天野泰司先生の、
波動とかエネルギーという言葉に集約されることも
『気』とか解らないという人にも
なんとか工夫して日常に使われるような言葉を選んで
丁寧に繊細に伝えようとしてくださる姿勢が
本当に美しい。
京都の学校で一年間学んで、
その卒業後に合宿でお世話になったとき、
その場にいた人にしか伝えられなかったことは
それを受けとる準備ができているからこその内容でした。
天野先生の門は広く開けられており、
けれどそこから受けとる人はとても少なかったのを思います。
いつも穏やかな先生がある時、
『本心から本気でゆるもうとしていますか?』と
みんなに向かって強い口調で言われた日のこと、印象深く思い出します。
心身の不調の原因はすべて自らの内に則して在ります。
気功の学校で学ぶ唯一のことは
” 固定概念をはずす “
これに尽きます。
私がいま行うヒーリングやアチューメントに
『地に足がついたエネルギーワーク』といってくださるかたが多いのも、
天野先生による気功の学校での学びが根底にあるからこそ。
本当に良い師に恵まれたといまでも深く感謝しています。
これまで授業でされていたような内容を
この時勢にと無料で公開されています。
自らを癒せる人が増えますように。
自分がまず調ってなければ人を癒せないとも天野さんはおっしゃいます。
潤う。
https://youtu.be/H2Et-7MuL9M
月: 2022年11月
諏訪~江ノ島参り
ようやく江ノ島のことがおぼえがきできます。
江ノ島の一つ前に諏訪があり
今回はなるべくそこからのつながりの視点で
10月31日の江ノ島参りをおぼえがきしようと思います。
(今回書いてみて、思っていた以上に
自分が江ノ島とご縁が深いことを改めて知り、
書いていくうちにどこをどう切り取って
おぼえがきすればよいのか少し悩みましたので、
しばしばお話が脱線していますこと、おゆるしくださいね)
*
10月23日、諏訪のリトリートを無事終えて、
その帰り、どこか別の時空に迷い込んだかのような
不思議な帰途となりました。
巫女舞の恵里さんがおっしゃっていたように
あまりに深く遠い密度の高い次元の諏訪に訪れていたからなのかもしれません。
これもまたはからずも上野原インターで中央高速を降り
気が付けば約8年間通い慣れた藤野の山中を運転しておりました。
街灯もない真っ暗な山中を
これは本当によく知っていた道だからこそのなせる業。
運転は恵里さんにお任せして、
『次は右のヘアピンカーブです』とか、
『この道は明るかったら紅葉がとても美しい山道で』etcetc..
ガイドさせていただきながらなんだかとても懐かしかった。
そうして藤野の山越えを超えに超えて
山から民家に出たあたりで鹿の家族に出会いました!
お父さん鹿とお母さん鹿、
小鹿のバンビちゃんもいて、
突然現れた車にびっくりして横はねにぴょんと飛びのいておりました*
諏訪でははく製の鹿をたくさん見ていたので
最後に生きた鹿の家族に出会えて
時空を経てここにきて命の瑞々しさを
何か取り戻したかのような感覚もありました。
*
さてそれからまた長い道中を経てようやく茅ヶ崎から海に出て
真っ暗な海沿いに運転をしていると
江ノ島のあたりでふと呼ばれているような感覚があり、
ほぼ同時に恵里さんもそう感じるとおっしゃいました。
そうやって23日は家に帰りついたのでした。
*
24日は恵里さんと一緒に
諏訪の山から地元の逗子の海へのおつなぎをして
なにか時空と時空のあわいのようなものを感じていました。
その日のことはこちらのおぼえがきにのこしています。
http://majo.moo.jp/oboegaki/?m=20221025
*
それから毎日、海にさんぽに行くたび
目の前に浮かぶ江ノ島が何か言いたそうで気になりましたので、
10月最後の日に諏訪のリトリートにご参加された方で
むかしから江の島にご縁があるというかたとともに
江の島にお参りさせていただくことと成りました。



山の神を感じる小さなお社と滝と池があること
なぜかとても気になり
江ノ島には何度も来ているのですが
このたび初めてお参りさせていただきました。
それから辺津宮でお参りさせていただき、
奉安殿の弁天様を拝観させていただきました。

これもまた不思議なご縁で、フルート奏者であり
シンギングボウル奏者である鈴木充子さんのご案内で、
先月に都会の水の繋ぎと音のご奉納をさせていただいたとき、
(そのときのおぼえがきはこちらhttp://majo.moo.jp/oboegaki/?p=9848)
お水をお守りされている地元のかたのご案内で拝観させていただいた弁天様。
お話によると、江ノ島の白い弁天様とつながりがあるような感じでした・・。
江ノ島には子供のころから何度も訪れているのに
こちらの奉安殿の弁天様にもこのたび初めて拝観いたしました。
お姿拝観させていただき、もう言葉になりませんでした。。
弁天ラインが繊細な振動ですべてつながってきています。
やがて辺津宮から中津宮へ。
おそらく今回特にお呼ばれされていたのは中津宮の女神のような気がしました。
名前と住所を聞かれたのでなにか鎧のような硬さを感じながらも
心でお伝えすると『竜宮の都開く』とのメッセージが。
それから諏訪の泉のお水をもちて
なにかつながりが薄く感じられたお宮と目の前の海を
おつなぎさせていただいて、、
そうしましたら固く閉じているような硬さが柔らかくなったように感じられました。
こちらのお宮には同日に二度、そして帰りにも、
合わせて三度お参りさせていただいたのですが、
お参りさせていただくたびにさらに柔らかくなっておりました。
余談になりますが、
中津宮は2015年に来日されたスペインの友人家族と訪れたときに印象的な出来事があって、
あの時はお参りしているとクロアゲハが飛んできて
よく慣れたように私の右の肩、左の肩と交互にとまってくれたので、
まだ当時11歳だった心優しいミゲルアンヘル君が
そのアゲハの様子にとても感激していたことを思い出します*
私にとっての蝶々のシンボルは、
遡って2013~2014年ころから顕れるようになりました。
初めて現れたのは京都の眞名井神社にお参りさせていただいたときでした。
いまでも古墳など行くと必ずのように現れ導いてくれます。
今年5月に訪れました向津峰の磐座でも
クロアゲハが磐座の窪のような懐へと導いてくれました。
でなければ窪など見つけることはできませんでした。
その窪の土より転写された胎土で、今現在ふたつめの土の弦楽器を制作させていただいています。
閑話休題。
江ノ島参りの最後に奥津宮にお参りさせていただき、
ここでも明るい光の粒子のエネルギーとともに
『竜宮開く』と言われておりました。
ゆっくりと休憩をとりながらのこの日の江ノ島参りでしたが
そうして最後にここに導かれました。


潮の干満の贈りもの。
同行したかたも私も
瞬時に諏訪との繋がりを感じました。
いっぽいっぽが確実に次へとつながってゆくのを感じます。
ご依頼 ~土のシンギングボウル
土のシンギングボウルにご興味くださいまして
いくつかお問い合わせもいただいております。
ありがとうございます。
ひと月ほど前に
土のシンギングボウルのご依頼いただきましたので
ご依頼主さまにご許可いただきまして
このひと月の間の工程をご参考までにご紹介してみますね。
現在ご依頼をご検討くださっているかたのご参考にもなればと思います。

ご依頼主さまにご縁のある土をお預かりいたしました。
こちらのシンギングボウルは
ご依頼主さまにゆかりの深い土を使い制作させていただいております。
お預かりした土を胎土(土の楽器のベースとなる土)と合わせる前に
土の調整をいたします。
まずは水ヒという工程です。
数週間からひと月ほどお預かりの土を水に浸します。
水に浸けることで、余分な成分をより分けたり、
水に溶ける成分を溶かしたり、
また土の粘度を上げることにも成ります。

水ヒにより水に溶ける成分は溶け、
また浮遊した物は取り除いて、
そのあと板に上げて土を一度乾かします。
なるべくお預かりした土のすべてを使用したい故に、
決して合理的ではないのですが
まず水に浸けてから乾燥させる、という工程をとっています。

乾燥した状態の土。
こちらを陶芸用のすり鉢でさらに細かく砕いてゆきます。

細かく砕いた後、さらにふるいにかけて
大きな粒と細かい粒とをより分けます。

より分けられた細かい粒子。美しいです。

今回のご依頼主さまは、
先月開催させていただきました
諏訪のリトリートにご参加くださっており、
はからずもそのリトリートのなかで
縄文の遺跡でおこないました土のワークで使用した陶土を
今回ご依頼主さまとご縁があるものと思いシンギングボウルの胎土(土の楽器のベースとなる土)として、使用させていただくことにしました(上写真)。
諏訪の縄文の大地のエネルギーが転写されて
この土、かなり波動高くて素晴らしい状態です。
そしてまたなんともはからずも
諏訪の森の奥の湧き水でこの土を練り上げる
という、とても自然な流れで
ひと月前にお預かりしました土が
ご依頼主さまのその後のご動向に沿って見事につぎつぎと調和して、
胎土といい、練り上げるお水といい、
お預かりしたご依頼主さまにゆかりの深い土と合わさって
シンギングボウルというひとつの形に集約してゆくのを
こうしてじかに土に水に触れながら感じさせていただけて感激です。
こういうお仕事をさせていただけて本当に幸せです。

練り上げた縄文の大地が転写された胎土に、
お預かりした大切な土を合わせたところです。

何度も何度も練り上げて、
お預かりした土と胎土をなじませてゆきます。
ひとかたまりに練り上げたところで
またしばらく封をして寝かせて自然のままに更になじませます。
ご依頼からひと月とちょっと経ちました今日、
ここまでの工程に辿りつきました。
土がなじんだら、
いよいよシンギングボウルの成形に入ります。
*
ご依頼主さまより土をお預かりしてから
完成まで約ふた月の時間をいただいています。
ご依頼主さまとほんとうにご縁の深い
唯一の妙音を奏でるシンギングボウルとなります。
どのような音をかもしだすのかとても楽しみです。
*
土のシンギングボウルのご質問、ご依頼は
常時メールにて承っております。
majo@bv.moo.jp
までお願いいたします。
今夜は十五夜
必ずしも満月が十五夜な訳ではないと知ったのはいつだっけ。
お月見としては十三夜の月の方が美しいとも言われていて。
一昨日の満月は十三夜だなぁ、と思ってみていました。
わたしが学んでいた平田篤胤系の古神道ではよく
満月を見てはいけないと言いました。
魄を増大させるから。
人がこの世に生まれてくるのは
魄をいかに小さく納めて
魂を大きく磨くためだと。
魂魄は分けられたものではなく
繋がっていて、
片方が大きく膨らめば片方が小さくなる仕組み。
満月は魄を増大させる。
ただし
魄を純魄(純白の語源)に至るまで
磨き抜かれていれば
満月の影響はほとんど受けない。
しかし地上の人間にそのような人はごくわずか、と。
魂を大きく磨き抜くことが
この地上に生まれた理由で
月の働きの一面として、魄の裁量を司るようにもみえます。
けれど今回、十三夜の満月は
何だかこれまで月に感じたことのない慈愛のエネルギーに満ちていた。
月の出はまるで大きな黄色い太陽のようでしたし、
それに皆既月食だったからなのでしょうか?
今年五月に向津峰の磐座に包まれてから
なぜか弁天ラインが浮上して
日本地図を広げて調べていたら、
最西端が壱岐島の月読神社に繋がった。
それからツクヨミが来るようになって
九月の個展『玄 双つの月』のタイトルテーマに繋がったのだけど。
双つの月とは魂魄を測る天秤か。
少し前に月に、
そこで何をしているの?と訊ねたときは、
『見張っている』との答えがあり、
あまり穏やかでないものを感じたのだけど。。
だけども
今回の満月は穏やかで、
そんなこと言いそうにもなかった。
たくさんの人が
綺麗綺麗と見上げた今回の満月は
どこかいつもと違うエネルギーを放ち、
これまで月に感じたことがない
親密さと癒しの高純度な振動を受け取っていました。
魄は、悪いもののように思われがちだけど
実際には魄が動かなければ
肉体を持つ人の魂は地上では稼働しないように
そういう仕組みになっている。
もし月が魄を増大させるようなエネルギーではなくなっていたら
この世界はどのように変わるのだろうか。
実際一昨日の満月のエネルギーが
これまでと異なりとても親密で
たくさん月からの穏やかなエネルギー振動を受けとりました。
うみとやまをつなぎ
弟橘姫のみたまが永遠の復活を遂げ
めぐりめぐりていまここで
初めて出会ったときのあの瞬間がよみがえる
ふたり 舞い
ふたり うたい
地上の楽園で
*
10月21日から訪れていた諏訪と
10月31日に訪れた江ノ島の、
特別な祈りの顕れのそれぞれの場所のふたつの泉から
お水を汲ませていただきました。
その二つのお水を昨日、
諏訪と江の島にご縁あるかたが
合わせて王様の古墳にお持ちくださいました。
11月8日のハレの日。
合わせたそのお水を古墳の王様にお届けしたのでした。
王様と弟橘姫に
ちいさなお食事をご用意させていただき
笛を吹いて
お祝いさせていただきました。
その瞬間大地から湧きあがるようにつたわる
わくわくとした振動は、
そのまま私のからだの背骨に入り
仙骨、尾てい骨に響き渡り
鈴を振るようにいまも祝いの振動を続けています。
昨日、特別な満ちる月の日の出来事、
お写真にてご縁ある方へご案内、おとどけいたします。
*








今回生まれなおしや復活にちなみ、
いつもとはことなる自分にとっての初めての道を通ってまいりました。


















初めて出会ったあの瞬間のように舞い・・










そしてこの日の夜、
満月の皆既月食を迎えたのでした。
きのう、家の屋根の上から望んだ月食の様子は
ひとつまえのおぼえがきをごらんください。

月がすべて影ったとき
まるで反転するかのように満天の星星が顕れました。
心ふるえる一日でした。
