先月前半がほとんど寝込んでいたので後半は志事三昧のまま西暦の年末年始を通り過ぎてそのまま休みなく1月も氣がつけばもう半ば。
ワーカーホリック?ただ生きてたらそうなってた、と言うだけで何かが犠牲に成っている感覚は自分の中にはどこを探してもない。こういう感じは子供のころからそうで(子供のころは誰でもそうかも知れませんが)
いまは大人なので子供のころより自由度高く(大人っていいね)毎日気づけば明け方になってて。食事もそういえばたべてなかったり。志事をしているとお腹が空かない。
何かを犠牲にしている仕事中毒のことをワーカーホリックと言うらしいのでこれは違うのかも知れない。何より満たされている。
そんな話を昨日、少し体を休めようと訪れた地元カフェのお姉さんと話し込んで、言われたのが『瞑想みたいですね。すごく楽しそう。元気そうだから大丈夫だね!』と、わたしの志事のやり方に太鼓判押してくれました。
今日も屋根の上(屋外)で、上着も着ないで(むしろ動きにくいので上着を脱いで)、日没後も暗くなる手前ギリギリまで制作。古墳の王様に見守られながら、精麻と富士山で汲ませて頂いたマナの泉のお水と若水でかみを漉いておりました。繊細なかみがみが顕れてくれて嬉しい。
金の片口のうつわのなかで寝かせていた精麻の繊維を漉いて結び直しをしていると、透き通るように顕れた1枚1枚のかみがみから沢山のメッセージが降りてきました。
新しい国産みのはじまり
クウ(空)
ソラ(宙)
形に成るもの成らないもの
生まれてくるもの生まれないもの
天の輪の中にはクウ(空)があり
地の輪の中には種がある
クウの中のクウを行く舟 種を運ぶ
天と地の間の壊れた世界で
あるいはべつの宇宙へ
やがて再生するために
やがて生まれてくる子たちのために
新しい世界のはじまりのために

そんな星生みの新しい神話が、精麻の柔らかくふわりと顕れた優しい繊維とともに「かみがみ」に漉かれてゆきました。

