贈り物

2018年にかかった病気。
その当時のおぼえがきでは例えばこんな風に書いていますが。。
ceramicarte.majo.moo.jp/?eid=2251
完治に3週間かかり、そのときはまだ知る由もなかったけれど
2年前からの世界的な流行病ととても似てたので、
2年前からずっと疑ってたのだけど。
可視不可視の世界に通じておられるケイジさんと千恵さんの
今日の動画とこれまでの動画を拝見していて
私が疑っていたこと、似てる、じゃなくて、
宇宙からの贈り物、それ、受け取ったんだと確信しました。
受け取ってから今日までの宇宙との再会と展開がまたすさまじいので。
 
 
 

総て内在

内宇宙に在る。
 
この世界に生まれた意味を憶えてる領域
 
目に視えないが存在する聖地
そこになにも感じないのは
階層の問題
自分はどこにいるか
 
シリウス全開になるとある種の無感動(=常に平常心)になる
それは統合が進んだ状態
 
人が何を神と呼ぶか
根元に届くと明確なひとつの答え
 
見つかってない星や宇宙は
次元を越える不可視の宇宙や星。
三次元的肉眼や感性では見つからない
 
聖地 何かで次元を超える
全く別の場所にいく
連れていってもらう
 
実際王様の古墳で起こったこと
 
特定の場に行くと具合が悪くなるのは
その人がいる次元からの入場を許可されてない
その人の内宇宙に在るものの問題
 
内宇宙にアクセスできてるかどうか
アクセスして波動をあげる
 
現状で起きているこの世の問題は三次元的になにも解決していなくても
次元が上がることで終結すると言うやり方
 
それによって何が起こるかはその人内宇宙で起こること
 
人の体はこの惑星そのもの
 
自分はグラウンディングできないと言うひとがいるけれど
実際にはできてるのにできてないと習慣的に思い込んでることもある
自分で 認めること 許可すること
 
松村潔さんの動画が面白い。
『グラウンディングしないように2020 08 12』
https://www.youtube.com/watch?v=ukJbOTJA_OI
植物次元に於いてのグラウンディング◎
 
どの次元の大地と契約するか
別次元にある大地との契約 セマナサンタ
 
宇宙すべてシステム
どのシステムを選ぶか あるいは創るか
 
おとといの夜
クリスタル化
 
膨大な高次のエネルギーに包まれ
自分と自分の周囲の大地ごと上の階層に転移する
移転を繰りかえす
 
心地よさがある
 
三回くらい繰り返す
 
その時のイメージ(像)は
まさにクリスタルでできたように
自分の体も大地も透きとおって輝いて
多面的な図形で構成されている。
これがクリスタル化による高次元の大地へのグラウンディング
あるいは 高次元の大地へグラウンディング してクリスタル化するということ
 
もう古い三次元地球ではない。
新しくグラウンディングする場所(次元)の重要性
 
諸々宇宙レベルで地球レベルで古い価値観、システムが壊れてゆくとき
古い価値観やシステムを手放すことが必要な本質的な意味
 

今日の王様の古墳

 
 
 

最近のごはんとおやつ

寒くなって発酵に時間はかかっていますが
順調にパンも焼いています。
今回は三色のキヌアと干しブドウ、クルミ、岩塩が入っています*

焼成前のクープを入れたところ。

 
パンの残った生地(オーブンに入りきらなかったぶん)を
ドーナッツにしました。

 
 
こちらは別の日のあさひるごはん。
普段あまり卵も食べないのですがこの日はなぜか急に食べたくなって
とろ~り卵焼きかけあさひるごはん。
後で大寒に卵を食べるとよいと言われていることを知ってびっくり。この日は大寒でした。
体はちゃんと知っていた!


 

最近のおやつは、
地元の農園さんからたくさんさつまいもをいただいたので、
さつまいもの蒸しパン。
生地はおからと小麦粉半々でつくりました。
ミニサイズなので4個もたべてしまいました*
 
 
 

鳥の陶人形「スサ」のことつれづれ

 
世界の比率で生まれたばかりの赤ちゃんは
右利き左利き50%ずつだという話を
科学雑誌か何かで昔読んだことがあります。
 
そしていずれの利き手にしても、
それがすべての動作・作業において100%右利き、左利きという人は珍しく、
右利きの人でも、ある動作は無意識で左手の方がやりやすいといったことが
何かしらあるのが普通なのだそうだ。
 
そういう意味で、
私は思いつく限り100%左利きの珍しい人種に入るようです。
 
そして人の体というのは
バランスをとるために、
右手利きの人は、左足利き、
左手利きの人は右足利きなのだそう。
 
けれど私は手も足も左利きなので
体のバランスの取り方もあまり一般的ではないらしい。
 

 
 
昔、友人に誘われて
NHKなどでご活躍されている
某書家の先生の展示を銀座に見に行ったことがありました。
 
ちょうど先生が在廊されていて、
淹れて下さったお茶をいただきながら
その時の流れで私はこのようなことをお話ししていました。
 
『私は左利きなのだけれど、
小学生のときに初めての書道の授業で
「一」という文字が筆で書けませんでした。
想像していただけるとわかるのですが、
左で筆を持って右利きの先生から要求されるやりかたで
「一」という字は大変書きずらい。
それで文字だけは自分で意識して右でもかけるように練習しました。
なのでいまでも文字だけは左右どちらもで書けます。』
 
すると
『左利きの方はバランス感覚が右利きの人と全然違う。』と
書家の先生はおっしゃいました。(ちなみに先生は右利きです。)
左利きの人が落ち着くと感じる画面構成をみると、
右利きの人は、不思議な・あやうい感覚にとらわれるのだそう。
『それが、とても良いのです。
そういう意味で、左利きの人は意図せずそういう
何か超えたバランス感覚をもっていて
いいな、ずるいな~と僕は思ってるんですよ。』
とおっしゃいました。
 
時代性もあるとは思いますが、
(幸いなことに私は右利きに直されることはありませんでしたが)
それまで左利きだという事だけでかけられてきた心無い言葉、
「世の中のほとんどみんな右利きなんだから」「わがまま」
「あんたが悪い」「左利きにいてもらってもしょうがない」と
子供のころから大人になって仕事についても言われてきた私にとって、
この書家の先生のようにおっしゃるかたに初めて出会いましたので
とても印象深い出来事でした。
 

 
 
私の場合、手も足も左が優位にありますから
体のバランスのとり方もそうでしょうし、
何かエネルギーの流れ方も
そのようになっているのかもしれません。
 
左利きにとって世に不自然さを感じてしまうことは
多々あると思いますが(はさみをはじめ、
缶切り、ブローチの針の向き、
駅の自動改札、包丁・ナイフの刃、横についた水道の蛇口、etc、etc)
着心地の悪さから着物も着られません。
(なので小学4年の学芸会のときに浴衣を着て以来着物は着ていません)
たぶん感覚的に回転が逆なんですね。だから心地が悪い。
左を優位に使いますから。
 
世界のほとんどの民族衣装が左前になってる、というお話を
お聞きしたことがあります。
生まれたときは右利きも左利きも50%ずつなのだとしたら
なぜ右に統一されたのでしょう。
 
右は閉める。
左は開く。
 
地上の肉体に魂を縛っておくために
右回転で包むのかなあと思ったりしました。
亡くなった方は左前・左回転に着物を巻きますよね。
それは魂が肉体から解放されるという意味のように感じます。
(本来は左回転して着物は解けていらなくなるけど
そうもできない場合の地上の物質世界の
シンボリックな表現とでもいいますか。。 )
 

 
新しい時代になり不可視の世界が近づき開放が起こっているいま、
あちらの世界からやってきた鳥の陶人形(異星のかたですね)
名前は「スサ」と降りてきました。
素のままでという意味のようです。
彼は左前に着物をまとっていました。
 
時代が変われば、
いつしか世界の民族衣装も左回転になるのでしょうか。
 
鏡合わせの世界。
 

 
こんなことを書いてもいいものかしら、と思いながら今日は書いてみました。
そんなメッセージをこの「スサ」が持ってきていました。
 

スサと羽衣。

 
 
 

動き出す

昨日から諸々急に動き出しました。
何故か消えていたメールによる案件のここ一週間の滞りが解消しました。
それから他には
とどまっていた制作の方向性が昨日今日と冴えてきて制作再開。
気になっていた食材のストックも今日すべて手に入れて
明らかな滞りも・なんとなくの滞りも
昨日今日で一気に動き出し、スッキリ*の今日。
 
 
7年前程からときどき立ち顕れる鳥の陶人形。
昨年からまた顕れはじめて、いま制作しているのはこちら。

 
鳥には正絹の手染めのボトムを作り履かせました。
さらに真菰で作る蓑(みの)を纏(まと)います。

 

 

 
鳥サイズのミニチュア蓑。
小さいながらもこうして作っていると、
古来、蓑というもののツールとしての役割が目に視えてくるようでした。
 
計画立てて手際よく合理的につくれないものですから
ひとつひとつ工程を進めることで次が視えてきます。
視えたらそれに必要な材料を集めます。
蓑ができあがれば、次に必要な上衣、
そして翼が視えてくることでしょう。
まるで何層にも重ねられた美しい神秘のベールが
一枚ずつ剥がれていくようで、
次は何を視せてもらえるのか、
とてもワクワクします。
ものづくりの醍醐味ですね。
 
やがて丁寧に訪ね(訊ね)ながら作ることが総てにつながってゆきます。
ものづくり・不可視のものを顕現するのに
丁寧さとワクワクは大切なことかなと思います。
 
こちらの鳥の陶人形は
今月末には神戸のギャラリーアルカさんでお取扱い頂く予定です。