思わない今朝のわたしの心がありました。
変わらず素晴らしい芳香もあります。
このコたちが負って今こうして形づくられたもの。
それを美しいと思えました。
 
大家さんがすぐにお手配くださっていたので
今日のお昼には硝子屋さんが来てくださり、
(古い家なので、対応できる硝子をお持ちのお店が限られるそうで、
わざわざ鎌倉からお越しくださいました)
あっというまに直してくださいました。
職人さん曰く。
『前にも直しましたよね?』
 
『はい、四年前に。』
 

駐車場が即簡易工房になったのにも感心!
場所がないから・狭いからできないはありえなくて、
百戦錬磨の職人さんさすがです*
また木枠サッシの上部に溝が掘ってあって、
そこからスライドさせてガラスを入れること
初めて知りました*

 
今回はあっというまにすべて通り過ぎて、
日常にすぐにもどれました。
けれど昨日までの日常とはあきらかに違うすがすがしさを
4年前のときのように再び受け取っています。
この感覚はやはりこの地上に生きて得られる宝物。
 
5月、これまでに綺麗に幕を下ろし、
やはり6月はそういう月なのですね。
 
割れたのは、王様の古墳が見える窓で
今日からその窓は新しくピカピカになっています*
修理にかかった費用もすべて大家さんの保険でまかなって下さって。
なんだかできすぎてますね。
お心を寄せてくださった皆さまにはご心配おかけいたしました。
ありがとうございます✨