統合と調和の名前

  
昨日
純金彩を施す前に私の土の工房のテーブルに置いておいた
土の弦楽器「みかぼし」を父が見たらしく、
今朝会った時に、
『あの金色のすごいね。あれはすごい。』
と言っていました。
 
まだ金を施してないのに不思議なことに『金色』と感じたらしい。
 
*
 
昨晩
実際に純金と純銀を必要なところへ必要なだけ惜しげなく施し、
(三次元地球的には現在、史上稀に見る金の価格の高騰が起きていますが
制作に入ると経費の事とかそちらに標準を合わせたら
顕現する意味が消えるので・・)
窯に入れて750℃以上に上げて純金純銀の焼き付けを致しました。
  
純金の繊細な振動が心地よい。
自然の大地では金の鉱脈と水脈は重なっているのだそうですが、
金は土から生まれる、という感覚とともに、
やはり水と結ばれているのか。。と思うのでした。
 
*
 
今日
炉内温度の下がり待ち。
明日窯出しできます。
 
みかぼしとおなじ窯に、
ご依頼頂いて制作した特別な土鈴が一緒に入って居り、
少し前におぼえがきしましたように
「土でできた鈴はすべて流星=隕石」とのことですから・・
みかぼしと共振しているのを感じます。
 
最近は同じ窯で一緒に焼成できる作品が、
単に工程や焼成温度の関係だけでなく、
作品そのものが持っているエネルギーからも限られています。
 
*
 
去年の暮れ。
高次より土の弦楽器の顕現のイメージを受け取り、
それからいっぽいっぽ進めてまいりましたが、
ここにきて「土の弦楽器」というのは便宜上の言い方だと解りました。
 
顕現したみかぼしは、
弦楽器でもなく
打楽器でもなく
水を汲む甕(かめ)でもなく
天体をみる甕(みか)でもなく
そしてまた
その総てでもありました。
ひとつの言葉で言いあらわすのだとしたら
「みかぼし」以外の何ものでもありませんでした。
 
これまでの世界では
誰かの都合により敢えて人為的に作られた分断の思考から
一つの職名、
一つの役名、
そのほか諸々、
既存のカテゴリーにあてはめられるように
人は制限を受けてきました。
そのカテゴライズされた一つを持たなければ
場合によってはまるでいけないことのように。
  
いまはもう統合と調和の時代になりました。
みかぼしは本当のわたしたちのすがたととても良く似ています。
みかぼしは「みかぼし」以外の何ものでもないのと同じように
あなたは「あなた」以外の何ものでもない。
誰かが作った枠組みに当て嵌めてカテゴライズなど到底できません。
 
統合と調和の本来のすがた。
みかぼしが顕現してくれたことに深く感謝しています。
 
 
5月29、31日のわたしの在廊時に
みかぼしの音色、うた、がお届けできる予定です。
 
会場にてお待ちしております。
 
 
 
◇gallery ARCA企画
MAJO個展
『ミカカミ - みらいからきて みちのかこを つくる – 』
 
5月1日(日)~5月31日(火)
12時~18時 水・木定休
神戸市中央区北長狭通4-7-3-201
tel.090-6323-2037
https://atelierseed.shop-pro.jp
   
MAJO在廊
29日15時ころ~閉店まで
31日12時から16時半まで
会場にておまちしています。
 
 
また、ギャラリーアルカさんのネットショップからも
今回個展の作品ご覧いただけます。
https://atelierseed.shop-pro.jp/?mode=cate&cbid=1978195&csid=22&sort=n
(ご納品先が決まりました一部の作品につきましては
表示されておりません。ご了承下さい)
 
実店舗での展示と合わせまして
どうぞよろしくおねがいいたします。
 
 
 

みかぼし

 
土の弦楽器とはこれなのか。
 
自分の想像を遥かに超えた カテゴライズできないものの顕れ。
想像していたものとは全くことなる土そのものの響き。
 
これが土の音なのか。
 
土の凄さを(「凄さ」としか言い表せないもどかしさ)
改めて どどどどーーーーんんんんん と、受けとめる。
 
筆を持つ左手が舞うままに巡り巡りて
純金彩
純銀彩 を施し
 
それらの焼き付けのため みかぼし工程最後の焼成中。